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家式学園正徒会活動報告書  作者: ながしー
レポート1 正徒会
10/31

レポート1ー10 邑田 茉莉

 初めてダンジョンに挑戦した翌日の昼休み、生徒会室にやってきた俺と杏平、それに邑田は昨日と同じように用意されていた弁当を平らげた後、ダラダラと話をしていた。

 ちなみに椿先輩は表の生徒会の仕事で遅刻、宮本と柿崎はスポーツ用品店に行くとかで今日は欠席。ぼたんと尾形さんも自分の学校で何かあるらしい。


「それにしても昨日はひどい目にあったな…」


 結局8対1で、しかも宮本や俺はそこそこ強いはずなのにみつきさんに指一本触れることもできずに手玉に取られ、優しく厳しく怪我をしない程度にしごかれ、さらにみつきさんはクタクタになった俺達を、手配した人力車で出口まで送ってくれるというサービス満点っぷりで、俺達は見事に心を折られてしまった。


「ああ、あれは勝てる気がしない」

「でもでも、勝たないと下に行かせてもらえないし」

「俺達の中で一番いい動きしていた宮本ですらかすりもしなかったんだぞ?俺や杏平なんか束になってかかっても突破できないって」

「でも、ゆずりんの攻撃は当たってたし」

「効果がないから当てさせてくれてたんだろ。あいつ非力すぎんよ」

 

 柿崎の攻撃は「バキィ」とか「ボゴォ」とかそういう感じではない。せいぜい「ぽこっ」とか「ぺこっ」といった感じで、俺が受けたって大したダメージなんてなさそうに見える。

なまじ身のこなしが良く、テレポートなんて反則魔法が使えるだけに柿崎の攻撃に威力がないのは本当に悔やまれるところだ。


「確かに、ああいう格好しているとは言っても、いくらなんでも非力すぎるだろうって感じだよな。茉莉ちゃんの言うとおり、当たりはしているんだから、あれでダメージが通れば最高なんだけど…まあ、相馬が言うように「当てさせてもらっている」だった場合は当たらなくなっちゃうだけなんだろうけどさ」

「まあな。そう言えば邑田もいい動きしていたよな。何かやっていたのか?」

「うん。昔お兄ちゃんに格闘技を習ったことがあって、それからなんとなく自分でやってみたりしていたんだ。大きくなったらお兄ちゃん達みたいな立派な正徒会役員になるぞーって思って」


 そう言って邑田はニコニコと、花の咲いたような笑顔で笑う。

うん、今日もかわいい。


「へえ、昔からやっていたんなら納得かな。どのくらいやっているんだ?」

「うーん…お兄ちゃんが現役だった頃だから、10年前くらい?最近はお兄ちゃんも忙しいから全然稽古つけてくれなくて、自己流になっちゃっているけど」


 それって、お兄さんがダンジョンに挑戦していたときに練習相手とか実験台にされてたんじゃ…いやいや、そんなことはないか。


「いや、それ要さんに実験台に使われていただけじゃないか?」


 言いづらいことを杏平がはっきり言った!!

 さすが婚約者。聞きにくいこともズバッと聞くなあ。


「そんなことないよー、怪我とかはしなかったし、お義姉ちゃんも一緒に見ていてくれていたし」


 そう言って邑田がぱたぱたと胸の前で手を振ると、杏平は「そっか」と言って頷いた。


「まあ、要さんがあの人の前で無茶するとは思えないし、それならちゃんと特訓してたんだろうな」

「うん、おかげで変質者の一人や二人くらいなら自分でやっつけられるようになったよ!」


 そういって邑田は口で「シュッ、シュッ」といいながら左、右のコンビネーションをしてみせる。

 ちなみにパンチを出す前に上半身を振った時に、またしても胸が揺れた。なんというか……相変わらず、すごい大きさだと思う。


「だからさ、二人も修行しようよ!特に杏平くん!」


 そう言ってぐっと拳を握ってみせる邑田。


「え?俺?無理無理、俺はそういうのムリだって。影人間はともかく、あの人に攻撃を当てるなんてできるわけない」

「できるよ!だってゆずりんはできているし、しゅうくんや相馬君も私もいいとこまで行っているんだもん!同い年の杏平くんにできないわけないよ!」

「じゃあ四人で前衛、残りの俺達は後衛って言うんでいいんじゃないか?」

「杏平君はやる気なさすぎだよー、相馬くんを見習いなよー」


 いや、俺がものすごくやる気まんまんみたいに思われるのはちょっと重いんだけどね。

 って言うかなに?邑田って意外に熱血キャラなの?


「……はいはい、わかったよ。やるって、やればいいんだろ?」

「そうこなくっちゃね。じゃあ善は急げだよ!今日は集まりが悪いから地下には行かないだろうし、私の家で特訓しよう!」


 杏平がしぶしぶとはいえ、やる気になったのを見た邑田は、そう言ってお弁当を片付けると、俺と杏平の手を掴んで立ち上がらせた。




「ほい、じゃあ準備運動終わりー。ぼちぼち始めようかー」


 そう言って元気よく邑田が両腕を上げると、元気に両胸も揺れるが、それについて感想を述べられるほど、今の俺は体力が残っていない。

 ちなみに、俺以上に体力が残っていない杏平は、へたり込んだ俺の隣で突っ伏したまま顔も上げずに肩で大きく息をしている。


 俺達に課された邑田の言う『準備運動』は、『軽くほぐすための動的ストレッチ』と、ちょっとしたスーパーマーケットのようなサイズがある邑田の家の周りを『軽く10周』、そして『かるーく、腕立て、腹筋、背筋、スクワットを30回、3セット』というものだった。

 それらの運動を邑田は疲れた様子もなく軽くこなしたが、宮本に負けて以来、完全に拗ねて運動らしい運動をしていなかった俺と、そもそも運動部ですらなかった杏平はこのざまというわけだ。


「待ってくれ邑田。俺はともかく、杏平はこれ以上やったら死ぬと思う」

「えー……まだ準備運動だけで、何にもしてないのに」

「いや、したから。十分したから。これ、普段運動してない人間にとっては準備運動とかそういうレベルじゃないから」

「たしかにちょっと汗はかいたし、疲れたかもしれないけど、流石に杏平君のはオーバーだよ」


 そう言いながら、邑田は着ていたジャージの上を脱いだ。

 するとそこにはショート丈のタンクトップ一枚になった邑田の上半身が。というか、胸が!しかも汗でタンクトップが肌に張り付いていてものすごくエロい!


「ん?どうしたの、相馬君」

「いや…その…」


 邑田さんのおかげで元気が出てきたんです!一部だけですけど!


「ほらほら、相馬くん立って立って」


 もう立ってます!お陰で立てないんです察してください!


「ほら、杏平くんも…って、杏平くん?……えー…なんで運動している最終に寝落ちしちゃうかなあ」


 杏平を抱き起こした邑田はそう言ってため息をつく。

 っていうか、それ気絶だから。普段運動してないのに突然動いたせいで、気絶しちゃっただけだから。


「もう、しょうがないなあ…」


 そう言って邑田は杏平を仰向けにすると、今まで来ていたジャージを肌掛けのように杏平にかけて立ち上がった。

 く…ちょっとうらやましい。気絶したおかげでサボれるのもだけど、邑田の汗が染み込んだジャージをかけてもらえるとかなんかこう、うまく表現できないけど、うらやましいじゃないか!


「じゃあ相馬くん。続きは杏平君抜きで、二人だけで…ね?」


 俺がもんもんとしている間に近寄ってきていた邑田が俺の耳元でささやくようにそう言うと、シャンプーの香りと合わさった、あまずっぱい邑田の汗の香りが俺の鼻をくすぐった。


「ふ、ふふふたりだけなのはいいけど、なんで近くで小声で言うんだよ」

「え?だって杏平君を起こしちゃったら悪いじゃない」

「そ、それもそうだな」

「じゃあ道場行こ」

「え?杏平はこのままにしておくのか?」

「私も流石に男の子は運べないし…相馬くんが運んでくれる?」

「いや、ムリだな。気絶した杏平が悪いってことで、放っておこう」


 幸い今日は雲一つない青空で、日差しもそれほど強くはない。屋外で昼寝するには絶好の天気だと言えるしな。

 決して、頑張って杏平を運ぶのが面倒くさいとか、そういうことではないのだ。




 二人きりの静かな道場にパン、パンという乾いた音と、二人の体液が混ざり合う水っぽい音、それに俺と邑田のハアハアという荒い息が響く。

 …などと言うといかがわしいことをしているように聞こえそうだが、もちろんそういうことではない。お互いグローブとプロテクターを付けての組み手なので、叩けばパンパンと音がするし、汗がぼたぼたと落ちたりもする。もちろん息が荒いのは単純にふたりとも息が上がっているからだ。


「うーん…新鮮だなあ」


 手のひらを俺の方に向け、一旦休憩といったジェスチャーをした後、邑田はヘッドギアを外して汗を拭きながらそう言った。


「ん?何がだ?」

「いや、相馬くんの動きって、しゅうくんと違うなって思ってさ」

「そりゃあパンチ・キックで組手をするのと竹刀振り回すのじゃ違うだろ」

「ええとね、しゅうくんともパンチ・キックの組手をしたことはあるんだけど、相馬くんのとは違うんだよね。基本はふたりとも剣道なんだけど、踏み込みの深さとか、パンチの時の腕の軌道とか、キックの時の足の軌道とかさ」


 そう言って邑田は使っていないタオルを投げてよこした。

 ……ちなみに、使った方でも良いんだよと思ったのは俺だけの秘密だ。


「やっぱ俺は弱いか?」


 貰ったタオルで顔を拭きながら尋ねると、邑田はブンブンと首を横に振った。


「いやいやいや。そんなことないよ。一発狙いの攻撃はしっかりかわされちゃっているし、出たり下がったりしても体幹がブレないからスキも少ないし、強いと思う」


 『まあ、未熟者な私から見てだけど』と付け加えて邑田が笑う。


「でも、宮本よりは弱いよな?」

「あー…へへ…」


 うん。とは言わなかったが、邑田は苦笑いしながら頷いた。


「なんていうかね、しゅうくんのは、ふわっとした…なんだろう…うちのお兄ちゃんとか、お兄ちゃんの仲間の人とか、そういう感じの、なんか手が届かない強さ。で、相馬くんのは地に足のついた力、みたいな」

 

 天の使いと地べたを這いずり回る虫けらくらいに違うってことか。

 身体がなまっているとは思っていたけど、そこまでの差はないと…いや、去年の時点でアレだけの差があったのに俺はサボって、宮本は鍛錬を続けていたんだ。そりゃあそのくらいの差があってもおかしくないだろう。


「まあ、でも、やっぱりそのくらいの差があるか…」

「うーん…差っていうか、質?うまく説明できなくて申し訳ないんだけど」

「うむ、そうだな、邑田の説明だとさっぱりわからん」

「お世辞でもいいからわかったって言ってほしいよぅ…」


 そう言って邑田はぷぅっと頬を膨らませた。

 ああ、この感じ。

 邑田は体育会系の体力キャラじゃなくて、こういう立ち位置にいてくれないとなあ。


「……ねえ、相馬くん」

「ん?」

「椿ちゃんと恋人ってどんな感じ?」

「どんなって…邑田と杏平と変わらんと思うぞ」


 正直どんなもこんなも、恋人同士がどういう感じか全くわからないってのが本当のところなんだけど。


「それだとちょっとわからないから聞きたいんだけどなあ…」


 どうにも……椿先輩と偽りの恋人関係の俺が言うのもなんなんだけど、邑田と杏平の関係ってなんか不自然というか。恋人とか許嫁とかってこんなのかなって思うことが結構あるんだけど。


「うまくいってねーの?」

「うーん、まあ杏平君が草食すぎてね」


 マジ?邑田相手に何もしないとか、あいつなんか病気なんじゃねえの?


「つまり、うまく行ってないってことでいいのか?」

「うーん…まあ、ね…そうだね。うん、うまくいってないけど、うまくいかせたい。どうすればいいかな?」

「そう言われてもなあ…」


 そもそも椿先輩とは偽りの関係で、俺もそんなに経験がある方じゃないし。


「そう言うってことは、邑田は杏平が好きなんだよな?」


 俺がそう問いかけると、邑田は少しだけ困ったような表情を浮かべてから、フッと薄く笑いながら


「そうだね、私は杏平君のことが好きだよ」


 と、答えた。


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