レポート2-5 夢で逢えたら
ある日、俺が公園に遊びに行くと、体の小さいその女の子は一人ぼっちでブランコに乗っていた。
「どうしたんだ?」
年下に優しいお兄ちゃんと近所でも評判の俺がその子に声をかけると、その子は「私にはお友達がいないから一人ぼっちなの」と答えた。
「じゃあ俺が友達になってやるよ。それに俺には妹がいるから、妹とも友達になれば一気に二人の友達ができるぞ」
俺はそう言ってブランコに座っていたその子の手を引いて立ち上がらせた。
……うーん…なんだこの程よく暖かくて柔らかく、それでいてしっかりとした芯のある枕は。それになんだかいい匂いがするし、どこからともなくそよそよと程よい風が………って!
「あ、おはよう、瑞葵くん。良く眠れたかな?」
「む、邑田…」
俺が起きたことを察知したらしい邑田はそう言って上から俺の顔を覗き込む。
現在の俺の頭の位置は浴衣を着た邑田の太ももの上。いわゆる膝枕の状態で、邑田はうちわでうっかり昼寝をしてしまった俺のことを扇いてくれていたらしい。
「皆は?」
「ぼたんちゃんとりらちゃんと椿ちゃんは今さっきまたお風呂に行ったよ。杏平くんはナンパしてくるって出ていったよ」
「宮本と柿崎はまだ戻って無いのか?」
「柊ちゃんたちはゲームコーナーで遊んでる」
なるほど、つまり今この部屋には俺と邑田の二人きりというわけですね。
貞操の危機というやつですね。
とりあえずこの邑田の間合から逃げなくては。
「あ、ありがとな。膝枕してくれた上にうちわであおいでくれて。もう起きるよ」
「いいよ別に。瑞葵君の寝顔も見れたしね」
そう言ってクスクスと笑う邑田は、浴衣姿のせいか、それとも湯上がりのせいか、妙に色っぽい。
「どうしたの、変な顔して」
「いや、こうしていると邑田って美人なんだよなあって思ってさ」
「やだなあ、こうしてなくても私は美人だよ」
「自信満々だな、お前は」
「いや、だって可愛いでしょ?」
「可愛いけど」
「美人でしょ?」
「美人だけど」
「付き合いたいでしょ?」
「付き合いた…いとは言わないぞ」
「ちぇっ、惜しかったなあ」
そう言って邑田はたいして残念でもなさそうに笑う。
「私は別にお試しで付き合ってもらうんでもいいんだよ」
「お試したらもれなく要さんに殺されそうだからなあ」
「やだなあ、さすがのお兄ちゃんもそこまでしないよー」
「いや、少なくとも俺は自分の妹がお試しで付き合われて弄ばれたら相手をタコ殴りにするくらいはするぞ」
「シスコンだねえ、瑞葵くんは。まあ、でも誠実なのは良いことだよね」
果たして相手の女の子の兄貴が怖いから付き合わないというのは、誠実なのかどうか。
「そう言えば邑田」
「んー?」
「お前、最初に顔合わせした時にみんなのこと知っているって言ってたよな」
「うん。ゆずりんとは柊ちゃんと一緒に遊んだ時に何度か会っていたし、りらちゃんは昔からずっとぼたんちゃんにくっついてたからね」
で、当然許嫁だった杏平のことは知っていたし、俺とも教室で会っていたので面識があったと。そういうわけか。
「りらについてちょっと聞きたいんだけどさ」
「りらちゃんのこと?うん、何?」
「あいつ、もしかしてお姉ちゃんがいるんじゃないか?」
「え?ああ、うん、いるよー」
やっぱりな。
今さっき夢で見た、過去に俺が家出して一緒に暮らすと言い出した女の子は、確か「おねえちゃんが心配するからあまり友達を作れない」と言っていた。で、確かその理由が「お家がお金持ちだから」だったはずだし、たしかそのお姉ちゃんは妹を連れ戻すために俺に喧嘩を売ってきたことがあった。
まあ、さっき指摘した時。りらはとぼけていたけど、あれは多分俺がいきなり正解をしてしまったので、慌てて照れ隠しか何かでそういったのだろう。
「そっか。教えてくれてありがとな」
「別にいいけど…どうしたの?いきなり」
「いや、ちょっと前にりらと話していた時に、俺とりらが過去会ってたことがあるって話が出て、その時のことを思い出すきっかけにならないかなと思って聞いたんだよ。で、邑田の話を聞いて、色々納得がいったよ」
「役に立てたならよかったよ…じゃあ役に立つ情報を話したご褒美ってことで」
あれ?なんか邑田の雰囲気というか目つきが変わったんですけど。
なんで?なんで手をワキワキさせながらにじり寄ってくるんですか、邑田さん。
「流石に寝込みを襲うのはどうかなあと思って起きるのを待っていたんだけど。もう辛抱たまらないよ」
「辛抱して!もっと辛抱してよ邑田さん!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだからさ。一回既成事実つくったらそれでいいから」
「お前は既成事実作ったら絶対強引に婚約結婚まで持ってくつもりだろ!?」
「先っちょだけだから、ね?ちょっとだけで満足するから」
「女の方から言ってくることじゃねえよそれ!」
俺はそんなことを言いながら後ろに下がったものの、部屋から出るための扉は邑田の背後。俺の背後には窓しか無い。
ここは二階だし一応飛び降りることができなくはないけど、足とかくじいたら邑田に連れ戻されて、介抱するふりしつつ欲望を解放した邑田に色々されてしまうだろう。だったら五体満足な今のままでぼたんとりらと椿先輩が帰ってくるまでなんとか時間を稼ぐのが得策。
「大丈夫だよ、天井のシミを数えている間に終わるから!」
「鼻息荒くして何言ってくれてんのお前!」
猫のように背中を丸め、体の前で両手をワキワキさせながらジリジリ距離を詰めてくる邑田にツッコミを入れながら俺は邑田のスキを探す。
しかし、相手は圧倒的な体力を誇る格闘技の有段者。昔ちょっと剣道をかじった程度の俺に見つけられるスキなど―――
「つーかーまーえーたっ」
とかなんとか言ってるうちに捕まったーーーーー!
「フヒヒ…さあ、ぬぎぬぎしましょうねー」
「うわー!やだー、こんなのやだー!ぼたーん、りらー、椿せんぱーい!」
馬乗りになった邑田をなんとか振りほどこうと暴れるが、邑田の力が強いのか、乗られている場所が悪いのか、邑田はビクともしない。
「大丈夫大丈夫。痛くしないからねー」
鼻歌交じりで浴衣を脱がせにかかってくる邑田がマジで怖い。
「…………」
と、俺の上半身をはだけさせ、帯を解いたところで邑田の動きが止まった。
「……どうした?」
「あ…あはは、勢いでここまで来たものの、やっぱり恥ずかしいかな…って」
僥倖っ……!!圧倒的僥倖……!!!
「じゃ、じゃあやめようぜ。というか、こういうことは勢いでするもんじゃないし、仲間内で最後まで行ったら絶対あとで気まずくなって後悔するんだからさ」
「うん…そうだね、ごめん」
そう言って邑田はしょんぼりと肩を落とす。
「ダンジョンクリアするまでは我慢するよ」
やめて。ちょっとだけそれなら良いかもなって思っちゃう自分がいるから。
「あ…それであの、ぼたんちゃんとか椿ちゃんには言わないでほしいなって…」
まあ、こんなことをしたってバレたらぼたんにバレたら怒られるのは目に見えてるし、椿先輩もまだ俺が好きとか錯覚してるからなんかしそうだしなあ。
「言わないって。俺も男だし、邑田に手も足も出なかった…なん…て」
いつの間にか、邑田の背後に二人の鬼が居た。
一人は口をへの字に曲げ、生ゴミでも見下ろすかのような目でこちらを見ていて、もうひとりは一件目を細めてニコニコしているものの、角度のせいか顔に影が降り、笑顔なのに怒っているように見えるという表情をしていた。
「…茉莉、あんた皆の部屋で何しているの?」
「茉莉、この後少し話があります」
「ち、違うんだよふたりとも、これはあくまでふざけていただけで、ほら、瑞葵くんからも――」
「こいつに襲われました」
「よし、ちょっと署まで来てもらいましょうか」
「もしくは処刑場、でしょうか」
「ホゲぇっ!?」
「ひどい人ですねえ、自分のことを好きだって言ってくれる女の子を売るなんて」
邑田が家式姉妹に連行されていったあとで部屋に入ってきたりらは、ニヤニヤ笑いながらそう言って部屋に備え付けのちゃぶ台の前に座わり、まんじゅうを一つ口に放り込んだ。
「だってあの段階じゃもう言い訳不能じゃん。っていうか、どうせ途中から聞いてたんだろ?」
「口裏合わせのあたりからですけどね。で、わかりました?」
「りらの正体の話か?」
「はい」
「……わからん」
邑田の話で確信したものの、りらが『違う』といった時にそれを覆せるだけの証拠がない。もう一度言ったところで、すっとぼけられ続けてしまえば俺の負けということになってしまうので、今はまだ手の内は隠しておくのが正解だろうと思う。
「そうですか、がんばってくださいね。多分それが思い出せたら先輩は幸せになれると思いますから」
そう言ってりらはまんじゅうをもう一つ口に放り込んだ。




