レポート1ー9 番人
俺達が商店街を抜けて浅草寺に到着すると、ぼたんと尾形さんは本堂の階段に座って俺達がくるのを待っていた。
「おそい!」
「いや、別に遅くはねえだろ。普通に歩いてきたんだし」
「普通じゃないでしょうが!なんで皆してカップルみたいになってんのよ!」
「男女が6人いたらそりゃあそうなるだろ」
一組変なのが混じってるけど。
「自分たちだけ楽しくデートとかずるくない!?」
お前が勝手に尾形さん連れて先に行っちゃっただけだろうという本音はしまっておこう。
そんな正論を言ったってどうせまた理不尽な八つ当たりをされるだけだろうしな。
「そうは言うけどな、ここに居る男子って、柿崎と宮本と杏平と俺だぞ?お前はこの中のだれかとカップルになりたいのか?」
「……言われてみれば、どれもないわね。特にあんたとはゴメンだわ」
「だろ?」
自分で言っていても、実際ぼたんに言われても悲しくなるけど、そう言われるだろうなって気はしてたよ。
「それで、お前がここにいるっていうことはここが目的地っていうことで良いのか?」
「そうよ。この本堂の中にいるのが、この階の番人っていうわけ」
「番人?」
「はい、番人です。ここからは私が説明しましょう」
先輩はそう言って、ぼたんよりも一段高い段に登ってこちらを向いた。
「私は去年も正徒会だったので、すでに何度かお会いしたことがあるのですが、こちらの本堂の中には500年前の魔法少女の方がいらっしゃいます」
500年前って…それは魔法『少女』なのか?
「先輩。本当にこの中に500年前の人がいるとすればそれは、魔法少女というか、すでに魔女とか、もしくは魔法少女ではなく魔法老女とかいうようなものなのではないでしょうか」
「はい、相馬君。良い質問です。ですが、うっかりそういうことを言うとひどい目にあうので絶対にやめましょう」
「本当にそういう余計な事を言いそうな相馬は、特に気をつけること」
そう言ってぼたんは俺を指差して睨むようにじっと見てくる。
ぼたんめ、出会って二日目だというのに、俺の性格をよくわかっているじゃないか。
実際俺は昨日の夜も『街の中をメイド服で歩いて来たんですか?(頭)大丈夫ですか?』と、先輩のメイドさん(以下略)に面と向かって聞いて、すごい表情で睨まれたしな。
昔そういうことを誰かがやったという伝聞なのか、それとも去年実際になにか酷いことがあったのかは知らないが、ぼたんが未だに『わかった?』って顔でこっちを見ているので、気をつけたほうがよさそうだ。
先輩に先導されて本堂の中に入ると、一歩踏み出した瞬間、本堂の中ではなく突然別の部屋に出た。
「ようこそ。今年の正徒会の子達だねー?」
そう言ってニッコリと笑う部屋の主らしき女性は、たしかに魔法『少女』と言って差し支えない、年の頃で言えば俺達と同じくらいの容姿をした若い女性だった。
「はい、今年もよろしくお願いします」
「はいはい、こちらこそよろしくね。じゃあ、ちゃちゃっと魔法を授けちゃいましょうかね」
そう言って女性は、まず宮本の前に立ってジロジロと舐め回すように見る。
「ああ、君はちょくちょく仲見世に来ていた子か。じゃあもう結構レベルも……うわぁ…ちょっと引くなあ」
「どういうことです?」
「いや、この子椿より全然レベルが上だよ。というか、君は今までどんだけの影人間を倒したの?」
「ええと、覚えている限りだと……この二年で500位?」
「やり過ぎだよ!はあ…ここのところ妙に影人間の数が少なくて演習に支障がでたり、去年の正徒会の子たちが一年たってもあんまりレベル上がらないまま卒業しちゃっていたのはそれが原因か。というか、魔法なしでそれって、本当に血は争えないというかなんというか…まあいいや」
そう言って、彼女はため息をついたあと、人差し指でつんと宮本の眉間を突いた。
「じゃあ、君はこれね」
「これって?」
「魔法だよ。君は肉体強化系が好きそうだから、そういう魔法ね。ちょっと動きやすくなったでしょ」
「おお!確かに!ありがとうございます!」
「どういたしまして。君が手持ちしている武器に魔力が付与されるから今までより楽に倒せるようになるはずだよ。君はルーツを考えてもそっち系だからドンドン伸びると思う。がんばってね」
「ルーツ?」
「ああ、こっちの話だから気にしないで。次はそっちの彼女……彼女?」
柿崎を見た彼女はそう言って自信なさそうに首を傾げ、対する柿崎はキャルルんとポーズを取ってみせる
「ボクは男の娘でーっす」
「男の娘というか、君は……まあいいや。じゃあ、君はこれね」
そういって彼女が宮本にしたのと同じようにツンと柿崎の眉間を突くと、突然柿崎の姿が消えた。と、思ったら突然宮本の頭上に現れた。
「うわっ!?ちょ、どいて柊ちゃん」
「大丈夫だ。任せろ」
衝突を回避しようと退くように言った柿崎を宮本は見事にお姫様抱っこで受け止めた。
やだ、なにこのかっこいい人。
「柊ちゃん…」
「怪我はないか?」
「うん…ありがと…」
無事に着地できた柿崎はそういって少し顔を赤らめてお礼を言った。
なんとも胸がキュンキュンする光景だな、男同士だけど。
「と、言うことでテレポートの魔法でした。じゃあ次ねー……って、今年は大型新人が多いなあ」
「え?何がですか?」
「こっちの話」
宮本のときの質問と同様に、邑田の質問にもそう言って首を振ると、みつきさんは邑田の前に立った。
「お兄さんは元気?」
「え?あ、はい…」
「そっか、元気か。だったら、たまには顔出すように言っておいてね」
そう言って彼女が邑田のおでこを突くと、次の瞬間邑田の手にはイカしたデザインの篭手のようなものが装着されていた。
「え、なにこれ。腕がすごく軽い!」
邑田はそう言って腕をブンブンと回す。
「付けていないときより断然軽いよこれ!これで殴ればいいんですか?」
「あはは…殴ってもいいけど、それは一応盾だから。その篭手に盾がついているイメージで気合を込めてみて」
「ええと……こう?」
邑田がそう言いながら「んっ」と踏ん張るような声を上げると、篭手の周りに半透明の板のようなものが現れた。
「そうそう、そんな感じ……お兄ちゃんみたいに、その盾で皆のことを守ってあげてね」
そう言って微笑むみつきさんの笑顔は、昔を懐かしんで楽しんでいる様な、それでいて何かを悲しんでいるような、そんな複雑なものに見えた。
「で、できるだけがんばります」
「あはは、そうそう、そんな感じ。じゃあ次は椿の妹、おいで」
「は、はいっ!」
そう言ってぼたんは右手と右足、左手と左足を同時に出すなんとも妙な歩き方で、彼女の前へ歩いていった…って、もしかしてこの場にいる誰よりも緊張しているんじゃないか、あいつ。
「きみは椿と違ってこっちが強いんだね、なるほどね。面白いね」
「え?」
「んや、またこっちの話。じゃあ突くよ」
「はうっ!」
間髪入れずに眉間を疲れたぼたんはそんな悲鳴を上げて後ろに倒れ……そうになったが、ペラペラの真っ白な人形に抱きとめられて、倒れずに済んだ。
「その薄っぺらいのは、仲見世でせんべい焼いたりしているものの亜種。私くらいになると、商店街の住民くらいの数を作り出せるようになるし、やろうと思えば色を付けたり顔をつけたりもできるけど、今の……ああ、そう言えばみんなの自己紹介聞いてなかったし、私も自己紹介してなかったっけ。わたしはみつき。この階の番人っていうことになっているけど、どちらかというとこの階で演習している子たちや、君たち正徒会のお目付け役みたいな感じかな」
そう言って皆の顔を見回した後、みつきさんは「よろしくね」と言って頭を下げた。
「じゃあ順番に行くか。俺は宮本柊」
「ボクは柿崎楪」
「邑田茉莉です」
「家式ぼたんよ」
「尾形りらです」
「若松杏平」
「相馬瑞葵だ」
「うっわぁ、予想通り全員名字に心当たりあるのが怖いなー、まあ十年前もそうだったけど、今年もまたすごいのが来たって感じかな」
「十年前?」
「あ、こっちの話だから」
またしてもはぐらかされてしまった。
「じゃあどんどん行くよ。りらちゃんおいで」
「はい!よろしくお願いします!」
「元気があっていいねえ、若いねえ」
みつきさんがそう言ってツンと尾形さんの眉間を突くと、尾形さんの制服の袖から大量のナイフやフォーク、それにスプーンが溢れ出し、ジャラジャラと音を立てて床に落ちた。
「え!?え!?なんですかこれ」
「君の魔法は魔力が続く限り金属を作り続けることができる魔法だよ。投げてもいいし、作ったナイフを持って切りかかっても良い。慣れると大きさを変えたりだとか、なにもないところに金属を発生させたりとか、色々できて応用の幅は広いから、お仕事の合間にそういう練習もしておくといいと思うよ。じゃあ次、杏平くん」
「はい」
「君は…また随分と捻くれているねえ」
「そんなことありませんよ」
「そう?それならいいんだけどね」
みつきさんが苦笑しながら杏平の眉間を突くと、あたりが突然寒くなった。
「君の魔法は氷の魔法。空気中の水分を凍らせることができるから、氷の塊をぶつけることもできるし、もっと慣れれば直接相手の周りの水分を凍らせることもできるようになる、あとは長いダンジョン探索では貴重な飲み水を作れる要員としても活躍できるっていうのもあるよ……さて、じゃあ肌寒くなっちゃったから、ちょっと暖房入れようか」
みつきさんはそんなことを言いながら俺の真正面に立つと、予告なしに眉間を突いてきた。
するとその直後、あたりが暖かく…というか、俺の身体を火が覆っていた。
「ちょ、ちょっとあんたそれ大丈夫なの?」
「え?ああ。特に問題ないな、ちょっと暑いけど、火傷するとかそういう感じじゃない」
「あ、他の人は触れると火傷するから気をつけてね、それで火傷しないのは火の魔法を持っている瑞葵くんだけだから。ちなみに杏平君のも似たような感じで、自分の魔法で寒さを感じることはほぼないし、逆に相手が氷系の魔法を使ってきた場合は効果が薄くなるよ」
「じゃあ俺の魔法は火をぶつけたりとかそういう魔法ってわけだ」
「そうだね。まあ、その他にも色々使えるようになると思うけど、とりあえず最初はそれで行くのがいいと思うよ。みんなもまだまだ色んな魔法が使えるようになるから頑張って精進してね」
みつきさんがそう言って満足そうな表情で俺達の顔を見回す。
「今年一年、一階の掃除を頑張ってくれれば、茉莉ちゃんのお兄さんからご褒美がもらえるはずだからさ」
「あのっ!」
みつきさんが締めの話に入ろうとしたところで、先輩が意を決したように手を挙げた。
「私達、下層に挑戦したいんですけど」
「え?下行くの?大変だよ?」
「大変でも行かなきゃ行けないんです!」
「うーん……まあ、でもね。私も要とか大次郎と、このダンジョンでの安全を約束している手前「はい、そうですか」と君たちを通すわけにも行かないんだよね」
昨日の夜、メイドさん(以下略)に聞いてなければさっぱりだったが、要というのは邑田のお兄さん、大次郎というのは先輩とぼたんのお父さんの名前だ。
「そこをなんとか」
「うーん……あのね、椿。はっきり言うと、二階に行っても、あんたたちはすぐに全滅するよ」
「で、でも去年一年正徒会でやってきた私もいますし、私よりもレベルの高い柊もいますし…」
「そうだね、柊君だけだったら、二階の途中くらいまでは行けるかもしれないね。でも、一人だと、安全地帯の街から街に移動する途中で魔力が尽きてなぶり殺しにされるし、椿達を連れて行ったら足を引っ張られて死ぬ。そのくらい二階と一階では敵のレベルが違ってくるんだよ。そのために私がここにいるんだし」
「でも、私と柊の二人でみんなを守りながら行けば、少しは…」
「全滅するね。椿が足を引っ張るから」
「っ……」
「それと、3本の矢よろしくみんなで集まっていっても無駄。今日初めたばっかりのペーペーが何人か集まればなんとかなるなんていうほど二階は甘くないからね」
「あの……」
みつきさんに反論があるのか、邑田が手を上げた。
「なあに、茉莉ちゃん」
「3本の矢ってなんですか?」
「ジェネレーションギャップ!…ま、まあそうだよね、500年も経っているんだもんね…そりゃあ戦国時代なんて知らなくて当然よね、私なんかテストのために必死に覚えたのに…あの辛く苦しい勉強はなんだったの?途中で年号もちょくちょく変わるしさぁ…」
すごく落ち込んだ表情でブツブツ言い始めるみつきさん。
いや、俺達も知っているけどね。邑田が知らなかったってだけで。
「はあ……まあいいや。ちなみに、最下層にあるのがなんでも願い事を叶えてくれる秘宝っていうのは、デマだからね」
「……」
「……」
みつきさんの言葉を聞いて先輩とぼたんが肩を落として黙ったのを見て、みつきさんはやれやれとため息をついた。
「やっぱりか。最下層にあるのは全く別のもの。その2階層上に一応このダンジョンの主はいるけれど、昔の彼女ならともかく、今の彼女はこのダンジョンを維持するのが精一杯だろうし、どんな願い事でも叶える余力はないと思う。まあ、気に入られれば余力でできることとはしてくれるかもしれないし、魔法の一つくらいは地上に持って帰らせてもらえるかもしれないけど―――」
「それだ!」
「それです!」
「それだよ!」
「それだな!」
ぼたん、先輩、邑田、宮本がほぼ同時にそう言って、笑顔に戻った。
「それで十分です!どうすれば下にいけますか?」
「そうだね……とりあえず皆のレベルを上げてきなさい。体術とか、魔法とかなんでも良いからもう少し強くならないと進むどころか階段降りたところで皆死んじゃうからね」
まあ、そりゃあそうだろうという正論ではあった。
魔法を貰った程度の超初心者がほいほい行けるようなところだったら、イエシキセキュリティはより一般人に見つかりにくい二階より下層で演習をやるだろうし、なんだったらもっと下の階層で、一般人に見られたらまずいような色んな訓練をしてもいいだろうけど、聞いた話ではそういう事はしていないらしいし、ということは、おそらく下層に行けば行くほど敵が相応に強くなっていって、プロでも持て余すくらいになるんだろう。
「でも、そうは言うけどボクも相当強いし、柊ちゃんなんて言わずもがなだよね。それと、そっちの相馬くんはなんだか柊ちゃんに認められているみたいだし」
柿崎は説得なのか挑発なのかわからないようなことを言いながらみつきさんを説得にかかるが、みつきさんはそんな柿崎を鼻で笑った。
「はあ……まあ君の名字を聞いたときからこんな感じの流れになりそうだなとは思っていたからいいんだけど」
「……どういうこと?」
「そういうナメたことを、君の家系は言うんだよ…」
「え!?家系とか関係なくない?っていうかボクは…」
「まあ、いいや。そんなに言うならかかっておいで。多分君たちには、今の実力で二階より下に行くっていうのがどれだけ無謀なことか、身をもって教えてあげるのが一番いいんだろうから」
そう言ってみつきさんが手を振ると、彼女の着ている服が、今までとは別の、全体的に華美なものに変わる。
「さあ、全員構えなさい。1階の番人にしてこのダンジョン最強の番人が指南してあげる」
みつきさんは俺達の顔を見回しながら、さっきとは別人なんじゃないかと思ってしまうくらいに冷たい笑顔で笑った。