レポート1-11 邑田 茉莉 2
翌日の放課後。
別にメイドさんに言われたからというわけではないが、俺は生徒会室に行く途中で、杏平に邑田のことについて聞いてみることにした。
「なあ、杏平?」
「んー?」
「邑田とやった?」
「………」
無言で殴られた。
周りにだれもいないのを確認してから言ったのに酷いやつだ。
「やってねっつーの。なんでそんなこと聞くんだよ」
「いや、だってお前、あれ、すごいだろ、邑田」
「すごいって?」
「身体だよ身体。昨日の特訓のときも思ったけど、とても同級生とは思えない身体してんじゃん」
「そこにはあんまり興味ないな」
そう言って、杏平はカバンの中から読みかけの文庫本を取り出して歩きながら読み始める。
「じゃあどこに興味あるんだよー」
「ええい鬱陶しい!絡むな!ひっつくな!」
「……こじらせてるって、何?」
「…………」
お、表情がこわばったな。つまり、無自覚に何かをこじらせてるわけじゃないってことだ。
「お前には関係無い話だろ」
「そんなこと言うなよ親友」
「出会って一週間も経ってない」
「おいおい、友情に時間は関係ないだろ」
「胡散臭っ」
「なあなあ」
「はあ……俺、今日は帰るわ。みんなにはよろしく言っておいてくれ」
そう言ってくるりと回れ右をして方向転換すると、杏平はそのまま昇降口の方へ歩いていってしまった。
まあ、初日で聞き出せるとは思ってないし、それは別に良いんだけどな。
「……ま、邑田の方にも聞いてみるか」
「え?杏平くんの気持ち?」
先に生徒会室に来ていた邑田に杏平の気持ちを聞いてみると、俺が聞きたいことにあまりピンとこないのか、邑田はそう言って首を傾げた。
逆にピンときた。というか、ピントがずれているらしい後輩が一人、鼻息荒く口を開く。
「ど、どういうことですか先輩!それはまさか横恋慕ですか!?禁断の男道を行かれるおつもりですか!」
ぼたんは今日も欠席だが、一人でも物怖じせずにやってきた尾形さんは今日も絶好調である。というか、止める人がいないと絶好調というか大暴走って感じだが。
っていうか、横恋慕ってそっちかよ。
「尾形さんは少し落ち着いてくれ。で、邑田はどうだ?どう思う?杏平は邑田とのこと、どう思っているんだ?」
「……杏平くんはね、多分私の事好きじゃない…と、思う」
「つまり、邑田が一方的に惚れてるってことか?」
「…そうだね、うん。私が惚れているんだよ」
邑田はそう言って笑うが、目は笑っていない。笑っていないというか、その目は前を見ていないというか、何も見ていないというか。
今の邑田の目はどこか虚ろで、俺やぼたんにからかわれてむくれている時や「特訓しよう!」と言ってキラキラさせている目と同じとは思えないほど色を失っている。
「でもな、邑田。それなら――」
「……先輩。ちょーっと、いいですかー?」
「お…おおおっ!?」
俺の返事も待たずに、尾形さんは俺の襟首をむんずとつかんで椅子を引き倒すと、そのまま俺を引きずって廊下に出た。
「どういうつもりですか」
「え?何が?」
「女の子泣かせてどういうつもりですかと訪ねているんです」
「いや、泣いてないだろ誰も」
「顔で笑って心で泣いてって言葉を知らないんですか!今、邑田先輩は心の中で絶対泣いていますよ」
「いやいや、そんな…大体、別に泣くような質問してないじゃんか」
「…はぁっ、ほんとに前評判通りですね、先輩は」
その前評判とやらは一体どこから漏れ聞こえてきているのか、評判の先輩としては非常に気になるのだが。
まあ、多分ぼたんだから、後でちょっと仕返しをしてやろう。
「若松先輩が急に来られなくなったのも、相馬先輩が関わっているのでは?」
「関わっていないと言ったら嘘になるな」
「……」
え?何その顔、超怖い。すごい怖いんだけど、尾形さん。
「ごめんなさい、俺のせいです」
「ですよね。わかりました、今日は私が邑田先輩のフォローをしますから、相馬先輩は宮本先輩や柿崎先輩と遊んでいてください」
「えー…」
やだよ、あんな脳筋コンビ。
「遊んでいてください、ね?」
「はいっ」
い、今この子、すごい目で俺のこと見たんだけど。なんというか、ゴミを見るような、本気で喧嘩した時の妹が俺を見る目のような。なんか、あまりに怖くて思わず反射的にはいって言わされちゃったんだけど。
「…で?何があったんだ?」
地下一階で行われているレベルアップ修行の途中で、宮本が俺に耳打ちをしてきた。
「え?なんのこと?別に何もないぞ」
「いや、明らかにお前と茉莉、それに尾形の間に溝ができてんだろうが」
「うーん…まあ色々あったんだけど、結論だけ言うと俺が悪い」
「そうだね、いつだって相馬君が悪いんだろうね」
そう言って俺と宮本の横でケラケラ笑う柿崎。
「どうせあれでしょ、邑田さんの女心を踏みにじるようなことを言って『相馬くんサイテー、顔もみたくないー』とかそんな感じになったんでしょ」
尾形さんの言うとおりならば、柿崎が言っていることは当たらずとも遠からずなのが非常に悔しい。
「まあ、楪はおいておいて、茉莉に何をしたんだ?胸でも触ったか?」
「いや、そんな即死させられかねない所業しないって」
邑田にはもちろん、なんか義憤に駆られたぼたんとか、へんな感じにやきもちこじらせた先輩とか、正義感の塊・尾形さんとか女子みんなによってたかってボコられそうだし。
「いや、案外平気だったぞ」
「って、さわったんかい!」
なんと羨ましい。
「昔な。中1の頃にあいつの胸が膨らみ始めたころにはずみ?事故でさ」
「もうっ、柊ちゃんはボクのを触ればいいじゃない!」
「……」
「……」
ゆずりん、制服だけじゃなくてガチっぽいブラしてるのとか、超引くんですけど。
っていうか、若干膨らんでるみたいに見えるのはなんなの?パットなの?マジで引くんですけど。
「うわぁ…」
なんか背後から小さな唸りごえが聞こえたので振りむいて見ると、『男子サイテー』みたいな顔で尾形さんがこっち見ていた。ちなみに、邑田はさっきまでの陰のある顔ではなく、いつものほわほわした顔に戻っていた…って、あれ?尾形さんこういうの好きなんじゃないのか?男同士の絡みみたいなの。
「ま、まあいいや。おい、柿崎お前レベルいくつになった?」
「ええと…あ、5だね」
俺が尋ねると、柿崎は一昨日みつきさんがお土産にと言って持たせてくれたステータスカード(自分の能力値がレーダーチャートになっていたり、レベルや使える魔法などが記載されている便利なカードで、提示するとイエシキ系列のお店で割引が受けられたりするらしい)を見ながら言った。
「って、5!?おかしいだろ、俺まだ3だぞ」
「ああ、だって昨日柊ちゃんと二人で来てちょっと修行したからね。その分の差じゃないかな」
「ずるくね?」
「いやいや、空き時間の有効活用と言ってほしいね」
まあ、確かにみんなで来られるときだけってやっていたら成長は遅くなるか。
「俺も影人間くらいなら一人で倒せるようになってきたし、空き時間にくるかな」
「そうしろ。んで、強くなったらまた試合しようぜ」
「断る」
ちなみに、このステータスカード上のレベルがあがると、刀を振ったりとか、そういうことで筋肉にビンビン効いているな、筋トレになっているなという実感とは別に、グンと自分の力が上がったのを感じる。 具体的には、電動自転車のアシスト機能が有効になったような、身体を誰かが支えてくれているような、そんな感じだ。
とは言っても、みつきさんによれば、このレベルアップによるステータス上昇はこの迷宮内でのみ有効で、外に出た時には筋トレビンビンで上がったほうの能力だけしか使えないので、魔法で体育の授業が有利になるとかそういうことはないらしいが。
「じゃあ相馬も空き時間に一緒に修行しようぜ。んで、一緒に強くなろうぜ。あ!朝練するか?昼休みもやるか?」
「断る。っつーか、嬉しそうにくっつくな!」
あんまり長い時間一緒にいて、勢いで宮本と立ち会ったりすることになったら嫌だし。それでまた漏らしたりしたら嫌だし。
というか、宮本と一緒に修行したり試合したりするのの何が嫌って、万が一俺がブルブル震えて漏らしても、宮本は『しょうがねえなあ』とかいいながらパンツ洗ってくれそうな感じが嫌だ。
なんていうか、はっきり言ってしまえば、宮本に対しては命じゃない危機を感じるんだよ。
今もすごく顔が近いし…爽やか系なんだけど暑苦しいというか、男に対してものすごく距離が近いんだよな、こいつ。
「それで、相馬くんは結局何したの?」
柿崎がそう言って俺と宮本の間に割って入る用にしながら、聞いてきた。
かなり近いところにいた俺達の間に割って入ってきたのだから柿崎と俺の距離もかなり近い。しかも柿崎は宮本より女っぽい分、宮本とはまた違った意味でドキドキしてしまうのでやめてほしい。万が一ゆずりんに誘われたら俺は抗えない自信があるぞ。
「……まあ…そうだな…うん、後で話す。今日この後、解散したらちょっと付き合ってくれると助かる。特に邑田のことをよく知っていそうな宮本には聞いてもらいたい。というか柿崎は来なくてもいい」
「お、なんだなんだ?そんなに深刻なのか?」
「えー、来なくてもいいなんて薄情だなあ、トラブルバスターのボクにまかせてもらえればさっと解決できちゃうのに」
いや、トラブルバスターってあんまりいい肩書じゃないよね。っていうか、柿崎ってどっちかっていうとトラブルメーカーってイメージなんだけどなあ。