とっておきの言葉 (ショートショート67)
朝食の片づけをしていると、リビングに寝かせていた坊やがぐずり始めた。
――おなかがすいたんだわ。
私は急いでミルクを作り、泣いている坊やのもとに行った。
我が家は夫に幼い息子、そして夫の母との四人家族である。義母とは結婚当初から同居。それがわかっていて夫とは結婚した。
とはいえ……。
義母が、これほど口やかましい人だったとは。
家事に育児にとなにかにつけ、ちくいちと口を出してくる。かたや家事は私にまかせきりである。自分は遊び放題ときているのに……。
――クソババア!
心の内で叫ぶ、もう一人の私がいる。
坊やにミルクを飲ませ終えた。
ここでいつものように……いつもの言葉で、坊やに向かってあやしかける。
イナイ、イナイ、バアー。
坊やがキャッキャッと声を出して笑った。
――なんてかわいいのかしら。
笑顔を見ているだけで、ささくれだっていた心はなごんでくる。
そのとき。
玄関から義母の声がした。
「ちょっと出かけてくるわね。友だちと会う約束がしてあるの」
「はーい」
心の内を悟られぬよう、返事は明るく返す。
「お昼には帰ってくるからね。家のこと、ちゃんとしといてよー」
いつものようにイヤ味なひと言を残し、今日も遊びにと義母は出かけていった。
義母は昼食まで帰ってこない。
私はとっておきの言葉で、もう一人の私に向かってあやしかけた。
イナイ、イナイ、ババアー。