レポート2-4 旅館 甲斐田屋
俺とりらが散歩を切り上げて宿泊する宿に戻ると、みつきさんが手配してくれた旅館「甲斐田屋」の女将、甲斐田真白さんが出迎えてくれ、自ら部屋への案内も買って出てくれた。
「ふふ…みつきちゃんが絶対面白いからって無理やりねじ込んできただけのことはあるわね。家式姉妹に、宮本、柿崎、邑田、若松ときて、あなたが相馬くんで、あなたが尾形さん。うんうん、そう言われればどことなく面影があるような気がするわね」
俺達の自己紹介を聞いた真白さんはニコニコと笑う。
「それで、みんなと別行動をしているっていうことは、もしかして二人はお付き合いしているのかしら?」
「いや全然そんなことはありませんっていうかありえません」
真白さんの質問に即答するりら。
いや、たしかに全然そんなことはないんだけど、ありえませんとまで言われると先輩ちょっと傷つくな。
「あらあら、その顔、もしかして相馬くんのほうは気があるのかしら」
「い…」
「私に気があるというより、気が多いんですよ、この人」
俺が否定する前に、すかさずりらが口を挟んでくる。
クソ!俺もなんか言って反撃したいのに、これじゃずっとりらのターンだ。
「なるほど、そういうところはご先祖様そっくりなわけね」
「え?みつきさんってそんなに気が多い人だったんですか?」
「みつきちゃんじゃなくて、どっちかと言えば旦那さんのほうかな。みつきちゃんのお父さんも気が…ああ、でもあれは多かったとは違うか」
そう言って真白さんは昔を懐かしむような表情を浮かべる。
「あの、もしかして真白さんも…?」
「うん、みつきちゃんと同じ。500年前くらいからずっとここで旅館を経営しているわ」
「そうなんですか…」
「まあ私の方は旦那も一緒だし、みつきちゃんに比べれば恵まれてる方かなと思うけどね。それにバイトの子も入れ代わり立ち代わりやってくるから飽きることもないし…まあ、問題児ばかりだけど」
「じゃあ先輩も雇ってもらったらいいんじゃないですか?問題児だし」
失礼な。品行方正な俺のどこが問題児だというのか。
というか、
「お前、今日はなんか俺に対して妙に当たりが強くないか?」
「そんなことないですよ?」
そうかなあ…
「でも真面目な話、相馬くんがうちで働いてくれるっていうなら大歓迎よ。もう少し男手がほしいって思ってたところだし」
「いや、働きませんよ。今の俺は椿先輩に雇われている身で、あわよくばそのまま就職もしちゃおうと思っているんですから」
「あら、永久就職?」
「違います!」
「しちゃえばいいのに。うちの旦那みたいに」
そういってウキウキした様子でこっちを見る真白さん。
うん、そんな気はしてたが、多分この人もみつきさん系の人だ。
真白さんに連れられて俺とりらが宿泊予定の部屋にやってくると、部屋には椿先輩とぼたん、それに邑田だけしかいなかった。
「あれ?男子はどこいった?もしかしてキャンセルかなにかでもう一部屋空いてそっち行ったとか?」
「若松は温泉。柊と楪はそのへんを散歩してくるって言ってたわよ」
そう言ってぼたんは座卓の上に置かれた温泉まんじゅうをかじって、邑田が淹れたお茶を飲む。
「で、お前らはなにしてんの?」
「若松が上がるのを待ってるのよ。今入ったら覗かれそうじゃない」
いやいや、そんな女湯を覗くだなんてそんな………まあ、今のあいつならしかねんな。
邑田に色々抑圧されていた分、最近はあいつすごく開放的だし。
「はあ、でもあんたが帰ってきたならまた温泉はお預けね」
「わたしは別に瑞葵くんになら覗かれてもいいよー」
「わ、わたしも瑞葵さんが望むなら!」
とりあえず後ろ二人は黙ってて頂きたい。
特に先輩はもう俺との偽恋人契約は向こうなんだから無理しなくても良いんですよ。
「っていうか、ぼたん。お前まさか俺がお前の風呂を覗くとか思ってるのか?」
「思うも何も、覗くでしょ」
「…あのな、ぼたん。俺、前からお前に一つ言いたかったんだけどさ」
「なによ」
「確かにお前はかわいいさ。美少女だと言っていいと思うし、どこかの誰かさんみたいに馬鹿みたいに胸がデカイわけじゃないけど、なんだかんだスタイルも良いと思うけどだな――」
「ちょ…なによ、褒め殺し?わ、私にはそんなの通じないからね。茉莉と違ってそんなこと言われたくらいで覗いていいとか言わないんだから!みんながみんな茉莉みたいにチョロいと思わないことね!」
「……うう…瑞葵くんもぼたんちゃんも酷いよう…」
邑田がなんか涙目になってるけど、とりあえず保留で。
というか、りらもそうだったけど、聖ポリの生徒ってなんで自分の評価の良いところしか聞かないの?そういう教育方針なの?褒めて伸ばす教育もそこまでいくとやり過ぎ感しかないんですけど!?
「ちゃんと話を聞け。お前は確かに可愛いが、人間は中身だ。スタイルの良さとか、顔の良さじゃない!」
「今、瑞葵さんが良いこと言いました!」
何故か鼻息荒く立ち上がる先輩。
「女の人を胸で判断するのはよくないことです!」
「いや、お姉さまは最近油断してたせいで胸よりも前にでちゃってるポッコリお腹のほうを気にしたほうが良いんじゃないかしら」
「なんっ!?」
あ、椿先輩が固まった。
『大丈夫ですよ先輩。世の中にはそういうニーズもあります。ファイトです』…なんて口に出すとぼたんに何をいわれるかわかったものじゃないので、俺は心のなかで先輩にエールを送った。
「茉莉もね」
「んー、わたしはほら、瑞葵くんが私のお腹の余分なお肉を好きなの知ってるから、別にいいかなって」
さすが、よくご存知で。……後で杏平は死刑だな。
「変わりましたねえ、相馬先輩も」
「いや、変わったって言えるほど俺のこと知らないだろ、りらは」
「あれ、瑞葵くん」
「ん?」
「いま、りらちゃんのこと、りらって呼び捨てにした?」
「し……たけどそれが何だよ」
ヤバいヤバいヤバい。さっき自分で言ってたのに、りらを邑田の前で呼び捨てにしちまった!
「別に、二人が仲良くなってくれたんなら良かったなって思って…って、どうしてふたりともそんなに汗びっしょりになってるの?」
「い、いいいいいや、別に?」
「そ、そうですよ。別に汗びっしょりなんてことはないですよ」
りらはそう言いながら服の袖口で顔にかいた汗を拭う。
「はあ…まあ、後輩がこんなに汗かいているのに変な意地はっててもしょうがないわね。あたしたちもそろそろお風呂行きましょうか。…相馬」
「ん?」
「若松が変なことしようとしてたら止めなさいよ。あたし達はともかく、他校生を除いてつかまって、まかり間違ってそれが外に漏れたりしたら後々面倒なことになるんだから」
「確かにそうだな」
「あ、別に私達を覗いていいっていうわけじゃないから勘違いしないようにね。私達を覗いた場合は公にするんじゃなくて闇に葬るって意味だから」
「しねえよ」
っていうか、顔怖えよ。
温泉どころか、洗い場に足を踏み入れた途端に俺を待ち構えていたらしい杏平が普段は見せない、いい笑顔を浮かべて近づいてきた。
「お、やっと来たな相馬。さあ、俺を肩車するんだ!」
おまわりさんこいつです。
肩車肩車と幼児のようにせがむ杏平を無視して、男湯と女湯を隔てる柵を見ると、柵の高さはだいたい2.5メートル。肩車をして少し頑張って柵の上に手をかけられれば覗けないこともない位の高さだ。
とは言え。
「やめとけ。ぼたんに殺されるぞ」
俺は杏平に短くそう言って洗い場で体を洗い始める。
「え!?」
「この時間まであいつらが入ってこなかったのはお前を警戒してたからだ」
「ええッ!?」
「まあ、実際ぼたんが考えていたまんまだったのにはさすがの俺も引いたけどな」
「いや、だってお前…うちのメンバーを考えてみろよ。椿先輩に、ぼたんちゃんに、茉莉ちゃんに、りらちゃんだぞ?あのたった3メーター弱の壁を乗り越えたら覗けるっていうのなら、覗いてみたいと思うのが男子ってもんだろ?」
まあ、性格がきっついというのを置いておけば皆かわいいし、覗いてみたくないと言ったら嘘になる。嘘になるが……
「悪いことは言わん。柿崎で我慢しとけ」
「洒落にならん代案だすのやめてくれませんかね!……でも実際、柿崎ってどうなんだろうな」
おいバカやめろ。ちょっと頬を赤らめてそんなことをいうのはマジでやめろ!
「相馬はどう思う?」
「まあ、ぷにぷにしてそうではあるよな。筋肉とかあんまりなさそうだし、色白だし、結構柔らかくていい匂いが…って、俺まで巻き込むのやめろよな!」
「うん……俺、柿崎なら案外イケると思う」
いや、マジでお前は一体どこに行こうとしているんだ。
「ああ…そういう意味だと、宮本が入ってくる前になんとか逃げたい」
「え?」
「だってなんかすごいゴシゴシ背中を洗われそうじゃん?でもってすげえベタベタされそう」
「……あ!そうか、そういうことか」
「そういうことだよ」
なんか杏平がニヤニヤ笑っているのが気になるけど、まあそういうことだ。
一応言っておくと柿崎に興味津々な杏平と違って俺はそっちの気はない。
………まあ、柿崎は俺もちょっと気になるけど。
そんな馬鹿話をしているうちに体を洗い終わった俺が湯船に浸かると、杏平も俺の後について湯船に入ってくる。
「でもさ、正直な話、お前って誰が好きなの?」
「はあ?」
「いや、茉莉ちゃんがお前を好きなのは確定だろ。それに椿先輩もお前のことが気になっていると思うし」
「先輩のは刷り込みとか使命感とかそういうのだろ」
「まあ、だとしても好意はあるわけじゃん?」
「とりあえずどっちもない」
刷り込みとか使命感で俺のことを好きだって錯覚している椿先輩に付け入るようなことはしたくないし、邑田はもう少し慎みを持っていただかないと、本気で付き合うとかそういう気持ちにはなれない。
「じゃあぼたんちゃんとか、りらちゃんとか」
「ないない。どっちもお嬢様だぞ」
「なるほどな。じゃあやっぱりお前の本命は宮本なんだな」
そういって杏平はうんうんと訳知り顔で頷いた。
……って、だからなんでそうなるんだよ。




