レポート2-3 地下二階
地下二階に降りた俺達の目の前に広がっていたのは、歴史の教科書や、昔の映画なんかでみたことのある、いわゆる昔ながらの温泉街というやつだった。
モクモクと湯気を上げる湯畑、長い階段、温泉まんじゅう、情緒豊かな日本家屋の旅館、浴衣姿で歩く観光客らしき……って、観光客!?
「なあ、りら。あのカップルってどう見ても俺達と同世代とかじゃないよな?」
「そうですね。どう見ても10歳以上は年上…あ!」
俺が隣りに立っていたりらに話しを振ると、りらはその妙齢のカップルに視線を向けた後「イヤなもの見ちゃった」といった表情になって俺の後ろに隠れた。
「あ!あらあらあらあら、茉莉ちゃんじゃないのお。もしかして生徒会?もうそんな年だったっけ?私も年をとるわけねー」
カップルの女性のほうは邑田と知り合いだったらしく、こちらに近づいくると邑田の手を取って嬉しそうにそう言った。
うーん、この女性……どこかで見覚えがある気がするんだが思い出せない。
確か最近何処かで見たような気がするんだが…。
と、そんなことを考えていると、ちょんちょんと服の裾を引っ張られた。
「あの、先輩。ちょっと付き合ってください」
「え?」
「いいから」
そう言って、りらは俺の影に隠れたまま俺の服を引っ張って歩きだす。
あの女性となにか因縁があるのか、りらはここを去りたいようだが、誰にも断らずに居なくなったらあいつらどこ行ったとみんなに心配をかけたり、俺とりらがいなくなったことで邑田が暴走したりしかねない。
うん、こういう場合、やっぱり一言断っていくのがマナーだろう。
「杏平」
「んー?」
「りらがお腹痛いそうだから俺も付き合ってトイレでうんこしてくるわ」
「お、おう…」
「悪いけど荷物頼むな」
「あ、ああ、わかった」
うん、完璧。これで多少長い時間離脱しても大丈夫だ。
杏平が何言ってんだこいつって目で見ているけど問題ない!
「――――っっっ!なんで、あなたは!そういう!」
完璧な理由で離脱を図ったにもかかわらず、りらは何故か声を殺した叫び声を上げながら何度も俺の背中を叩いた。
いや、もちろんわざとやったんだけどね。
杏平に荷物を押し付けたことで身軽になった俺達は結局そのままぶらぶらと街を散策していた。
「で、誰なんだ、さっきの人」
俺は小脇に温泉まんじゅうを抱え、ごきげんな様子のりらに尋ねるが、りらは小首をかしげて何のことやらという表情をうかべる。
「え?何がですか?変なこと言う先輩ですね。私はトイレに行きたかっただけですよ」
おいおい、いくらなんでもごまかし方が下手すぎるだろ後輩。
「じゃあさっさとうんこしてこいよ」
「う…そっちじゃありません!小さいほうです!というか、そんなのしませんよ女の子は!」
「はいはい」
りらと同じ年の妹のいる俺がこの歳で流石にそこまで女子に幻想もっているとでも思ってるのか、こいつは。
何にしてもりらが話したくないならしつこく聞いても悪いか。
「まあいいや。まんじゅう一個くれよ」
「いやですよ。ステータスカード見せればただなんですから先輩も貰えばいいじゃないですか」
「のっぺらぼうの影人間からじゃなくて、かわいい子からもらうからうまいんだろー」
「か、可愛いとか!先輩って馬鹿なんじゃないですか!?それなら私なんかよりぼたん先輩とか、椿先輩とか、茉莉先輩とか…あと、柊先輩とか」
「椿先輩はともかく、ぼたんは絶対くれなさそうだし、邑田はなんか睡眠薬とか仕込まれそうじゃないか?あと、やたらと俺と宮本をくっつけようとするのやめろ」
「えー、ヘタレな相馬先輩と男気のある柊先輩ならいいカップルになると思いますよ」
「やめて!マジでやめて!」
「柊先輩のこと、なんでそんなに嫌がるかなあ、ああ見えて、あの人って結構可愛いと思いますよ」
「りらって、そんなに宮本と仲いいのか?」
「まあ、あの人たまに柿崎先輩と一緒に女子会にも顔出しますしね。ああ見えて、柊先輩は可愛いものが好きだったりとか、あとケーキが好きだったりとか――」
女子会って、前に俺がぼたんに『お前はくるな!』って言われたあれか。そういうところ、イケメンは優遇されててずるいと思う。というか、ナチュラルに女子に馴染みすぎだろ柿崎。
「たとえそうでも、俺は普通に女の子が好きなの!」
「…じゃあ茉莉先輩と付き合えばいいのに」
「俺は普通の女の子が好きなの!」
そう、男子でも、露出狂でもなく、普通の女の子が好きなのだ。
「じゃあぼたん先輩とか?仲いいですよね、結構」
「アレが仲いいというのならな。それはさておくとしても、ぼたんと椿先輩は身分が違いすぎると思う」
「はは、意外と、どっちかが先輩の運命のお姫様かもしれないですよ」
そう言って、りらはニヤニヤとしたいやらしい笑いを浮かべる。
「お姫様ねえ、まあ、実際お姫様なんだよな、あの二人は」
この街を牛耳る企業の社長令嬢なのだから。お姫様っていう喩えは的外れではないはずだ。
「まあ二人がお姫様だっていうのも、身分差があるっていうのもわかりますけど、例えば先輩がこの街を救う勇者とかになれば、その身分差もひっくり返せるんじゃないですか?」
「いやいや、俺は勇者って柄じゃないだろ。そういうのは宮本にでも任せておくよ」
「ほんとヘタレだなあ、先輩は。まあ、下手にカップル成立して、仲間内がギスギスするよりは、先輩くらいヘタレな人が中心に居てくれたほうが良いんでしょうけど……ん、あれ?」
「どうした?」
「あ…いや…」
少し顔を青ざめながら、りらが一歩俺から距離をとった。
なんとなく俺が距離をつめると、りらはまたもう一歩離れる。
「どうしたんだよ、顔色悪いぞ。あとなんで逃げるんだよ」
「いや……もしかして私、今先輩に口説かれているのかなって思って。柊先輩でも茉莉先輩でも、ぼたん先輩でも椿先輩でもない普通の女の子が好みって、それつまり私のことですよね。あの…お気持ちは嬉しいんですけど、流石にちょっと相馬先輩と付き合うというのは…」
何を言っているんだお前は。
「だから、その……ごめんなさい」
あれ?俺今なんで振られたの?
っていうか…
「ちっげーよ!お前自分で普通とか言ってるけど普通じゃねえからな!普通っていうのはこう…こう…周りに普通の女子がいねえけど!でも行っておくけど、りらも普通じゃねえから!」
「わ、私は普通ですよ!」
「普通じゃねえって。確かに最初見た時、お、優しそうでスタイルのいい美人で素敵な先輩だなーって思ったけど、意外にわがままな後輩だし、ぼたんの後輩らしく実は性格もきっついし、なにより俺のこと舐めてるし!」
「……え、やだなあ、スタイルいい美人のお姉さんタイプだなんて照れるじゃないですか」
「そこだけ抜き出すんじゃねえ!っていうかその『またまたそんなこと言って、実は私の事好きなんでしょう?わかってますよ』みたいな顔やめろ!」
俺は最初のころの礼儀正しい後輩の顔とは違う、先輩を舐めきった表情をするりらを注意するが、りらは反省するどころか、さらに調子にのった表情と声で口を開く。
「あれ?年下は嫌いですか?ヘタレな先輩は、やっぱり年上の…例えば香華さんみたいなタイプがいいんですかね?」
「いや、それはない。断じて無い。あの人に対しては警戒心しか無いわ」
このあいだ旧友を訪ねる旅から戻ってきた丁香花さんは、最近また夜な夜な俺の枕元に現れては去っていき、まれに俺をベッドから追い落として一晩眠って翌朝帰っていく。
そんな傍若無人に手足が生えたような人ではあるが、確かに丁香花さんの寝た後のベッドはいい匂いがするし、全体的にスタイルも良い。
だが、あの音も立てずに二階の俺の部屋に侵入する謎のスキルは恐ろしさしか感じないし、彼女が椿先輩にかける尋常ではない情熱は、俺の手に余ると思う。
というか、今現在でさえ椿先輩がいかに可愛いかということを夜な夜な語られていて若干ノイローゼ気味なのに、まかりまちがって付き合ったりしてデートの最中やピロートークでまで語られた日には俺まで丁香花さんのような椿先輩マニアになってしまう。
「なんか色々大変みたいですね」
「え?また声に出てた?」
「残念ながら今回は顔だけですけどね、心中お察ししますよ。あの人の相手をさせられるんじゃ大変でしょうから」
丁香花さんは椿先輩のメイドさんだし、ぼたんと行動をともにしていることが多いりらが面識があるんだろうけど、りらの表情や態度からして、ただ面識があるというだけではなさそうだ。
「というか、りらはあの人と仲いいの?」
「まあ……それなりには」
わりと言いたいことははっきり言う彼女にしてはめずらしく、なんとも煮え切らない表情で、そんな煮え切らない返事を返すりら。
まあ、あの人の性格から考えて、椿先輩だけでなく、りらにも何かセクハラ紛いなことをしたのかも知れないので、この件についてはそっとしておこう。




