レポート2-7 距離感
俺が心配した『俺の知り合いに会ったらいやだな』という心配は取り越し苦労もいいところで、むしろここを利用することができる正徒会出身者は家式関係に就職する人が多い分、ぼたんの知り合いのほうが結構居た。
その中には二人きりで歩いているという状況から、俺達の関係を邪推する輩もいたが、ぼたん(IN俺の身体)が率先して『いやー、自分ぼたん様の下僕なんすよ―』とか言っていたため変な関係だと思われることはなかった。
って、あれ?十分変な関係じゃないかこれ……まあ、後でぼたんには厳重注意しておこう。
とにかくそんな感じで街をブラブラした俺達は、小腹が空いてきたということで目についた喫茶店でランチを取ることにした。
店頭に張り出されているメニューを見ながら俺とぼたんがカランカランと金属のベルを鳴らして店内に入ると、丁度みつきさんともう一人、別の女の子がレジで会計を済ませているところに出くわした。
「……」
確実に面倒事になる。そう思って黙ってドアを閉めた俺はぼたんとアイコンタクトを取って逃げ出そうと――
「ちょっと!なんで閉めるの!?ご先祖様に挨拶くらいしようよ!」
―――したのに、追いかけてきたみつきさんにガッチリと肩を掴まれてしまった。
「ちょっと、なんで黙ってるのよ、瑞葵」
え?なんでこの人ぼたんの格好をしている俺に向かって瑞葵って言ってるの?
「えっと、わかるんですか?」
「そりゃあわかるわよ。こっちはぼたんよね?」
「はい……」
「あーこの子達がみつきが言ってた子たちね、なるほどなるほど」
そういって俺達の顔を交互に見てニヤニヤと笑うみつきさんの連れの女性。
「相馬くんと、家式さん、ね。確かに面影あるなあ」
「ねー、不思議だよね、もう10代以上経ってるのに」
「ほんとだよねー」
そんなことを言いながら、みつきさん達は楽しそうに笑い合う。
「えっと、みつきさん。そちらは」
「ああ、紹介しなきゃだよね。こちら私の親友の邑田あかりさん。茉莉とは血はつながってないけど、家系図とかだと一応ご先祖様に当たる感じかな」
よくわからないが、つまりは養子みたいな感じだろうか。
「南区担当の邑田あかりです。よろしくね、相馬くん、家式さん」
「南区ってことはうちの方の担当なんですね」
「あ、相馬くんって南区住みなんだ。じゃあ休みの日はみつきのところまでいかないで、うちのゲート使えば良いんじゃない?そのほうが近いしさ。ちなみに、南区のどのへん?」
「朱莉町らへんです」
「うお、ドンピシャじゃないの。南中の裏の林にゲートがあるから好きに使っていいよ。朱莉南中の場所はわかるよね?」
「というか俺、そこの卒業生です」
そう。南中は俺が今年の春卒業し、妹の緋奈が今現在通っている学校の名前だ。
「あ、そうなんだ。じゃあもしかしたら君はみつきじゃなくて私の担当になってたかもしれないんだね……あ!」
「どうしたのあかり」
「いや、なんでもない。というか黙ってたほうが面白そうだから黙っとく。まあ、それはさておき、君たちはなんでそんな面白いことになっているの?」
「あ…」
「えーっと…話すと長くなるんですけど」
俺達から事情を聞いた後、みつきさんは腹を抱えて笑いだし、あかりさんは申し訳なさそうに頬をかいた。
「ごめん。かえるは元々ウチの子なんだ。昔色々あってひねくれちゃってさ。真白ちゃんに矯正してもらおうと思って預けたんだけど、かえって裏目になっちゃったね」
「ってことは、うちの近所の人ですか?でも鳥越かえるなんてファンキーな名前の人いたかな…」
鳥越っていう名字はともかく、「かえる」なんて名前のご近所さんや先輩がいたらわかりそうなものだし、顔も覚えていそうなものだが、真白さんに渡された鳥越かえるの写真の顔はどれも見覚えのないものばかりだ。
「かえるは色々あって本名を名乗ってないから」
あかりさんはそう言って小さいため息をつく。
「えーっと、あの子の本名は確か…えーっと九十九…みつき…じゃなくて、みつね!そうだ、九十九三音だ。漢数字で九十九に三つの音って書くんだったと思う」
………あー。
「おや瑞葵。心当たりありって顔してるね」
「その名前の人なら、うちの隣の隣の家のお姉ちゃんだと思います」
九十九なんて名字はそうそうないだろうし、ましてやあかりさんの担当ということはうちの近所、さらに三音なんて名前なら、ほぼ間違いないだろう。
それに、不細工というわけではないのだが、彼女は確かにカエル顔といえばカエル顔なので、「かえる」と名乗るものわからなくはないし、一、二年前に彼女が1週間だか2週間くらい帰ってこないって騒ぎになったことがあって、彼女のことを真面目なお姉さんだと思っていた俺は驚いた記憶がある。
「でもなんでひねくれたんです?」
「んー…私の監督不行き届きというかなんというか…まあ、大雑把に言えばいじめかな」
「いじめ?」
「事件が起こったのは丁度今と同じ次期の連休中。当事のあの子のパーティは四人組で中堅くらいの実力だったんだけど、ちょっと調子に乗っちゃってね、連休が終わる前に、もう一階層潜ろうって話になって、で、それに最後まで反対してたのがあの子なのよ。で、他のメンバーとケンカ別れして、かえるは二階に戻ってきたんだけど、2日、3日と待てど暮らせどメンバーが戻ってこない。で、その段になって私に報告が上がってきて、一緒に問題の階層まで潜ったんだけど、途中でメンバーが怪我をして動けなくなっていてね」
「動けなくってまさか…」
そう言った後、ぼたんがつばを飲む音が聞こえた。
「あ、違う違う。死んだりはしてないんだよ。ただ、一番主力だった前衛メンバーが怪我をしちゃったせいで帰れなくなって、頑丈な建物の中に立てこもってたんだ。で、持っていった食料が底をつきかけたところでわたしとかえるが到着して救助したんだけど、その後、帰れなくなったのは、回復魔法を使えるかえるがついてこなかったせいだって話になって、かえるは孤立した」
なるほど。
責任転嫁か。
四人パーティで誰かがそんなことを言い出したら当然瓦解するわけで。
「なんとなく事情はわかりました。それで自分がいじめられたのが悔しくて、仲がいいパーティが気に食わないから邪魔してやろうとかそういう…」
「違う違う!ひねくれてるしサボりグセはあるけどあの子はそういう子じゃないんだよ。なんというか…言いづらいんだけど…」
「どうしたのあかり。いつもはっきりいうあんたらしくもない」
「…言っても怒らない?」
「別に怒らないって」
「二人も?」
「別に俺達は…なあ?」
「うん」
「あの子が邪魔するのは、自分たちのパーティみたいに実力不足なのに深層に手を出そうとするへっぽこパーティとか、メンバーの関係が歪んでるようなパーティなんだよ。もちろん意地悪とかじゃなくて、そういう子達が心配だからなんだけど、瑞葵くんたちのところがどうなのかはわからないけど、かえるなりにそうだって判断する何かがあったんじゃないかな」
「……」
「……」
あかりさんの言葉を聞いて、俺とぼたんは思わず顔を見合わせた。
(…まあ)
(どっちも思い当たるフシがないでもないわね…)
俺達の目的にしろ、実力にせよ、関係性にしろ、かえるさんから見れば気に入らないだろう。
特に関係性についてはお互い知らないことだらけだし、この先命を預け合う関係としては希薄な気がしないでもない。
「まあ、まだまだ未熟なのに最下層行くとか言ってるからねえ。それを何処かでその子に聞かれたんじゃないの?まあ、関係性の方はわざわざ男女同じ部屋にしたんだし、少しは進展したでしょ?」
「え?君たち同じ部屋に泊まってるの?」
「ええ、12畳八人部屋とかいう非常に息苦しい環境で寝てます」
「うわ…八人はないわあ」
「で、どうよ。昨日の夜は恋バナの一つでもした?もしくはもうなんかその先までいっちゃった感じ?」
そういって詮索好きな近所のおばちゃんのような笑顔を浮かべるみつきさん。
「いや、そんなことしてないですよ。なあ、ぼたん」
「そうそう。なんか重い沈黙の中寝た感じで…というか、女子は茉莉以外若松が寝付くまで気配を伺って、早く寝ろ早く寝ろって思ってたし」
俺の親友がパーティ内で全く信頼されてない件。
「じゃあ、あんたたちがそのかえるって子に絡まれた原因はやっぱりそういうところなんじゃん…」
「まあ、そういうところっすよ」
俺達ってなんだかんだつるむようになってまだ一ヶ月そこそこだしな。しょうがないよ。
「なんで開き直ってんの?あんた男の子でしょ!?私の子孫なんだったら、こう…好きな子と勢いでなんかしちゃいました!くらいのこと言えないの!?」
「いや、昔あんたすごい人見知りだったじゃないの。それこそ初彼ができたのなんて瑞葵くんより…」
「ちょ、言わないでよあかり!私のご先祖様としての威厳がなくなるでしょ!」
お言葉ですがそんなものは初登場時からすでにありません。
そしてかけらほど残っていたご先祖様への畏怖もたった今なくなりました。
「ま、まあ、とにかく、仲間同士、お互いのことをよく知って、仲良くしなきゃだめよってこと」
「昔のみつきにぜひとも聞かせてやりたい言葉だけど、そういうことね。お互いの距離を0にする必要はないけど、こいつらなら大丈夫だってかえるが思わない限り、今回なんとかできたとしても、今後もちょっかい出されると思うし」
「……って言ってもどうしたらいいやらって感じなんですけど」
「そうなのよね…その…私って友達少ないし…よくわかんない」
今までも友達っていう奴はいたし、パーティのみんなとも友達だろうとは思うけど、そこまで距離を詰めた関係っていうのは今までないかもしれない。
杏平も親友だなんだと言ってはいるものの、距離が近いかと言われれば今までの友人と違いがないくらいだし、あえて無理やり言うとすれば、昔例の女の子…まあ、りらなんだろうけど、りらの友達になって連れ出そうとした時に、一緒にりらのお姉ちゃんと戦ってくれた奴とは親友だったのかもしれないけど、あそこまで誰かと心を一つにしたことは、あれ以来無い気がする。
「なんでも良いのよ。それこそ腹を割って話せれば、自分の昔ばなしとかそんなことでも、お互いの理解は深まると思うしね。まあ、少なくとも、同じ部屋に居て警戒しあうよりは、リラックスして楽しく過ごせたほうが全然いいでしょ?要はそういう関係を築きなさいよって話だから、色々話したり、遊んでみたり、そういうことをしてみたらいいんじゃない?」
「…わかりました。色々やってみたいと思います。あかりさん」
「ありがとうございます。あかりさん」
俺とぼたんの返事をきいて、あかりさんは満足そうに笑い、みつきさんは『くっ…威厳を取り戻すには…』とかなんとかブツブツ言っていた。




