レポート2−10 逃避
お久しぶりでございます
ぼたんと緋奈の手から逃れた俺と百合姫ちゃんは甲斐田屋の前まで戻ってきていた。
「ええと先輩、ここは一体」
「ああ、俺たちが泊っている甲斐田屋さん。灯台もと暗しってやつで、ぼたんも緋奈もまさか俺が宿に戻っているとは思うまい」
「あ、そういうことだったんですね、なんだ・・・」
どことなくホッとしているような表情の百合姫ちゃん。
・・・あ!そういうことか
「ち、違うからな百合姫ちゃん。俺は別に君とここでなんかへんなことをしようと思って連れてきたわけじゃないぞ」
「いえ、別にそういうことを心配しているわけではないのですが」
そう言いながらも、百合姫ちゃんはどこかそわそわとしている気がする。
「ほんとほんと、マジでそういうんじゃないから」
「いや、だからそこを心配しているわけじゃなくて」
「あ、じゃあほら!むしろ俺の仲間に紹介するよ。そうすれば俺が変なこと考えてなかったってわかってもらえると思うから」
「だ、だからそういうことを心配しているわけではなくて、あの離してください、緋奈ちゃんのところに戻らないでもいいですからせめて場所を変え――」
「何してんです?」
「うわっ」
「キャっ」
「って、なんだお前か。邑田かと思っただろ」
後ろから声を掛けてきたのは、りらだった。
「邑田先輩はおでかけ中ですよ」
「そっか、よかった」
別にやましいことはないけれど、それでも余計な誤解はされないに限る。
「で、どうしたんですか?そんなところで女の子の手を握っていると宿に連れ込もうとしている変質者みたい・・・」
そう言いながら百合姫ちゃんを見たりらの表情が凍り付く。
ええと、今の百合姫ちゃんはやや服が乱れ、何かを恐れているような顔をしているな・・・あ!これ俺が不利な奴だ!!
「いやいやいや、ちがう、違うぞ。お前が考えているようなことは1ミリもないからな」
「・・・これはさすがに椿先輩キレるんじゃないですかねえ。あとぼたん先輩も」
「椿先輩はともかくぼたんは関係ないだろ」
「まーだそんなこと言ってるんですか、あなたは。ま、とりあえず私は邑田先輩に報告をっと」
「ちょっとまて、百合姫ちゃんが殺されちゃうだろ、それは」
「だったら周りに被害が出る前にさっさと邑田先輩とくっついちゃえば良いのに」
「だからくっつくとかそういうことじゃなくて、そもそも百合姫ちゃんと俺はなんでもなくて――って、百合姫ちゃん!?逃げようとしないで百合姫ちゃん!っておい!お前もどっか行こうとすんな!おい、りら!」
「りら?りらって誰かな、相馬くん。わ、私は邑田茉莉だよ」
「俺が元に戻ってないんだから、お前は邑田茉莉じゃなくて尾形りらだろうが。百合姫ちゃん、こいつは俺の後輩で尾形りら。りら、こちらは百合姫ちゃん。俺の妹、緋奈の友達だ」
「はじめまして、りらさん」
俺がりらを紹介すると、百合姫ちゃんはそう言ってにっこりと笑う。
それに対してりらの表情は、百合姫ちゃんを警戒しているように見える。
「う、うん・・・その、はじめまして」
「お、どうしたりら。まさか人見知りか?」
「いや、そのですね。なんといいますか・・・」
そう言ってりらは百合姫ちゃんをチラリと見ると
「やっぱり邑田先輩を探してきて良いですか?その子に紹介したいですし」
「え、いやいやいや、まずいまずいまずい。なんかこう、百合姫ちゃんが大変なことになっちゃうだろそれは」
なんかこう、八つ裂き的な感じに。
「そこは大丈夫だと思います。邑田先輩は『相馬先輩の妹の友達』だって紹介すれば家族の印象を気にしてその子に変なことをすることはないでしょう。あの人そういうところは計算高いですから」
言いたいことはわかるけど、仮にも相手は先輩なんだから言い方気をつけような。
「なんにしても、邑田を呼ぶ必要はないんじゃないか」
「そうですね、考えてみれば邑田先輩は出かけていますし、わざわざ探すのも一苦労です・・・ところで百合姫さん」
「は、はいっ!?」
「あなた、この人の妹さんの親友なんですよね?」
「そ、そうですけど」
「ふぅん・・・この人の妹さんってどんな人です?この人のこと、なんか言っていました?」
「ひ、緋奈ちゃんですか?ええとその・・・いつもお兄さんの悪口を言っているような」
「ふうん・・・まあ、確かにこの人の妹さんはお兄さんをからかったりしそうですけどね」
「そ、そうそう。そんな感じで昔からお兄ちゃん大嫌いーって」
「そうですかそうですか。昔からそんなことを。じゃあ――」
「おい、りら。百合姫ちゃんが怖がってるだろ。なんでそんな」
「――その人は多分私の知っている相馬緋奈じゃないんでしょうね」
りらはそう言って俺を突き飛ばすと、百合姫ちゃんの腕を握る。
「ねえ、鳥越かえるさん?」
「チッ」
りらに腕を握られた百合姫ちゃんが一つ舌打ちをしたと思った次の瞬間、俺はりらに腕を握られていた・・・って
「重っ!!!なんで俺の腕におもりなんてつけてんだよ!」
「くそっ、入れ替わられた!」
そう言って振り返ったりらの視線の先を見ると、ぼたんの身体が一目散に逃げ出そうとしているところだった。
「届けえっ!」
振り返りざまにぼたんの身体に手を伸ばすりら。しかしりらの手はぼたんの身体には触れられず、魔法がかろうじてスカートをかすっただけだった。
そしてりらの魔法がスカートにかすった結果、ぼたんの身体が纏っていたスカートは金属化してずり落ちるが、ぼたん(の身体に入った鳥越かえる)はそのままパンツまるだしで走り去った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「うあああああああああっ、ぼたん先輩に殺されるぅぅぅっ!」
「やっべえええええええっ、絶対巻き込まれるぅぅぅぅぅっ!」
パンツ丸出しで走り去るぼたんという、普段では見られないどころか多分普段でなくても見られない光景に目を奪われた俺とりらはしばらくしてから同時に叫び声を上げた。
「もおおおおっ、先輩のせいですからね!先輩がぼたん先輩に殺されてくださいよ!百合姫と入れ替わってたってことは、緋奈ちゃんもグルだろうしその責任も含めて!!」
「って、そうだった。お前、緋奈のこと知ってたのか?」
「あ・・・」
「あ・・・って何だよ」
「き、近所に住んでるんだから、今は学校が違ったとしても小さい頃遊んでたわけですし、同じ歳の子を知ってたってなんも不思議はないでしょう」
「・・・いや、やっぱりそれはないな。緋奈の友達は全員知ってるはずだ」
まあ、百合姫ちゃんのことも覚えてなかったし、この年代の女子は化粧とか髪型で結構印象が変わったりするけど、少なくとも中学になる前、小学校の頃緋奈と仲が良かった子の中に尾形りらという名前の子はいなかったはずだ。
特に近所だと、今俺の入っている百合姫ちゃんの他にはさっきぼたんと話していたときに出た詩織ちゃんくらいで、あとは近所というよりはもう少し遠い範囲の友達だったはずだし、りらの家が本人の申告通りだとしたら、そこに緋奈の友達は住んでいないはずだ。というか、そもそも当時あのマンションは出来ていなかった。
「その中に尾形りらって子はいなかったはずだ」
「・・・なんですかそれ。すごい気持ち悪いですね」
「え?」
「妹の友達全部知ってるとか、シスコンこじらせてて先輩は本当に気持ち悪いですねって言ったんですよ!」
「え、ちょ・・・何怒ってんだよりら」
「うるさい!もう全部ぼたん先輩に言う!そんで私共々先輩も殺してもらうから!」
「なんだその遠回りな心中は。っていうか、大体――」
ぼたんは俺たちのせいで自分の身体がパンツ丸出しになっていたとしても、そんな俺とりらを殺すなんていうことは――――そんなことはないと言い切れないのが怖い。
「まあ、その話は後にするとして、お前は一体何を怒っているんだ?・・・って、りら?」
突然姿を消したりらを探してキョロキョロと辺りを見回すと、りらは遙か遠く。目測で100メートルほど先を走っていた。
「あいつマジで俺と心中する気か!?」
「見つけたわよ!!相馬はどこいったの?」
ぼたん、というか俺の声が聞こえたほうを振り返ると、そこには俺の身体に入ったぼたんと、緋奈が立っていた。
「百合姫、お兄ちゃんどこいったの?この人と別れるって宣言してもらわないといけないんだけど!」
「別れるも別れないも、元々あいつとあたしはそんな関係じゃないわよ!」
「そうだよ緋奈ちゃん、先輩とその人はそんな関係じゃないよ!」
「あれ、お兄ちゃんだ。みつ・・・じゃなかった。百合姫はどうしたの?」
「百合姫わ、わたしだょ?」
「いや、百合姫は男子いないところでそんなしゃべり方しないから」
なんてこった。俺が考える精一杯のかわいいポーズとともにそれっぽいしゃべり方までしたのに、全部無駄骨じゃないか。
「え?あんた相馬なの?」
「あるときは家式ぼたん、あるときは百合姫ちゃん、そしてその正体は――」
相馬瑞葵だ!と胸を叩きながら言おうとしたら、なんか掌にすごい柔らかい感触が。
「正体はなんなのよ?」
「あ、すんません、相馬瑞葵っす」
これが、女子の感触か。
ぼたんではまったくと言って良いほど感じることができなかった、女子特有のアレの感触。なるほど。これはいいものだ・・・・。
「それでお兄ちゃん。みつ・・・じゃなかった。百合姫の中身はどこに行ったの?」
「いや、緋奈がグルなのもうバレバレだからな。そもそも、正体がばれたからあの人は俺にこの身体を押しつけて逃げたんだし」
「なんだ-。もうバレちゃったのか。それで?もう諦めるの?」
「いや、まだ日数は残ってるし、捕まえるのを諦める気はないんだけどな」
「だけど?」
「俺が人生を諦めなきゃならんかもしれない」
「どういうこと?」
「ちょっと相馬ぁっ!!」
「はいっ!」
「なんであたしの、というかあんたの履いていたスカートがあそこに落ちてんのよ」
「いやまあ、話せば長くなるんだけどな・・・」




