レポート2-2 りら
人生という名のババ抜きで、邑田を俺に押し付けることに成功して以来、杏平はすごく変わった。
よく言えば前向きになったし、悪く言えばチャラくなった。
有り体に言えば、彼女欲しい病の重篤患者になったのだ。
まあ、邑田にまとわりつかれていた時の杏平が万が一誰か他の女の子に手を出そうとしようものなら、邑田がだまっていない…それこそ闇討ちとか仕掛けかねないので、今まで自重した分が出たんだと思う。
出たんだとは思うが。
「その格好はねえよ」
待ち合わせ場所の駅前広場で、俺は開口一番そう言った。
「え!?」
「なんだよその、ファッション雑誌から出てきたようなコーディネート!完全に服に着られてんじゃねえか!」
「そ、そうか?昨日買いに行った時は店員のお姉さんに『すごくお似合いですよ』って言われたんだけど」
「くっそダセえ、似合わねえっていう店員はいねえだろうよ」
マネキンやモデル…あとは悔しいが宮本なんかが着ていれば似合うのかも知れないが、杏平は良くも悪くも、いや杏平だけじゃなくて、俺も含めて中の上くらいの見た目なので、あまりおしゃれすぎる格好をすると完全に服に着られるのだ。
特に俺達みたいなのは、帽子やアクセサリーなんかは完全にお仕着せな感じになって、着けなれていないのがバレバレになるので、辞めた方がいい……と、前に緋奈が言っていた。
兄渾身のオシャレ着を指差して大笑いしながら。
ちなみにそんな経験を活かし、俺は上はTシャツの上にジャージ、下はジーンズにスニーカーと、そこそこスポーティかつシンプルな格好にまとめている。
「とりあえずその帽子とサングラスを外せって、あとはそのネックレスにブレスレット……って、お前どんだけ色々着けてんだよ!」
俺が指摘するたびにジャラジャラと音を立てて取り外されていくすごい量の杏平のアクセサリーたち。
何これ、修行?
おもりを付けて動く修行か何かなのか!?
杏平がちょっと泣きそうになってるから、もうこれ以上は突っ込まないけど、何がしたかったんだコイツは。
「おはようございまーす!今日からよろしくお願……って、若松先輩、そんなに重りをつけて、朝から修行ですか?」
そういって悪意のない笑顔を杏平に向ける尾形さん。
うんうん、言いにくいことをはっきり言ってくれる、頼りになる後輩が先輩は大好きだぞ。
ちなみに、尾形さんの格好はいつもよりも高い位置で結んだポニーテールに、Tシャツとデニムっぽいジャケット。キュロットの下にオーバーニーソックスを履き、スポーティかつボーイッシュでありながら、女子力もしっかりアピールする仕上がりになっている。
「おはようございます、瑞葵さん、杏平くん、りらちゃん」
「おはよう、相馬、若松、りら。不思議よね、若松が親戚になるくらいなら相馬のほうがまだマシって思える日が来るなんて」
椿先輩と一緒に来たらしい、今日も相変わらず舌好調なぼたんは、そう言って俺と杏平を見比べた後、何とも言えない表情でため息を付いた。
ちなみに、ぼたんの格好は上は尾形さんと似たような感じだが、下はスカートにレギンスという出で立ちで、尾形さんよりもガーリーな仕上がり。
隣の椿先輩はぼたんや尾形さんとは正反対とでも言うのだろうか。マキシ丈ワンピースの上にカーディガンを羽織り、つばの広い帽子を被っているという、ザ・お嬢様スタイルだ
これから行くの地下なのに。
っていうかバトルもちょいちょいすることになると思うのに、全く動く気のない格好だ。
「瑞葵さんが親戚…ぼたんもやっと…」
「何を言っているの…私が言ってるのは…」
「うう……」
「はっきり言わないと…バカ…」
少し小声で話をしているせいで二人が何を話しているのかは分からないが、なんとなくぼたんが椿先輩にお小言を言っているっぽいのだけは理解した。
まあ、今回に限ってはぼたんの怒りもわからなくはない。
これから修行ですよ、合宿ですよという時にあんな動く気のない格好をしてこられたのでは腹の一つも立つし、小言の2つや3つ言いたくなるだろう。
しかし、仮初だったとはいえ俺も一応椿先輩の恋人だった身、そして、将来の就職を先輩頼みにしようと思っている身だ。ここは先輩の側に立っておこう。
「おいぼたん、先輩をいじめるのやめろよな!」
「あんたが言うな!」
「先輩が言わないでください!」
「お前、流石にそれはないわ……」
何故か集中砲火を食らった。
そんな感じでとりとめのない話をしていると、少し離れた公衆トイレから一組のカップルが………ちょっとまて、多目的トイレで何してたんだお前たちは。
「よう!今日も楽しそうだな、お前たち!」
爽やかに手を上げてこちらに歩いていくる宮本の格好は皮肉にも、杏平が着ているものと全く同じだった。
「おはよー、どうせまた相馬くんが何かやらかしたんだろうけど、何の話してたの?」
そんな失礼極まりないことを言いながら宮本の腕にひっついている柿崎のファッションは、すごくシンプルだ。
薄手のトレーナーにジーンズというユニセックスな格好で、小柄で華奢な柿崎の体格と相まって男だと言われれば男に見えるし、女だと主張されれば女にも見える。
「相馬…俺、ちょっとそこのトイレで着替えてくるわ」
「ああ…そうしろ」
宮本による無自覚な公開処刑を執行された杏平は肩を落としてそう言うと、自分の荷物をガラガラ引きながら公衆トイレへと向かう。
その様子はさながら市場に売られていく仔牛のようだった。
杏平を見送り、『さて、あとは邑田だけだな』と思いながらあたりを見回していると、スプリングコートを着た邑田が信号待ちをしているのが見え、俺が気づくのと同時に邑田もこちらに気づいたらしく、こっちに向かって大きく手を振って、信号が青になるなりトランクケースをガラガラ引きながら走り出す。
「遅くなってごめんね~!」
そんなことを大声で叫びながらたゆんたゆんと胸を弾ませて道の向こうから走ってくる邑田の格好はスプリングコートと………
スプリングコートと…
「おまたせー…って、どうしたのぼたんちゃん。怖い顔して」
「今すぐそこのトイレで着替えてきなさい!」
「ええっ!?なんで!?」
「いいから!ほら来なさい!」
邑田のスプリングコートの下は細かく描写できないというか、する必要がないというか。俺と柿崎が目を背ける中、ぼたんによって連行されていった彼女の格好は、もうなんていうか……露出狂の域だった。
「では気を取り直して出発です!」
邑田と杏平が着替え終わった後、皆の顔を見回して椿先輩がそう掛け声をかけ、俺達もバラバラのテンションながら「おーっ!」と応じ、学校の裏山へと向かう。
ちなみに一番テンションが高いのが尾形さん、逆に一番低いのが、着替えの最中にぼたんからこんこんと説教を受けたらしい邑田だ。
「いやぁ、それにしても邑田先輩の胸、すごかったですね」
「いや、何度も言うけど俺は見てないからな」
歩き出してから何度となく繰り返された尾形さんからの確認作業に首を横に振りつつ、俺はキャリーケースを引きずって洞窟へ続く道を行く。
「いやいや、そんなこといっちゃって、本当はすごかったなーって思ってますよね」
だから俺は見てないって。
「はあ…尾形さんは俺がうっかり邑田の胸すっげえ揺れてたなとか言うと思っているのかもしれないが、俺がそんなミスを犯すはずないじゃないか。たしかにすげえ揺れてたし、流石に丸見えじゃあなかったけど、シルエットくらいは見えていたし、なんだったら薄っすらとブラも透けて見えていたような気もしないではなかったけど、そんなことを言ったら皆から顰蹙買うに決まっているから、俺の胸の中に大切に刻み込んでおく」
「うわぁ…」
「え?何、どうしたの尾形さん」
「い、いえ。案外バッチリ見ていた上にしっかり心に刻み込んでるんだなあと思って」
「……え?」
「悲しい、事件でしたね」
「ええっ!?」
「大丈夫ですよ、今先輩が口に出した本音は邑田先輩には言いません。裏でぼたん先輩と二人であいつサイテーって話をするだけです」
「ちょ、やめて!?ぼたんの口撃とか、連休中いっぱい耐えられる気がしない!」
幸いなことに俺と尾形さんは隊列の最後尾。件のぼたんと邑田は一番先頭を行っていて、他の皆もそれぞれ雑談をしながら歩いているので俺と尾形さんの会話を聞いていた人間はいないようだ。
「なあ、尾形さん。頼む、今聞いたことは誰にも言わないでくれ」
「うーん…どうしようかな」
「頼むからさ」
「しょうがないですね……じゃあ先輩には私の命令を3つ聞いてもらいます」
尾形さんはそう言いながら右手の人差し指と中指、薬指を立ててみせる。
「命令?」
「はい。一つ目は私のことを思い出すこと」
「……いや、尾形さんだろ?尾形りらさん。何?これでクリア?」
「はずれ。期限は合宿の終わりまでですからね」
「お、おう、わかった。あと2つは?」
「私のことをこれから名前で呼ぶこと」
「えっと、りら?」
「はい。りらです。よろしくお願いしますね、先輩」
そう言って一度立ち止まると、りらはお嬢様学校の生徒らしいきれいな仕草で頭を下げた。
「でもなんでそんなことを命令するんだ?」
「先輩って、ぼたん先輩はぼたんって呼ぶのに何故か私は名字呼びじゃないですか」
「いや、ぼたんの場合は椿先輩と区別つかないかなって理由で、別に仲がいいとかそういうんじゃないぞ」
「家式と家式先輩でいいんじゃないですか?」
「なんか家式とか呼び捨てにすると、不敬罪で捕まりそうじゃない?」
「そんな罪ないと思いますけどね」
まあ、実際そんな法律はないハズだし、気持ち的な話ね。
家式ってつく企業が溢れかえってる街では。「家式!」って呼び捨てにするのはちょっと厳しいかなって思う。
「じゃあ最後だな。みっつめは?」
「しばらく考えます」
「考えてないのに3つとか言ったのか?この感じだとそんなに大変なことを命令されることはなさそうだし、もう今言った2つでいいんじゃないか?」
「全部使い切っちゃったらつまらないじゃないですか。だから一個は非常用ってことでとっておきます」
それはそれで非常に怖いのだけれども。
「でもさ、尾形さん」
「はぁっ?」
「りら」
「はい」
笑顔の時と睨むときの顔に差がありすぎて怖ええよ。
「さっきも言ったけど、大したことのない命令ばっかりだと思うんだけど、こんなので本当に良いのか?」
「はい、大丈夫です。多分先輩は私のことを思い出せないと思いますから、そうなればぼたん先輩に言いつけられますし、私は2つの命令分得して、さらにぼたん先輩と一緒に相馬先輩をヒソヒソできるというわけです」
りらはそう言っていたずらっ子のような笑顔を浮かべる。
「あー…それなんだけどな、りら。実はなんとなく心当たりがないでもない」
「心当たりがないでもないといいますと?」
「多分りらは、俺が家出しようとした原因の子だろ」
この間、緋奈と話をしていて思い出したのだが、たしかあの子は良いところのお嬢様で自由がなくてかわいそうなだなと同情した俺が一緒に逃げようって言い出したんだったと思う。
つまり、良いところの子で、俺と過去に何かあったというのであれば、りらがその子ということで間違いないだろう。
「その子は私じゃありませんよ!…って、まさか先輩、本気で言ってませんよね!?私のこと、どうせ忘れているんだろうなって思っていましたけど…嘘でしょ!?」
「……え、俺なんかまた地雷踏んだのか?」
「うわあ…本気の顔してる…はあ…じゃあとりあえず私が誰か思い出すミッションはまだ未達成ということで、さっさと行きましょう。話しているうちに大分遅れちゃいましたから」
「そうだな、邑田に変な誤解をされると、りらの命が危ない」
「……やっぱり、みんなの前では尾形さんのままでいいです。とりあえず今日はそれで」
「ああ。俺もりらは嫌いじゃないけど心中するほど好きでもないからな」
「そういうこと、はっきり言わないほうがいいっすよ。じゃあ、あんまり遅くなるとそれこそ誤解されちゃいますし急ぎましょう」
結局りらが何を求めてそんな命令をしたのかも、正解がなんなのかもわからないまま、俺は少し早足でみんなに追いつき、連休中、ずっと篭もることになるダンジョンの扉の前に立った。




