レポート1-7 地下1階 ①
10/25前半部分が完全に抜け落ちていたのを修正。
「で、結局全員集合か」
そうなるような気はしていたものの、翌日の放課後、生徒会室には8人全員が集まっていた。
まあ、邑田と杏平とは教室から一緒だったし、廊下から昨日椿先輩が乗っていたのと色違い車が入ってくるのが見えたからぼたんたちが来ているのはわかっていたんだけど。
「むしろボクは君が抜けるんじゃないかと思っていたんだけどねー」
「おう、偶然だな。俺も抜けるならお前だと思っていたよ」
「まあ、ボクみたいな可憐な男の娘がこんな物騒なことするわけないって考えるのはしかたのないことだよね」
「いや、お前がこのなかで一番ヘタレそうって言うだけの話だけど」
「は?そっくりそのまま返したい気分なんだけど!?」
「はいはい、やめなさいって。一応、みんなに確認するわよ…いいのね?もちろんどうしても抜けたくなったら止めないけど、今日これから死ぬ可能性だってある。それでも一緒に来てくれるのね?」
俺と柿崎の間に割って入ったぼたんは、そう言って皆の顔を見回した。
「もちろんですよ!街にモンスターが溢れだしたら大変ですからね!」
最初にそういって胸を叩いたのは尾形さん。
「俺も、金がもらえるならもらいたいしな」
「ボクはお金の他に、武者修業みたいなことできるならやってみたいって感じかな」
次に、杏平と柿崎。
「あんたもいいのね?」
三人の返事を聞いたぼたんは最後に俺を見て、改めてそう聞いてきた。
というか、なんで俺だけ聞くんだよ。この期に及んで逃げるとでも思われてるのか?だとしたらちょっと悲しいぞ。
「嫌ならそもそも来ねえよ。俺も魔法とか、迷宮とか、お宝とかにも興味はあるし、何より金がほしい。昨日ぼたんに言われたとおりうちはド平民なんでな。彼氏的には先輩に集るんじゃなくて自分で稼いだ金を持っておきたいんだよ。デートとかの時用にな」
「う…あれは言いすぎたと思ってる。悪かったわよ」
まあ、その費用を稼ぐのが先輩のお手伝いっていうのは結局ヒモなんじゃね?とか色々ツッコミどころはあるし、そもそもそこまで気にしてもいないんだけど。
「じゃあ、今日はとりあえずどこかでお昼を食べて、それから魔法をもらうところまで行くわよ。本格的な地下一階の整備とか探索は明日以降っていうことで」
ぼたんはそう言って、もう一度皆の顔を見回した。
どこかで、という言葉を俺はてっきりどこか近場の適当な店でとかそんな感じにとっていたのだが、単純に学内でどこかということだった。
昨日のケータリングほどではないものの、何段重ねだよっていうくらい沢山の重箱が届けられていて、適当な場所が見つからなかった俺達はその重箱弁当を中庭で食べた。
完全に悪目立ちしていたが、生徒会なんてそもそも悪目立ちするもんだし仕方ないだろう……まあ、普通の生徒会の昼食会は毛氈敷いたり縁台置いたりしないだろうけどな。
というか、パッと見完全に野点だったぞあれ。実際、飯を食っている時に茶道部に入りそうな感じの、大人しそうな一年生が、『もしかして茶道部ですか?でもお弁当食べてますよね?』って顔でこっちをチラチラ見てたし。
そんな昼食会が終わった後、俺達がやってきたのは、学校の裏山に食い込んでいるような形で立っている、パッと見は倉庫のような建物だった。
見た目が完全に倉庫であるにもかかわらず、あえて倉庫のような、といったのは、どう考えてもこんな構造の倉庫を作らないだろうというのと、もしも作ったとしても出し入れの利便性を考えれば使い道がなく、どう考えても倉庫でないからだ。
そしてそんな場所に建つ建物の中は、たくさんの貨物が収められているわけでもなく、中に入るとすぐに山肌になっていてその山肌に重そうな鉄の扉がついていた
「見るからにって感じだな」
俺がそう感想を述べると、柿崎と杏平、それに尾形さんも感想とも感嘆とも取れる声を漏らした。
逆に先輩達は知っていたのだろう。特に感慨もなさそうに扉を見ていた。
「この扉が学校からは一番最寄りの扉になるわ。今後学校から出発する時はこの扉を使うことになるから」
ぼたんはそう言って扉の前から一歩ずれる。
「じゃあ男子、よろしく」
「よろしくねー」
「ごめんなさい、あまり力仕事は得意じゃなくて」
「あ、私手伝いますよ!」
「がんばれっ!がんばれっ!」
………いやいや、一部おかしいから。
ぼたんはわかる。扉の前の面積は限られているから扉を押せる人数は限られているし、ぼたんが細腕で頑張るよりも他の人を配置したほうが効率的だ。
邑田もそんなぷにぷにした腕じゃムリ。
椿先輩に箸より重いものを持たせるなんてとんでもない。そんなことしたら昨日の夜、夜風とともに俺の部屋にやってきた椿先輩のメイドさん(26歳)に殺されてしまうしな。
その三人はいい。問題は……
「尾形さんは女子だからいいよ。つーか、柿崎。お前サボろうとするな」
「えー、僕の細腕なんか、なんの助けにもならないよー」
「うるっせえ、ちゃんと仕事しろ、俺達は雇われの身だぞ」
別に先輩たちに対して卑屈になるつもりはないが、お金をもらう以上はそれなりに働くのが礼儀だろう。
そんなことを考えながら俺は尾形さんと交代させるために柿崎の襟首を掴んで扉の前まで引きずって――
「開いたぞー、さっさと行こうぜー」
……開けちゃうかあ、いや、そりゃあ開けちゃうよなあ。
試合で一回対戦しただけの仲だし、あんまり良く知らないけど空気読めなさそうだもんね、宮本って。
「わー、柊くん力持ちー」
「いつもごめんね、柊」
「柊先輩すごいです!」
「さすが柊、不言実行の男ねー、ごちゃごちゃ文句付ける前に黙ってやりゃーいいのよねー」
やや棒読みでそんなことを言いながらぼたんはこっちを白い目で見てくる。
っていうか、女子の中で宮本株が暴騰している!そして、ぼたんの悪質な株価操作で相対的に俺の株が下がっている!
「ま、ルックスも行動の男前っぷりも完全に負けてるし、諦めろ」
「そうそう。シューちゃんに勝とうとか、身の程知らずもいいところだよ」
そう言って両側から俺の肩をポンと叩く杏平と柿崎。
くそっ、ぐうの音も出ねえ。俺の味方はいないのか!?
「いや、勝ち負けとかじゃなくて、相馬は楪の不正が許せなかっただけだろ。俺はそういうの好きだぜ。楪は反省しろよ?」
宮本はそう言って「なっ?」と言いながら俺の肩を抱き寄せながら開いている右手の親指を立てて笑った。
っていうか、やめて!?ここで宮本にフォローされたら更に株価が下がって取引停止、上場廃止で女子に相手にされなくなっちゃうから。
「じゃ、じゃあ宮本一人に働かせちゃったし、俺が先頭行くな!」
「え?いや、ちょっと待ちなさいって」
「いやいや、任せてくれ。男たるものこういうところでは先頭を行かないとダメだろ」
「そういう話じゃなくて」
「行くぞ!」
宮本の行動でなんだかいたたまれなくなった俺は、何か言っているぼたんの静止を振りきって扉の中へ駆け込んだ。
扉の中は迷宮の中だというのに、不思議とそんなに暗くはなかった。強いて言えば、満月の夜の月明かりの下のような、そんな微妙に明るい狭い通路をしばらく歩いて行くと、俺は突然街中に出た。
「って、外!?一本道だったはずなのにどこかで道を見落としたか?」
突然外に出てしまったことに焦った俺が後ろを振り返ると、いつのまにかすぐ後ろに立っていた宮本が俺の手を引き、迷宮の中に向かって押した。
「モンスターが出るっつったろうが!」
迷宮の中に倒れこんだ俺が宮本のほうを見ると2つの影が宮本に襲いかかってきていた。
「宮本!」
「まーかせろ」
ちらりとこちらを見て、逆光でもはっきりと分かるほどに白い歯を見せて笑いながら、宮本が少し腰を落とし、左手に携えた刀を一気にさやから引き抜くと、ひとつ目の影が空中で真っ二つになる。
そして宮本はそこから一歩前にでて、相手の背後に回ると振り返りざまにふたつ目の影を背後から一刀両断にした。
「んー…歯ごたえがねえなあ。やっぱりはやく二階行きたいな」
そう言って宮本が血を払うように刀を振ってから鞘に収めると、それが合図だったかのように2つの影は黒い粉のようになって風に流れて消えた。
「い、今の何!?」
「だからモンスターだっつってんだろ。ったく、なんで武器も持たずに行くんだよ、お前は」
「あ…そうか…そりゃそうだ」
「ぼたんのやつ、本気で焦ってたぞ」
「だよな、ごめん」
「まあ、ぼたんが半泣きで取り乱すところなんてかなり珍しいもの見れたから俺は良いけどさ。じゃあこれな」
宮本はそう言って先ほどモンスターを斬った太刀とは別の脇差しの方を俺に投げてよこした。
「帰りに倉庫で選ばせるけど、今日はこのまま行くからとりあえずそれ持っとけ」
「あ、ああ。ありがとう。悪いな、迷惑かけて」
「なあに、もしもお前に死なれたりすると俺が困るからな」
「え?」
「お前を強くして楽しくバトりたいっていう俺の夢が消えちまうからな」
なんだろう、素直に喜べない。
「あ、いたいた。ふたりとも無事?」
「おう、俺が助けたからな。俺ってば超強えからさ」
そう言って白い歯を見せて笑う宮本を見て、ぼたんは呆れたように一つため息をついてから、俺の方を見た。
「……訂正、相馬無事?怪我してない?」
「ああ、宮本に助けてもらったから大丈夫だ」
「ならいいけど、これからはちゃんと私の説明を聞いてから行動しなさいよ?なんかあったらお金どころじゃないんだから」
そう言って俺の顔を覗きこむぼたんの顔がホッとしているようにみえるのは俺の自意識が過剰なせいだろうか。
「すまん。本当に悪かった」
「反省してくれたなら別にいいわ」
そう言って笑いながら、ぼたんは俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。
「んー、いいねえ、恋の予感にワクワクするねえ、胸が膨らむねぇ」
「あ、そうですね!柊先輩と瑞葵先輩の組み合わせってなんだかドキドキしますよね!」
「私としてはなんだかどちらの組み合わせも胸がムカムカするのですけど」
後から来た女子三人はなんだか勝手なことを言っていた。
というか、一人明らかになにか違うことを言っている子がいる気がするが、聞かなかったことにしよう。
「茉莉はそれ以上胸を膨らませる必要ないでしょうが」
「セクハラだよぅ!」
「お姉さまも、別に私はこんなのいらないから、安心していいわよ」
「それはそれでなんだか複雑なのだけど」
「いいじゃない、取らないって言ってるんだから。それとね、りら」
「はいっ!」
「こういう場では自重なさい」
「承知しました!」
三人にツッコミ終えてやり遂げた顔をしているところ申し訳ないのですが、できれば『こういう場では』ってところを説明していただけないでしょうかぼたんさん。それだと、『こういう場でなければそういうことを言ってもいい』と言っているように聞こえるのですけれども。
「うう…ぼたんちゃんにスルーされたよぅ、相馬くん慰めてー」
「そういうのは、彼氏に頼みなさいって」
そうやって寄ってこられるとまた勘違いしちゃうからね。
邑田に来られたら全然その気になっちゃうんだからね、俺。
「彼氏?」
「杏平だよ。婚約者なんだろ?」
そう言って俺が最後に迷宮から出てきた杏平を指差すと、邑田はなんだか少し微妙そうな表情で「あ……うん、そうだね…」と言って杏平の方にトテトテと歩いて行った。
「あ、そうだ先輩。見ての通り外に出ちゃったんですけど、俺もしかしてどこかで通路とか階段を見逃したりしたんですかね?」
「ううん、これで正解よ。一見普通の町並みに見えるけど、あんな大きな塔は宇都野市にはないでしょう?」
「言われてみればあんなの見たこと無いですね」
確かに先輩が指差した先には、不思議な形の塔が立っていたし、周りを見回してみても学校から歩いて数分のところにこんな場所はないはずだ。
「というか、街中にモンスターが出てきちゃっていたら大問題でしょうが。ここは迷宮の中。地下一階『下町』フロア『上野区画』よ」
先輩から説明を引き継いだぼたんはそんなことを言うが、どう考えてもここは地上だ。
「お前、今、地下っていったよな?」
「言ったわよ」
「明らかに空があって、その空には太陽があるんだけど」
「詳しいことは知らないけど、作った人が魔法でなんかしたんじゃないの?迷宮は未だに解明されてない部分が多いし、そんなところにツッコんでも疲れるだけよ」
「そうか……」
このメンバーの中では数少ないツッコミの同士であるぼたんが言うならそうなんだろうな。
ツッコむだけ無駄ならもうツッコむのはよそう。
そこからの俺達の…というか、宮本の快進撃はものすごかった。
出てきた敵をバッタバッタとなぎ倒し、途中他の敵よりも大きな敵が出てきてもお構いなしで真っ二つにし、グイグイ進んでいってしまうので俺や杏平、それに柿崎のやることと言えば、宮本が撃ち漏らしてこっちに来たちっちゃい敵が女子に手を出す前に三人で囲んでボコボコにするという、宮本に比べると非常にかっこ悪い、もっと言えばこんな風によってたかってボコボコにするのは、正義の味方どころか、むしろ悪役なんじゃないかと思うような役回りだった。