レポート2-6 夢であるように
柔らかな朝の日差し、それに小鳥のさえずりが俺を夢の中から現実へと引き戻した。
地下二階のはずなのになんで朝日が指すのか、小鳥たちは一体どこへ来てどこへ行くのか、そんな野暮なことは聞いてはいけない。
「ん……と」
俺が目を覚ますと、早起きして竹刀とか振っていそうな宮本すらまだ夢の中で、どうやら俺が一番始めに起きたよう――ん?あれ?なんで俺こんなところに寝てるんだ?俺の左隣は確か杏平で、右隣は柿崎。その向こうに宮本が寝ていた。つまり
杏瑞楪柊ぼり茉椿
という順番だったはずなのだ、にもかかわらず、俺の左隣には宮本の顔がある。
普段のがさつなイメージとは違って、浴衣が寝乱れることのもなく、すやすやと眠っているその顔はなるほど、柿崎が変な気を起こすのもわかるくらいに整っている。
じゃなくて。
あれか!?俺の寝相が悪すぎて、ぼたんと宮本の間に入っちゃったとかそういうことなのか?
だとすると俺のすぐ後ろにはぼたんが寝てるってこと?なにそれ万が一今ぼたんが目を覚ましたらとか考えるとものすごい怖いんですけど!?
うわあああ唐突に目が冴えてきたぞ。ヤバイ、これはヤバイ。これじゃ俺がぼたんに夜這いをかけようとしたとか言われても何の反論もできないぞ。元の位置に戻れないまでも、さっさと布団を抜け出さないと大惨事になるのは目に見えている。
っと、慌てるな。
クールになれ相馬瑞葵。
まだあわてるような時間じゃない。いや、もういつ誰が起きてもおかしくないから慌てなきゃいけないんだけど。
慌てなきゃいけないんだけど、慌てず騒がず。こっそりと……あれ?枕なんかおっきくなってないかこれ。それになんか二人の間に入り込んだにしては全体的に布団に余裕があるような…。
そんなこと考えながら、俺が布団からの脱出を試みていると、隣で小さな唸り声が聞こえた。
「ん……なに?もう朝?」
あれ!?なんですぐ後ろからりらの声が聴こえるんだ!?位置的にすぐ後ろにはぼたんがいるはずなのに。って、そうじゃない、さっさと逃げないと。
「んーっと……ふぁ…。あ、おはよう、ぼたんちゃん」
え!?起きてるの?ぼたん起きてるの?ヤダ振り返るの超怖いんですけど。
っていうか、りらって素だとぼたんのことぼたんちゃんって呼ぶのか。なんか禁断の香りがしていい感じだな。
なんてよしなしごとを考えていると、背中から肩を叩かれた。
「ち、ちがうんですよ、ぼたんさん。これはその、事故なんです。故意じゃないんです。様々な誤解と偶然が入り混じった結果なんですぅっ!」
……あれ?なんか今、違和感が。
「え、何言ってるのぼたんちゃん」
振り返った先にはまだ少し眠そうなりらとぐっすり眠っている邑田と椿先輩の姿があったが、ぼたんの姿は見えなかった。
「えっと…」
…いやいや、そんなまさか。
声がいつもより甲高い気がしないでもないけどまさかそんなことがあるはずがない。
心の中で自分に言い聞かせるようにそう言って、俺は体を起こして宮本達が寝ている側を見た。
するとそこには手前から順に、宮本、柿崎、俺、杏平の姿が。
いやいや、これは夢だ。夢に違いない。夢であってほしい。
「……」
「………どしたのぼたんちゃん」
「お前、邑田か?」
「え?なんで朝から他人行儀なの?あ、もしかして昨日のことまだ怒って…あれ?なんか声が…風邪かな?」
「邑田。後ろ」
「え?………って、なんで私が寝てるのおおおおおおっ!?」
「何よぉ、朝からうるさいわよりら…」
邑田の叫び声で目を覚ました俺の身体はそう言いながら起き上がる。
「何じゃあああああこりゃああああっ!あ、あたしの小鳥のさえずりのような可愛らしい声がなんか野太い!すべすべの肌に毛が!なんか腕毛が!っていうか、あたしがいる!」
この感じ、やはりぼたんか。
「グッモーニンぼたん。お前の身体は預かった」
「お前の仕業かああああ!」
「ち、違う!今のは場を和ますためのジョークで、っていうか今殴ったらお前の身体が傷つくことになるんだぞ!?」
「くっ…卑怯者!」
「いや、一応言っておくけどこの現象は俺の仕業じゃないからな。というか、俺はお前の身体をお前の攻撃から守ったんだからむしろお礼を言われていいくらいだぞ」
「なんかわかりづらいけど言いたいことはなんとなくわかったわ。まあその…ありがと」
うん。俺の顔でそんなすねた表情するのやめてくれるかな。全く可愛くないから。
「うるせえなあ。何朝から騒いでんだよ。俺は朝弱いんだからもう少し寝かせてくれよぉ…」
そう言ってポリポリと頭を掻きながら恨めしそうにこちらを見る椿先輩。多分中身は宮本だろう。
ということは、邑田の身体にはりらが入っていて宮本の身体には椿先輩。あとは消去法で杏平と柿崎が入れ替わってる感じか。
まあでも一応確認しておいたほうがいいだろうな。もしかしたらどこかで玉突きみたいに変な入れ替わりが起きているかもしれないし。
「よし、みんなとりあえず起きよう。みんな起きて状況を整理しないと何もできない」
「なんであんたそんな冷静なのよ。あたしまだ混乱してるんだけど。というか、どういう状況なのよこれ」
だから俺の身体と声でぼたんの口調やめてください。
「まあ、どうせ魔法だろ。みつきさんが降りてきていたずらしたとか、もしくはここの女将の真白さんがいたずらしてるとか、そんなとこだろう」
「昨日話した感じだとそういうことを刷る人ではなさそうですし、真白さんの言っていた、問題児の従業員とやらじゃないですかね」
そう言っていつの間に起きたのか、おめめパッチリでこちらを見ている、おそらくは邑田の身体に入っているであろうりら。
「おはようりら。寝起きなのに随分意識がはっきりしてるなお前は」
「実は先に起きてたんですけどね。なんか色々と明らかにおかしいからみなさんが起きるまで寝たふりを」
つまり最初に起きることで俺のようにみんなを整理誘導するような役回りになるのが嫌だったと、そういうことだなこの後輩は。
「おまえなあ…まあいいや。じゃああと寝てるのは―――」
「ちょ、ちょっと、若松くん!?なにしてんの、布団の中でボクの身体でなにしてんの!?」
「ちょっとだけ、ちょっと見るだけだから」
「何をちょっと見る気だ!いますぐ出てこい!」
そう言って柿崎の身体がくるまっている布団をはがしにかかる杏平の身体。
ああ、順当に柿崎と杏平が入れ替わってるなあ。
というか真面目な話、杏平はどこに行く気なんだ。
「うう……どうせ入れ替わるなら茉莉がよかった…」
そんなせつなそうな顔で胸を抑えながら悲しいこと言わないでください、先輩。
一通りみんなが落ち着いたところで確認したところ、最初に見て感じたとおり、俺とぼたん、邑田とりら、椿先輩と宮本、柿崎と杏平が入れ替わっていた。
幸いに…と言っていいかどうかはわからないが、とりあえず入れ替わった二人で一緒に行動すれば支障がなさそうなのが救いといえば、救いだ。
例えば俺とぼたんが一緒に行動すればお互いトイレのときはアシストできるし、柿崎と杏平が一緒にこうどうすれば柿崎の身体を杏平がどうこうすることはできないということだ。
……あいつ、本当にどこに行こうとしているんだろうな。
「と、いうわけで戻るまでよろしくなぼたん」
「ん。よろしくね相馬」
いとこ同士の椿先輩と宮本はすんなりトイレを済ませて戻ってきたが、他人同士の俺とぼたんはそうも行かず、すったもんだあった……具体的にはぼたんが立ってするやり方がわからないと言うので、俺がアシストに入ろうとしたら「人の体で変なもん触らないで」とか言われ、じゃあ手を添えてと思ったら「私に変なもんさわらせないで!」と半泣きされたり(ぼたんは結局座ってした)、俺は俺で目隠ししてトイレをさせられ、そのまま拭かれたもんだから、目そのせいで感覚が敏感になっていて変な気持ちになってまたぼたんが半泣きになったり。
そんなことがあった後、俺とぼたんはここは割り切って入れ替わっている間にあったことはお互い忘れる。という約束をして、二人で連れ立って旅館を出た。
もちろん観光目的ではなく、こんなことをしでかしてくれた犯人を探すためだ。
女将みずから朝食を運んできてくれた真白さんによれば、こんなことができる従業員はただ一人。連休中にバイトで入っている大学生の鳥越かえる。
昨日の夜、仕事をサボっていたのを見つかって真白さんに怒られた後から姿が見えないとのことだ。
まあ、要するに真白さんに対する嫌がらせに俺たちが巻き込まれたと、そういうことらしい。
ちなみに、俺たち以外の宿泊者は無事。理由は甲斐田屋に泊まっている宿泊者はOBOGの高レベルの人間が多く、学生の頃からサボり魔だった鳥越かえるの魔法が通じたのはレベルが低めな俺達だけだったから。と、そういうことらしい。
「一応写真はもらったけども……」
「変身魔法が得意なんじゃ写真は頼りにならないもんね…」
もらった写真だけでも4種類。変身レパートリーとしては全部で12種類あるらしいので見つかるかどうかは運否天賦。いや、もっと分が悪いだろう。
「ま、適当にブラブラしましょうか。見つかればもうけもんだし、見つからなくても誰かがなんとかしてくれるでしょ」
ちなみにさっき二人組で探そうかという話になった時点で、血眼になってなんとかしようとしているのは柿崎だけだったりする。
りらと邑田は今も温泉に。
椿先輩と宮本は体を動かさないと落ち着かないという宮本が椿先輩の身体でレベル上げしてくれるそうで、1.5階くらいの強さの敵が出る真白さんおすすめのレベルアップポイントへ向かい、柿崎は『ついてこないなら外で素っ裸になって大問題を起こしてやる』という脅し文句で杏平を引っ張って鳥越かえる探しに出かけた。
で、そんなにやる気のない俺とぼたんは柿崎に遅れること一時間、やっとお散歩に出かけるところというわけだ。
「まあ、旅館の人も探してくれているらしいし、今日の夜にはなんとかなるだろうからな」
「そうそう。楪みたいに必死で探し回ってたら折角の休日がもったいないってわけ」
「んー…あのさぼたん」
「ん?」
「まあ、万が一はないと思うんだけど、この街には今、俺達と同年代の連中が結構多くいるわけじゃん」
「そうね」
「知り合いにいまのぼたんの喋り方をしている俺を見られるのはキツイから男っぽい喋り方してくれないか?」
「それならあんたももうちょっと女らしい喋り方しなさ…しろよな」
早速直してくれるとか、なんだかんだ言って、ぼたんって良いやつだよな。
「わかったわかった。お…私も気をつけるよ…わよ」




