レポート1-16 触らぬ神に祟りなし
ついさきほどまでニコニコとしていた先輩の表情は凍りつき、逆にすごくニコニコしながら、俺の腕にやわらかいものを押し当ててくる邑田。
ぼたんはやれやれといった表情でこっちを見ていて、杏平はなんていうか『俺知らねー』という感じの表情。柿崎・宮本カップルは完全に空気で尾形さんはなんか目をキラキラさせてこっちを見ている。
で、今日の今日、ついさっきまで全く勝てる気がしなかったみつきさんは壁にめり込んだまま目を回している。
カオスだ。
はっきり言ってカオスだ。
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事の起こりは10分前。
メロンパンを飲み込み、先輩が俺の手を引いて歩き出したところに戻る。
俺の手を引いて歩き出した先輩はいつものように人形焼を食べていたぼたんと、一人でブラブラしていた杏平を連れ、みつきさんのところへとやってきた。
そして先輩はみつきさんに「なぜこんな大切な話を自分にしなかったのか」と先週の俺とぼたん居残りについて直談判し、ある作戦を提案した。
「若松君は別に茉莉のことが嫌いというわけではないんですよね?」
「そりゃあ、普通に可愛いと思いますし、嫌いじゃないですけど、でもやっぱり俺を見てくれる女の子のほうがいいです。ああいう気持ちを押し付けられるのはちょっと…」
杏平の言うああいう気持ちというのはつまり邑田のしている『死んだ両親の言いつけを守るために婚約を履行する』ということだろう。
どんなに可愛い女の子が相手だったとしても、その女の子が自分を選ぶ理由が『自分のことを好き』なのではなく『両親の選んだものが好き』だったら傷つくし嫌な気持ちにもなる。それは当たり前だ。
「なら簡単です。茉莉が若松くんにちゃんと惚れるようにすればいいんですよ!」
そう言って先輩は鼻息荒く拳を突き上げるが、そこにすかさずぼたんの鋭いツッコミが入る。
「そうは言うけどね、お姉さま。茉莉のあれはもはや病気よ?そうそう簡単に叔父さん叔母さんのことを忘れさせて、きちんと若松に惚れさせるなんてことできるの?」
「できます!」
そう言って先輩は得意げな表情で薄い胸を張る。
どうやらできるらしい。
「いやあ…俺が言うのもなんですけど、それは無理だと思いますよ。俺が茉莉ちゃんに惚れられる要素がなにもないですから」
そう言って杏平がヘラヘラと笑う。
いや、お前はお前でそれでいいのか?
「前の文明のときにこんな言葉があったそうです。曰く『かわいいはつくれる』つまり、かっこいいも作れるんです!たとえばファッションとか、言動とか行動とかシチュエーションとか、そういったものを使えば、たとえなんの取り柄もなさそうな若松くんでもかっこよく見せることができるはずです。」
そう言って再び得意気な表情で先輩を張る薄い胸。
って、何の取り柄もないのを杏平の代名詞みたいに言うのはやめてあげてください、薄い…じゃなかった先輩。
「なるほど、あれか、茉莉の両親の馴れ初めの」
なにかピンとくるものがあるらしくみつきさんがポンと手をたたくと、先輩がズバっと、みつきさんを指差す。
「そう!それなんです!さすがはみつきさん。話が早い」
「ええー……あれって、あれでしょ?あの」
「だからね、それをね…」
どれなんだろうか。女子三人…女子二人と女性一人だけで盛り上がられてしまうと俺と杏平が置いてけぼりになるのでやめてほしいんだけど。
「杏平はなんか知ってるか?」
「いや、聞いたことない。というか婚約者…まあ彼女だとしても、普通彼女の両親の馴れ初めなんて聞かないだろ?」
「そりゃそうだな」
顔を寄せ合ってキャイキャイしている三人を置いておいて、少し離れたところにいた杏平に聞いてみるが、心当たりはないらしい。
「決まりました!全ては杏平くんにかかっています!」
1分ほどしてこっちにやってきた先輩がそう言って杏平の手を取った。
……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけイラッとした。
そんなこんなで始まった『茉莉を杏平くんに惚れさせよう大作戦』(先輩命名、ぼたんは反対してた)の概要はこうだ。
まず、俺達はいつものようにみつきさんに挑む。
で、みつきさんは適当に俺達の攻撃をいなして時間を稼ぐ。折を見て杏平が邑田をかばえる位置まで自然に移動したところで、みつきさんは邑田を攻撃。杏平は邑田をかばう。すると、邑田はかばってくれた杏平にマジ惚れする。……と、まあかなりベタな作戦だ。ベタすぎてさすがに頭お花畑の邑田でも引っかからないんじゃないかと思うんだが、下手にツッコミをいれて先輩に涙目になられるのも嫌なのでとりあえず喉元まで出かかったツッコミは飲み込んだ。
ちなみに、邑田の両親の馴れ初めというのはこの作戦の流れのとほぼおなじで、当時高校生だった邑田の親父さんが邑田のおふくろさんを銃撃からかばったのが馴れ初めで、そこから一緒に正徒会をし、護衛→恋人→夫婦とステップアップしていったらしい。
「ほほほほほ、よく来たわね!あんたたちいい加減しつこいから今日は少し本気を出させてもらうから覚悟しなさい!今日の私の攻撃はあたったら怪我じゃすまないからね?いい?もう一回言うけど当たったらとんでもないことになるんだから、絶対に避けるかなにかしなさいよ?もし当たりそうになって誰かにかばってもらったりしたら感謝しなきゃ駄目だからね?もしそんなことになったら結婚するくらい感謝してもいいんだからね?」
再戦時、打ち合わせなどなかったかのように何食わぬ顔で登場するはずのみつきさんは、セリフは説明臭いわ、目は泳いでいるわで、わが先祖ながら嫌になるくらいの大根役者っぷりだった。
そんなみつきさんのセリフを聞いたぼたんはやれやれとため息をついていて、先輩は『そうそう!いい感じですみつきさん!』って感じに目を輝かせていた。
……時々この人が生徒会長で理事のうちの学校って大丈夫なのかなって思う。
ちなみに邑田は杏平から10歩ほど前……って、そうじゃん!前衛の邑田を後衛の杏平がかばうのってかなり厳しいじゃん!
先輩や杏平はもちろん、ぼたんも気づいてないみたいなので、多分今日は失敗だな。まあ、今日は失敗だとしてもまた次の機会もあるだろうし、次の機会までにもっと綿密な打ち合わせもできるだろうから、そっちのほうがいいか。
……そんな事を考えていた時代が俺にもありました。
戦闘開始と同時にみつきさんの指の先から放たれたビームは当たるどころかかすってもいないのに俺の頬に切り傷を作り、後方の壁を破壊した。
「と、まあ、こんな感じだからあたったら死ぬわよ」
そう言って得意げな表情を浮かべるみつきさん。
「いや……いやいやいや!死ぬよね!?本当に死ぬよね!?何してくれてんのみつきさん!」
「いや、だからそう言ってんじゃないの。ほらほら、はじめるわ・・よっと」
みつきさんはそう言いながら、直上に現れた柿崎のかかと落としをかわし、落ちてきたところに回し蹴りを食らわせる。
回し蹴りを食らった柿崎は宮本の方へ飛んでいき宮本を巻き込んで建物の外にふっとばされる。
「ワンパターン過ぎだっての。まあこれで外野排除完了…っとっと。あんたのこと忘れてたわ」
「さっきのはもう撃たせません!」
そういって巨大なナイフでみつきさんと切り結ぶ尾形さん。
「へえ、度胸あるねえ。さすがさすが」
「ニヤニヤしないでください!」
「うんうん、昔そんな感じでよく怒られたっけなあ…」
どこか懐かしそうな顔でそんなことを言うと、みつきさんは後ろに飛んで距離を取る。
「やらせません!」
しかし、尾形さんがそれをみすみす見逃すわけもなく、すかさず魔法を放つ。
「うおっ……重っ」
魔法を受けたみつきさんの両手足に大きな金属の箱が現れ、みつきさんは箱の重さで四つん這いのような格好になった。
「なるほどね。こうして相手の動きを封じるっていうわけだ。よく考えているねえ」
「さあ、私達の勝ちです。地下二階へ行く方法を」
「終わってないでしょ?」
「え?」
みつきさんは涼しい顔で立ち上がると金属の箱がついたままの右手を平気な顔でぐるぐると回す。
「不意打ちでびっくりしたけど、このくらいならどうってことはないよ。まあ、これが例えば身体が徐々に金属化しちゃうとかそういう魔法だったらやばかったけど、そういうわけでもないみたいだし」
「そんな…」
「あとねー、相手にかける状態変化の魔法は、それを相手が武器として使うことも考えないとね」
ニコニコ笑いながらみつきさんが右手を大きく振りかぶる。
「ひっ…」
みつきさんがやろうとしていることに気がついた尾形さんは短い悲鳴を上げた後、自分の周りに金属製のドームを形成して防御にはいるが、みつきさんは構わず手足の金属をそのドームに高速で叩きつけていく。思わず耳をふさぎたくなるような、金属がぶつかりあう大きな音が数十秒響いた後、みつきさんの手足の金属とドームが同時に消えた。
「随分もったね。今の所、魔力量も使い方も君が一番かもね」
涼しい顔でそういうと、みつきさんはへたり込んだままの尾形さんに背を向けてこちらに向き直る。
「さあ、残りは5人。せいぜい楽しませてよね」
「あの…みつきさん?」
「ん?どうしたの瑞葵」
「大丈夫ですか?ちゃんと覚えてます?」
「え?何が?」
ダメだ!なんとなく気づいていたし、自分の先祖がそうじゃないって信じたかったけど、この人は三歩歩いたりテンション上がると大切なことも忘れる人だ!
ま、まあでも前衛の人数が減ったことで杏平が前にでても不自然じゃない状況になったし、みつきさんに思い出してもらえればうまくいくはず。
「みつきさん!」
俺はみつきさんの名前を呼び、こっちを見たみつきさんに作戦を思い出してもらえるようボディランゲージでの会話を試みる。
(邑田の件)
(杏平が)
(あっちにいるから)
(なんとか入れ替わるので)
(その後攻撃をよろしく)
そう伝えてOK?とみつきさんにサインを送ると、どうやら思い出してくれたらしく、みつきさんは邑田の死角になるようなかたちでOKのサインを返してくれた。
そして次の瞬間、ポンコツみつきさんは何故か邑田の方、いや俺達のほうにむけて魔法を放った。
(やばいやばいこれは死ぬ直感でわかるこれはまずい逃げないとさっきの壁に開いた穴みたいなのが俺の身体の何処かに開くそれだけならまだいいが下手すりゃ人間なんか消し飛ぶかもしれないそのくらいこの魔法はヤバイ邑田をかばって避けなきゃ)
頭はいつも以上にぐるぐると回るのに、何故か全く身体は反応してくれない。
もうだめだ、死ぬ。そう思った瞬間だった。
俺をかばうように立つ邑田の背中が見えた。
「邑……」
「大丈夫、君は私が守るから」
振り向きもせず、そう言い放つと、邑田は両腕をクロスするように構え、腕についた篭手のようなシールドで魔法を受け止め、そして――
「せぇのっ!」
邑田が気合を入れながら腕を開くと、受け止められた魔法は一直線にみつきさんに向かっていき、見事に直撃。
みつきさんは自分の魔法であっさりとKOされてしまった。
「勝ったよ!」
「勝ったよ!じゃねえよ!っていうか、何で抱きついてくるんだよ!」
「だって、君が私の運命の人だから!」
「……いやいや、なんでそうなるんだよ」
「だってだって、私が相馬くんを助けたじゃない」
「全く相関関係がわからないから、頼むから順を追って話をしてくれ。俺がお前を守ったならともかく、お前が俺を守ってなんで俺が運命の人になるんだよ」
「えっとね、私の死んじゃったお父さんとお母さんも昔、正徒会をしていた時期があるんだけどね」
うん、それはさっき聞いた。
「で、その活動の最中に、お母さんがお父さんを守ったことがあって」
「待て待て待て待て。逆だろ?親父さんがおふくろさんを守ってそれで護衛になって、付き合うようになってって」
「……?」
俺の話を聞いた邑田はキョトンとした顔で首をかしげる。
「いや、だってお前、こんなこと言うのは前時代的かもしれないけど、普通は男のほうが女を守ってっていうのが王道…」
そうか!王道だから親父さんとおふくろさんは、対外的にはそういう話にしたんだ!で、それを鵜呑みにした椿先輩やみつきさんは王道のストーリーで今回の作戦を立てた。
「ええと、誰から聞いたのか知らないけど、うちはお父さんよりお母さんのほうが強かったんだよ。今住んでいる家も道場もお母さんの実家だし。お母さんは実家が道場だったから、小さい頃から武術をやっていて、それで、その経験が活かせそうな正徒会に入ったんだよ」
じゃあ、たとえ魔法が邑田と杏平のほうに行って、杏平が邑田を助けたとしても邑田は杏平に心底惚れるということはなかったということか。
「それでね、私、結婚するならお父さんとお母さんみたいな運命の出会いをした人がいいなって思ってんたんだ!だからね、相馬くん」
邑田はそこで言葉を切って一歩後ろに下がり、一度大きく深呼吸をすると、頭を下げながら手を出して『私と結婚を前提にしたおつきあいをしてください!』と言った。
それ、いいな。
―――って、いやいやいやいや。一瞬思考が停止してしまったけどそういうわけにも行かないだろう。邑田は相変わらず俺の好みドストライクではあるけど、杏平と邑田のことを応援するぜって言ってしまった手前もあるし。もしここでよろしくって言っても、俺の恋人役に入り込んでいる椿先輩を放置して邑田に乗り換えたりするには何やら対策が必要になるっぽいし。
「あ、あのな、邑田。俺には椿先輩という彼女がいるわけだ、しかも椿先輩はお前の従姉妹で――」
「あ、うん…そうだね…」
「わかってくれたか?」
「うん、わかってたよ」
ん?わかってた?
「椿ちゃんのために嘘をついてたんだよね?」
「お、おまっ…なんで知って…っていうか、いつから知ってたんだよ!」
「え?顔合わせの時に気がついてたよ。でも真剣な椿ちゃんの顔見てたらそれを指摘するのもちょっと悪いかなって思って。その日の帰り道で杏平くんとも『あれはバレバレだよねー』って話していたし」
「あ、あのさ、もしかして、宮本たちも?」
「うん、柊ちゃんもゆずりんも途中で気がついたみたい」
いやいやいや。先輩はしっかり役に入り込んでたし、俺の芝居だって完璧だったはずだ。
でも一応聞いてみようか。
「……尾形さん?」
「知ってました!」
嘘…だろ……!?
「いや、でも杏平の気持ちも―」
「杏平くんは私の事別に好きじゃないもん。というか、それは相馬くんが指摘したんだよ」
「そ、そうだな」
グイグイ迫ってくる邑田に背を向け俺は自分の中で状況を整理することにした。
そもそも、俺がここで『邑田と付き合う!』って言ったところで問題になることはなんだ?
椿先輩とはそもそも仮初め…というか偽りの恋人関係だったわけで、しかもその偽りの関係が、偽らなければならない相手全てにバレてしまっているのであれば関係を継続する必要はない。
…まあ、皆にバレていたことがわかって、部屋の隅でしゃがみこんで両手で真っ赤になった顔を覆っている先輩の心境は相当複雑だろうけど、それはそれとして、ある意味で、俺は先輩から開放されたと言ってもいいだろう。そして、先輩との偽りの関係を継続しなくて良くなれば、自ずと丁香花さんが夜な夜なおれのところにくる理由もなくなり、俺はしっかり睡眠を取れるようになる。
杏平についても、あいつのスタンスは『茉莉ちゃんが自分に惚れるなら別に付き合ってもいい』というくらいのスタンスだった。つまりそんなに積極的に邑田を幸せにしようとかそういう気はない。そんな杏平に邑田を任せて良いのか?いや良くない。
で、あとのメンバーは部外者とは言わないが、今回の関係者というには少し関係が希薄なわけで、他のメンバーの気持ちは考える必要はない。
つまり。
「邑田、あのな、俺、お前と」
『付き合いたい』と言おうとしたところでぼたんが俺の肩をたたいて、耳元に口を寄せてきた。
「いいの?茉莉と付き合って要兄が義兄になるってことはつまり―」
……………はっはっは、ぼたんめ、ありがとうございます、すっかり忘れてました!
俺と同じくらい妹ラブな要さんのこと、邑田と俺が付き合いだしたなんていったら何をしてくるかわかったもんじゃない。
はっきり言って洒落にならない。もっと打ち解けてあの人の信頼を勝ち取ってからならば良いかもしれないが、そうでなければあの人は容赦なく俺を叩き潰すだろう。
「……今は付き合えない。ごめん」
「ええー…なんで?いまおつきあいしている人いないんだよね?私の事嫌い?」
「いないし嫌いじゃない」
「じゃあお試しで付き合ってみようよ。そうしたら私と別れようなんて考えられないくらい夢中にさせてみせるから」
なにそのすごく魅力的な提案。一体どんなことされて夢中にさせられちゃうの俺。
「…いや、今はまだ知り合ったばかりだし、付き合うとかそういうのは早いと思うんだ。だからその、もう少しお互いのことを知って、それでその時お互いに付き合いたいなと思ったら付き合うのがいいんじゃないか?」
「うーん…まあ、そういうことならしょうがないかな。じゃあこれは付き合うとか付き合わないとか関係なく、今日私が相馬くんを守ったご褒美っていうことで」
邑田はそう言って背伸びをすると、俺の頬にキスをした。
「むしろ俺がご褒美じゃないかこれ」
「そう思ってもらえたなら嬉しいなっ」
思い切り照れてしまっている俺に対して、邑田は照れもせずにそう言って、俺の右腕に自分の左腕を絡めてきた。
師走ってマジ忙しいですね。