レポート1ー8 地下1階 ②
そんなこんなで1時間ほど進むと、突然左手に大きな提灯がぶら下がった門が見えてきた。これは俺も昔授業で習ったことがあるが、確かこれは500年前の大戦で焼失したはずだ。だとしたらさっき見えた変な塔は東京スカイツリーか。
「これ、もしかして雷門か?」
「そうよ。私たちの時代にはもう名残しか無いけど、このダンジョンの製作者にとっては何か思いがあったんでしょうね」
そう言って雷門を見上げると、ぼたんは唐突にパンパンと手を叩いた。
「お前、いきなり何してんの?」
「え?いや、たしかこんな感じじゃなかったっけ?お参りって」
「先輩、お参りで手を叩くのは神社です。雷門があるのはお寺なので手をたたきません。あと、ここは門なので、お寺式のお祈りでもタイミングが違います」
「りっ…りらに教えられなくても知ってるわよそんなの……」
いや、知らなかったから手を叩いたんだろ。
あと、最後の方声がちっちゃくなってるぞ。まあ、武士の情けだ。これ以上は突っ込まないでおいてやろう。
「尾形さんは意外とこういうの詳しいの?」
「はい。結構好きですね、仏教ですとか神道ですとか、あとはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、道教、ヒンドゥー教ですとか」
「なんかちょっと意外かも」
「そうですか?私達の学校はもともとキリスト教系のミッションスクールが起源ですし、大戦前ほどではないですけれど、宗教色のある授業も行われていますよ。それに今はキリスト教以外の宗教についての授業もあります」
「ああ、聖ポリの起源ってそうなんだ」
「とは言え、最近はあまり宗教色が強い教育は好まれませんから自由参加制で先輩のようにまったく受けない生徒も多いですけれど」
尾形さんはそう言ってちらりとぼたんを見た。
「なるほど、サボり魔か」
「サボってるんじゃないわよ!私は忙しいの!それに自由参加だって今りらも言ったでしょうが」
「はいはい、忙しい忙しい。大変ですねー」
「くぅぅぅっ、何よその態度!」
「……相馬くん!」
あ、先輩がちょっと怒っている。もしかしてぼたんをからかいすぎたか?そうだよな、先輩の妹だもんな、あんまりからかいすぎたら先輩だって…
「私もかまってください!」
そう言って先輩はぷーっと頬を膨らませて、俺の制服の袖をクイクイと引っ張った。
うん、かわいい。俺の恋人(偽)超可愛い。
そんな感じでワイワイしながら雷門をくぐり、敵すらでてこないガランとした商店街を進んでいくと、宮本が不意に足を止めて、通り沿いの店から商品を一つ拝借して口に運んだ。
「うん、今日もうまい。小腹が空いたらやっぱりこれだよなあ」
「え?これって食っていいの?」
「大丈夫だぞ、普通にうまいし、あとで腹をこわすようなこともないから」
そう言ってパリっと煎餅をかじる宮本。
「いや、でもここって、結構長い時間存在しているんだろ?だったら結構前のものなんじゃ……」
「毎日焼いてるから平気平気」
宮本にそう言われてよくよく目を凝らしてみると、先ほどから敵として出てきている黒い影よりもだいぶ色の薄い、灰色の影が店の中で煎餅を焼いていた。
なんかいい匂いがしているなとは思っていたけど、実際に作っていたとは…
「………これはこれで大丈夫なのかって気がするんだけど」
「ふぇーきふぇーき」
「けっえき♪けっえき♪」
「お前らはお前らで何食ってるんだよ!」
ちなみにぼたんが食べているのは人形焼、邑田が食べているのは彼女自身が言っている通りケーキだ。
「ちょっと先輩、こいつら緊張感なさすぎ……」
「はっ!……ち、ちがうんですよ、相馬くん」
俺が振り返ると先輩はどこから持ってきたのか、大量のメロンパンを抱えていた。
「これは不幸な誤解です!なんというか…認識のすれ違いが生んだ衝突事故です!」
すれ違っていたら事故らないです、先輩。
「というか、四人ともここ初めてじゃないだろ」
宮本はいくらなんでも場馴れしすぎていたと思うし、ここまでの道中に緊張しているのが伝わってきていた尾形さんに対して、残りの女子が三人とも落ち着き過ぎだったし、女子の中でも邑田に至ってはたまに俺達が討ち漏らした影を殴っていたし、とてもビギナーとは思えない。
「私とぼたんは、あまり長期の休暇が取れなくて遠出のできないお父様に、レジャーがてら連れて来ていただいたりとか」
「俺はあの影相手に、修行したりとか」
「わたしは先週もお兄ちゃんにくっついて会社の研修旅行で来たよー。あと、私達だけで柊くんに連れて来てもらったこともあるよねー」
ああ、なるほど。
あれ?でも……
「な、なによ?」
「なんで初めてじゃないのにぼたんはお祈りの作法を間違えてんの?」
「今まで誰も指摘しなかったからよ!っていうか、あんたたち今まで私と一緒にやってたでしょうが!なんで今日だけやらないのよ!」
「いや、俺は前から知ってたぞ。ぼたんがやり終わった後、やり遂げたっていう顔してるから言いづらかっただけで」
ああ、わかる。さっきそんな顔してた。
「わ、私も知ってたけど、ほら、ぼたんちゃんってそういうことを指摘すると怒るじゃない」
わかるわかる。八つ当たりしそう。
「相馬くんに無作法な女の子だと思われるのは嫌だもの」
一番近くで暮らしていながら指摘せず、妹を無作法者に仕立てあげる先輩が一番ひどいというか、ある意味無作法なような気もするが、ここは流そう。
余計なこと言って先輩を泣かせたりすると、先輩付きのメイドさん(26歳独身)が怖いからな。
「ま、まあほら、ぼたんも間違いがわかってよかったじゃないか。俺達の前だけで恥をかく分にはどうってことないだろ」
「く…相馬にフォローされるなんて、なんかむかつくわね」
「そう言うなよ。仲間なんだからフォローしあっていこうぜ」
「むぅ………あ、ありがと」
俺がポンポンと頭を撫でながらそう言うと、ぼたんはふいっと顔をそむけながらそう言った。
若干ぼたんの顔が赤くなっているように見えるのは俺の勘違いだろうか。
「お前ってすげえよな」
「え?何がだよ杏平」
「俺はそんな風に女子の頭を撫でたりできねえよ」
「…………あ、しまった。ついクセで」
おれはぼたんの頭を撫で続けていた手を慌てて離す。
「クセ!?クセってなによ!あんたこんなこと誰か特定の女子にしてるの!?まさかお姉さま!?」
「あ、いや。うち、妹がいるからさ。そのクセでついついな。ぼたんって、妹というか、年下っぽいしさ」
………あれ?ぼたんさん?なんで顔が真っ赤になってるんですか?そしてなんでプルプル震えながら右手を振りかぶっているんですか?
「あんたの妹になった覚えは無いわよ!」
そう言いながら放たれたぼたんの平手は見事に俺の頬を捉えた。
商店街と浅草寺周辺は安全だということで、宮本よりも前を歩き、肩を怒らせてずんずん進むぼたんと、それをなだめてくれている尾形さん。
その後ろを、ついていくように隊列を崩してみんなが歩く。そんな感じで商店街見学しつつブラブラ歩いていると、邑田が俺の隣にやってきた。
「もー、ああいう事言っちゃだめだよ。ぼたんちゃんは結構プライド高いんだから」
「わかっていたつもりだったんだけどな。なんかこう、ぼたんって、可愛くてつい、さ」
正直ああいうことを言ったら叩かれるだろうなというのはわかっていたんだが、照れ隠しというかなんというか。
「はー……」
俺の言葉を聞いた邑田は、感心半分、呆れ半分といったような表情でため息をついた。
「杏平くんじゃないけど、相馬君ってすごいよねえ、わたし杏平くんにすらそんなこと言われたこと無いし、頭を撫でられたこともないよー」
「え?婚約者なのに?」
「うん……まあ、かわいくないしね、わたし」
邑田はそう言って苦笑する。
「んなことないだろ。邑田は十分可愛いと思うぞ」
「はいはい」
「いや、マジでかわいいからな、お前」
「いやいや」
口ではそう言っているものの、ちょっと嬉しいのか、邑田の口元はすこしにやけているように見える。
「なんでそんなに自己評価が低いのかわからないけど、十分すぎるほどかわいいって」
「じゃあ、今ここにいる女子の中だと何番目くらい?あ、ゆずりんも入れて」
そう言われてしまうとみんな甲乙つけがたい、まあ、それ以前に少ない人数でそういうことをやり始めると空気が悪くなるのでやりたくない。
「友達に順位をつけるもんじゃないと思う。あと、柿崎は男だろ」
「いや、五人のほうがランキングっぽいかなって。それにしても場馴れしているねえ、相馬くんは。なんかうちのお兄ちゃんにちょっと似ているかも。適当にいなすのがうまいっていうか、八方美人っていうか……本音が見えないというか」
そういう風に言われると、なんかすごく面倒くさそうな人に聞こえるな、俺も邑田のお兄さんも。
「でも、だからぼたんちゃんが惹かれるのかもね。ぼたんちゃんって、うちのお兄ちゃんのこと好きだったし」
「惹かれるって言い方だと、なんだかぼたんが俺に惚れているみたいに聞こえるな」
「あ、そういう意味じゃないから。うちのお兄ちゃんは奥さんいるしね……あ、そっか。相馬くんも椿ちゃんの恋人だし、そういう……」
「相手がいるから安全牌っぽく見えて甘えるってことか?」
「うーん、どっちかって言うと略奪愛的な?人の持っているものがよく見える。みたいな」
「……恐ろしい妹だな」
「まあ、子供なんだよねえ」
というか、意外と毒舌なんだな、邑田って。
まあ、でも、そういう相手がいるから好きになるっていうのがぼたんの性質だとしたら、俺に惹かれている云々は多分邑田の勘違いだと思う。
ぼたんは、先輩のメイドさん(26歳独身さそり座)と同様に、椿先輩の相手が俺でないことを知っているのだから。
「そういえば邑田って何座?」
「え?おうし座だよ」
「あ、血液型はOだろ」
「うわっ、なんで知ってるの?」
「そんな感じがしただけ」
これは完全に直感。血液型占いとかそんなのは信じていないが、なんとなくそんな感じかなと思って言ってみただけだ。
「ちなみに私はてんびん座のB型です!」
俺と邑田の話に割って…というか、俺と邑田の間に物理的に割り込んで先輩がそう言いながら、強引に会話に参加してきた。
「つ、椿ちゃん?」
「茉莉のことより、私のことを聞いてください!」
「先輩のことですか?うーん…でも、結構色々知っているからいまさら…例えば好きなものはプリンで、好きな色は水色ですよね。それと、猫と犬なら猫派」
「あ、当たってます…」
「すごいねー相馬君!」
「はっはっは、先輩のことならだいたい分かるぞ。なんて言ったって俺と先輩は恋人同士だからな」
設定を裏付けするために昨日の夜、先輩のメイドさん(26歳独身、さそり座AB型、好きな食べ物は豆大福、好きな色はビビットピンク、上から83・59・85)に色々聞いた俺に隙はない。
なお、先輩のスリーサイズは「おいたわしい」とかで教えてくれなかった。
「相馬君……」
え?なんで先輩泣いてるの?あ、嫌だった?気持ち悪かった?
まあ、気持ち悪いよな、こんなの。
まったく、本当に気持ち悪いメイドさんやで。
「私、感動しました!相馬君が私のことをそんなに知っていてくれたなんて!」
いや、先輩のことを頭のてっぺんから足の先まで知っていたのは先輩のメイドさん(26歳独身、さそり座AB型、好きな食べ物は豆大福、好きな色はビビットピンク、上から83・59・85。足のサイズは23cm初めて付き合った男子は小学校六年生のときの同級生。現在の生きがいは椿お嬢様を陰ながらお守りすること)ですから。
……って、考えてみたらあの人、先輩の話だけじゃなくて、自分の話もやたらとしていったな。
年が近い同僚がいないし、拘束時間が長いしで、普段同年代と世間話ができないとかなんとか言ってたけど、俺だって別に年が近いわけじゃないんだぞ10も違うんだから。
あ、ちなみに先輩は付き合った男子どころか、男友達はおろか女友達もいなかったらしい。
「やっぱり私たちは運命の相手なんですよ!」
「はいはい、そうですね」
いや、俺達はあくまで仮の恋人関係ですから。
万が一運命の相手だったら、俺は先輩のメイドさん(以下略)に寝首をかかれてしまう。
「うーん、本当にすごいよねえ、相馬君って」
「無責任かつ大雑把に褒めるの辞めてくれ。というか、これくらい普通だろ?恋人だったら」
そう言って邑田と先輩の顔を見ると、先輩はプシューっと頭のてっぺんから湯気を吹きそうなくらい赤い顔をしてうつむいていて、邑田はやれやれといった感じの顔で口から「たはー」っとため息を吐いた。
うん、そのくらいやってくれると本物っぽくていいとおもいますよ、先輩。
「うーん…そんな丸暗記するほど相手のことばっかり考えているっていうのはあんまりいないんじゃないかなあ」
「いやいや。邑田だって杏平のこと色々知っているだろ?それの延長だって」
「……そうだね」
「だろ。だから普通だよ、普通」
「そっか、普通か」
「むしろ、杏平と一緒にいなくていいのか?」
「え?」
「いや、ここって食べ物以外にも色々店があったり、レトロな雰囲気で、デートコースとかに良さそうな感じじゃん?宮本と柿崎も……」
って、あれ?柿崎って男だよな?なんか思い切り宮本の腕に柿崎がしがみついていて、後ろから見た感じが完全にカップルなんだけど。
「どうしたの?」
「いや…なんでもない。宮本達はともかく、邑田も杏平とデートを楽しんだらいいんじゃないか?」
「あ、そっか。ごめん、そうだよね。相馬くんは椿ちゃんとデートしたいよね」
「へ?」
「椿ちゃんもごめんね」
邑田はそう言って頭を下げると慌てて杏平のほうへ走っていってしまった。
「私は別にそういうつもりではなかったのだけど…」
「邪魔するな、みたいに取られちゃいましたかね」
「そうかもしれませんね」
「……ま、じゃあせっかくですし、とりあえずその…行ってみます?」
デートっぽく。とはなんか気恥ずかしいのと、断られた時に心が折れそうなので言わない。
一応腕なんかは組みやすいようにちょっと曲げてみたりしているけど。
「いいですね」
そう言って椿先輩は俺の腕に自分の腕を絡めてくれた。