レポート 2ー8 妹達
みつきさんたちと別れ、俺とぼたんが再び散策を初めて一時間。
今度は俺の知り合いに似た人を見かけた。
知り合いに似た人というか、あれは間違いなく妹の緋奈だ。
「やばい!ぼたん、こっちの道に行くぞ」
「え?何?どうしたの?」
「俺の妹が居た」
「ええっ!?あんたの妹ってどこかの学校の正徒会だったの!?」
「多分あかりさんとこだ。緋奈は南中の生徒会役員だし、あかりさんがさっき俺の名前と住所を聞いて笑ったろ?あれは多分俺と緋奈の関係に気づいて――」
「おんや?お兄ちゃん!?」
とかなんとか言っているうちに気づかれたー!
「――いたんだと思うわよ」
「そ、そういうことか」
とっさに口調を変えた俺にあわせてくれるぼたん。
うーん、なんだかんだ言ってぼたんとは仲間内で一番呼吸が合っている気がするな。
「おにーいちゃん?どしたの?妹の顔忘れちゃったー?」
そう言いながら俺とぼたんの前に回り込んできて、ぼたんの顔を覗き込んで首を傾げる緋奈。
これは逃げられない。ぼたんと目配せして俺が頷くと、ぼたんはさっきまで自分の知り合いに対して「自分ぼたん様の下僕なんですよ―へっへっっへ」とか言っていた人間と本当に同じ人間か?と聞きたくなるくらい棒読みでたどたどしい口調で緋奈と話始める。
「や、やあ緋奈。どうしたんだこんなところで」
「どうしたんじゃないよ―、お兄ちゃんったら高校で正徒会に入ったんだったらそう言ってくれればいいのにー。って、あれ?あの浮気相手さんとか正妻気取りの人は?恋人さんだけ?」
「こ、恋人!?」
緋奈の不穏当な発言を聞いて、驚いたような顔で俺を見たあと、『うわぁ、こいつ私に知られないと思って妹に何言ってるの?』みたいな顔になるぼたん。
やめてください。緋奈が勝手に言いだしただけなんです。写真を見た後で話をしているうちに『この人が一番恋人っぽいよね』って、そう言い出してからぼたんは緋奈の中では恋人さんっていう通称なんです。
「恋人さ…じゃなかった、ええと…」
俺は話をしているときもちゃんと名前でぼたんのことを呼んでいるんだから名前覚えて!緋奈ちゃんがんばって!これだと俺までぼたんを恋人呼ばわりしているっぽく思われるから!
「あ、家式ぼたんです」
「そうそう!ぼたんさん!兄がいつもお世話になっています」
そう言って俺に向かって深々と頭を下げる緋奈。
うん、すごい微妙!相変わらず『うわぁ』って顔しているぼたんの表情とあいまって非常に微妙!
「いえいえ、こちらこそ」
「…って、ちょっと、なんで変な顔してんのよお兄ちゃん。妹がちゃんと恋人さんに挨拶できたんだから褒めるなり、三人でお茶でもどうだって誘うなりしなよー」
「あ、ああ。そうだな、でも俺達も忙しくてさ。これからちょっとやらなきゃいけないことがあって」
そう、そうだぼたん。よく緋奈の勢いに流されなかったな!偉いぞ!
「この時間にここにいるっていうことは、今日はもう探索上がりでしょ?まさか夜行くの?始めて一月やそこらでそんなにレベル高いの?私達でも難しいのに」
「え?夜の探索ってそんなにレベルが必要なの?」
「そうなんですよ、恋び…ぼたんさん。二階から下は夜になると凶悪なのがうろつくようになってて、これはなんか最下層にいる親玉モンスターが夜行性だからっていう理由らしいんですけどね」
「ちなみに緋奈ちゃんのレベルって?」
「え?41ですけど」
「「たっか!」」
思わず俺とぼたんの声がハモる。
そう言えば緋奈は中一の時から生徒会に出入りしていたんだっけ。
もしあの頃から正徒会をやっていて最初の1年なり1年半くらいレベル上げに勤しめば、一気に長時間ダンジョンに潜らなくてもそのくらいのレベルにはなるんだろう。
そう考えると椿先輩のレベルの低さが本当に謎だけど。
「お兄ちゃん達は?どんな魔法使えるの?カード見せてよ」
「いや、それはほら、いいじゃん?ねえ、相馬くん?」
「お、おう。そうだな」
無駄にサポートバッチリなステータスカードの機能のお陰で、実は今現在、カードの写真も入れ替わっていたりするので、相馬瑞葵のカードには家式ぼたんの顔が、逆に家式ぼたんのカードには相馬瑞葵の顔が貼られているのでそんなカードを緋奈に見せるわけにはいかない…っていうかどういう仕組みなんだこれ。
「…うーん、でも意外だなあ。お兄ちゃんが正徒会やるっていうのもだけど、緋奈が正徒会やっているって知ったら怒られるかなって思ってたのに、怒らないんだ」
「ん、それはほら、お兄さんにだって色々あるんじゃないかなあ。ねえ、相馬くん?」
とりあえずお小言の一つでも言ってもらおうとぼたんに目配せをするが、ぼたんはどうしたらいいのかわからないらしく目が泳いでいる。
「ど、どうなの相馬くん?ほら、かわいい妹が危ないことしようとしているわけだし、ここはビシーッとひとつ」
「えっと…わた…俺は緋奈の味方だからな。頑張るんだぞ」
ええっ!?どうしたぼたん!なぜ突然意思疎通ができなくなる!即席だけど俺とお前は息の合ったパートナーじゃなかったのか!?
「妹だからって、過保護に心配する必要なんてないよな!うん、俺は応援するからな!」
そう言って緋奈の肩に手をおいていい笑顔で笑うぼたん。
……あ!さてはこいつ今まで椿先輩や周りの大人に色々言われてきたな!?それでなんか緋奈に変に共感しやがったな!?
「そ、相馬くーん?ちょっとこっちきてー。あ、緋奈ちゃんはそこで待っててね?もしくは用事あるならどこか行っちゃってもいいよ」
「えー、もっと三人でお話したいのにー、ぼたんさん冷たーい」
入れ替わってるのに気づかない妹の方が冷たくないか!?まあ気づかれても色々面倒だから気づかれないほうがいいんだけど。
「おい、どういうことだよ。ちゃんと緋奈に注意してくれよ。怒らないまでもレベルカンストするまではあんまり下に行くなよとか、夜が危ないならちゃんと門限までには帰れよとか言うことあるだろ?」
「そうやって押さえつけようとすると妹との関係が悪化するわよ。っていうか、あんたのほうこそどういうつもりよ、その、私の事、その…こ、恋人とかって、妹に紹介しているわけ!?」
やめてくれ。俺の身体で顔を赤くしてテレ顔でそんなこと言うのは本当にやめてくれ!
「た、たしかにそういう可能性はなくはないし、この間は私かお姉さまと結婚すればとかいっちゃったけど、いきなりそんな、ほんとに、こ、恋人なんて…」
「ぼたん。すまん、色々言いたいことはあるだろうし、俺も色々言いたいことはあるしなんだかんだ一番相性がいいのはお前なんじゃないかなって思い始めているけど、今その話するのはやめよう。自分の身体が顔を赤らめてもじもじしているのをみるのはすごくその…辛い。というかキモい」
「……あ、そうね」
俺の言葉を聞いて今の自分の姿を想像したのだろう。ぼたんは冷静な顔に戻ってそう言った。
「…それで、妹さんのことについてだけどね」
「おう」
「絶対叱らないし注意もしないから。あの子って確かいっこ下でしょ?あのくらいの子はちゃんと自分のことは自分でできるし、年上だからってたかだか1つ2つ上の人間に偉そうにされるのは嫌なもんなのよ。特に身内からはね」
「そりゃそうかもしれんが」
「はあ…あんたはそういうことをちゃんとわかる人間だと思っていたんだけど…まあ、いいわ。とりあえずこれ以上面倒なことになる前にこのまま逃げ――」
逃げようと言いかけたぼたんと俺の肩が後ろからガシっと掴まれる。
「ああ、やっぱり逃げようとした」
「ヌワっ!?」
「ヒィッ!」
「ほんと、お兄ちゃんってこういう場面で逃げを打つところ、昔から変わらないよねー。そんなにぼたんさんとのことを冷やかされるのが嫌だったわけ?」
「し、失礼な、これは戦略的撤退であって、逃げているわけでは―」
「ん?なんでぼたんさんが答えるの?」
「あ、ちょっとバカ―」
「……えっと………まさか二人共、入れ替わっている?」
そう言いながら緋奈は俺達を指差しながら手をクロスさせ、俺達は観念して頷いた。
「なるほどねえ。三音姉がそんなことを」
喫茶店で俺の隣に座った緋奈は、事情を聞き終わった後そう言って笑いながらアイスティに口をつける。
「お前、九十九三音と知り合いなのか?」
「私はこれでも南中正徒会役員で、三音姉は卒業生だからね。というか、昔はお兄ちゃんも一緒に遊んでたでしょ」
「正直覚えてない」
「はぁ…」
「あんたねえ…」
「というか、三音姉はお兄ちゃんのパーティだからちょっかいかけたんじゃないかな」
「俺のパーティだからってどういうことだ?」
「うーん…私は三音姉があかりさんの言うように誰かれ構わず心配しているかと言えばそんなことはないと思うんだ。だって、私がこの一年見てきた中には今のお兄ちゃんとぼたんさん以上に仲が悪い感じだったり、あ、この人達表面だけの付き合いだな―ってパーティもいくつも見てきたし。でも今回みたいなケースは初めて」
「表面上って、そんなの緋奈にわかるのか?」
「わかるよ。緋奈も女だもん。ね、ぼたんさん」
「そうね、女には色々あるわね」
そう言って二人はお前らこれまでの人生で一体何があったんだってくらい達観した顔でうんうんと頷き合う。
まさか妹から女について教えられる日が来るとは思わなかったが、ぼたんも頷いているところを見ると、緋奈の言うとおり女子は色々大変らしい。
「でも、なんだって俺のとこだけ」
「ご近所さんだから放っておけないんじゃない?昔からお兄ちゃんって年上に可愛がられるし、弟みたいに思われてるのかも」
「いや、昔からって、そんな記憶まったくないんだけど」
どちらかというと年上にはからかわれることのほうが多い気がするし。香華さんとか。
「いやいや、お兄ちゃんは昔からよく年上に絡まれるじゃない。最近もまた丁香花さんとかに絡まれてるしさ。…ああ、でも年下にも絡まれるか。要するにタラシなんだね、お兄ちゃんは」
「……ちょっとまて。なんでお前が丁香花さんの名前を知ってるんだ?」
「いや、ちょっと前にちゃんと挨拶しに来たんだよ『これからちょこちょこ瑞葵君の部屋にお邪魔しますけど、変な関係じゃありません』って」
聞いてねえよっていうか夜中にちょこちょこお邪魔する人間が変な関係じゃなかったら一体どんな関係が変な関係なのか。
いや、丁香花さんの言うとおり俺と彼女の間には別になにもないけども。
「丁香花って、お姉さまのところの丁香花 香華?あんたまだ絡まれてんの?」
「最近は少し落ち着いたけど、それでもなんか俺と邑田をくっつけようとしてくるんだよな。俺と先輩はもうなんでもないんだから来ないでくれって言っているのに」
「えっと、先輩ってどっちだっけ?正妻気取りさん?」
「相馬…」
「違うって!俺がそう思っているんじゃなくて今のは緋奈の主観だ。俺はそういうこと全く思ってないから!」
「どうだかね。うまいことやれば『ハーレムだぜ、うっひょー』とか思ってるんじゃないの?」
「思ってないって。っていうかお前の中で俺はどんなキャラなんだよ」
「あ、そういうのはないと思いますよ。この人面倒くさがりだからハーレム作って諍いを起こしたり刺されるくらいなら誰とも付き合わないっていうか…まあ、要するに優柔不断なんですね」
散々な妹からの評価に、お兄ちゃんは涙がこぼれそうだぜ。
「でも悪い人間じゃないと思うんで」
緋奈はそこで言葉を切ってぼたんin俺の身体の手を握りじっと目を見ながら
「兄のこと、よろしくおねがいしますね」
と言った。
「は、はい…って、ええっ!?」
「やっぱり緋奈の目は間違ってなかったよ。私、お兄ちゃんにはこの人が良いと思うの!」
「どうしてそうなった!?」
「どうしてそうなったの!?」
満足気にそう言って笑いながらウンウンと頷いている緋奈を見て、俺とぼたんの声がハモる。
「これでぼたんさんは妹面接通過ということで。次はお母さん面接があるんですけど、何時が都合いいですか?あ、お父さん面接は特に無いんで次が最終面接になるんですけどー」
「いやいやいやいや、ちょっと待て緋奈。なんでぼたんと俺が付き合うみたいな流れに!?」
「だってお兄ちゃん楽しそうだし、ぼたんさんもまんざらでもなさそうだし」
「いやあのな緋奈…」
「ええっ!?お兄ちゃん、ぼたんさんといるの楽しくない?」
「いや、楽しいけど」
今日こうして二人で行動してみて思ったんだが、正直仲間内で一番気が楽かもしれない。
「ちょ…何いってんのあんた」
「ぼたんさんはウチの兄のこと嫌いですか?」
「き、嫌いじゃないけど……」
その恥ずかしそうな表情。自分の顔じゃなくてぼたんの顔だったら多分惚れてたぜ。
「はい、じゃあカップル成立ということで。おめでとうございまーす。じゃあここは緋奈がおごりますのでごゆっくりー」
「いやいやいやいや」
「カップルってそういうもんじゃないでしょ緋奈ちゃん」
「えー、付き合うだけ付き合ってみて、ダメなら別れれば良いんじゃないですか?うだうだしてるばっかりで最後の一歩を踏み出さないと、二人共行き遅れますよ。っていうか、恋愛なんて数こなしていかないと、大人になってから変なのにひっかかりますよぉ」
なんで俺達年下に恋愛語られてんの!?
「というか、緋奈。お前まさか彼氏いんの?」
「まだいないけどね。というかほら、お兄ちゃんに彼女さんができるまえに緋奈がそうなっちゃうと、お兄ちゃんのプライドが傷つくかなって思って」
「余計な心配ありがとう!」
「確かにこいつはそういうのでメソメソしそう」
「周りに敵しかいなくて、俺もう泣きそうなんですけど!」
「あ、そうだ、緋奈写真見た時からぼたんさんに確認したいことがあったんだった。ちょっといいですか?」
緋奈はそう言ってぼたんの手を引いて少し離れたところまで歩いていくと何事か耳打ちし、ぼたんの反応を見て
「やっぱりー!」
と嬉しそうに言い、二人でしばらく小声で話をした後で戻ってきた。
「やっぱり緋奈の目に狂いはない!…ということで、あとはごゆっくりー」
「ちょっと待て、なんでさっきからそうやって俺とぼたんを二人きりにしようとするんだよ」
「いや、もともと二人きりでデートしてたところに緋奈がお邪魔しちゃったわけだし、もとに戻るだけでしょ。それに三音姉の捜索をするなら人手が大いに越したことないだろうし」
「デ……お、お前そういうこと言うのやめろよな!」
「まあまあ。結構お似合いだよ、二人共。じゃあ、見つかったらお兄ちゃんたちの宿に連れて行くから。確か甲斐田屋だよね?」
「ああ」
「あ、もし誰か他の人が見つけたら緋奈に連絡してよね。そうじゃないとずっと探す羽目になっちゃうから」
「連絡は携帯で大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。それじゃ二人共またねーっ」
緋奈はそう言って楽しそうに手を振るとレジで会計を済ませて出ていった。




