レポート1-1 正義の味方
前作「魔法少女はじめました」から500年後の世界の話です。
そちらも読んでいただくと伏線回収してあったりしてなかったり、ニヤリとできたりできなかったりと色々ありますが、単品でも読めるように心がけて書いていきたいと思います。
500年後とは言っても、もう一度江戸時代後期あたりからやり直したら、ちょっと違ちゃった平成くらいの世界観です。
500年前、俺達人類は存亡の危機ってやつにあったらしい。
らしい。なんて他人事みたいに言っていることからもわかるように、今の世の中は多少の犯罪はあるものの、おそらくその大戦争の時代に比べたらとてつもなく平和だし、生活水準もその大戦争前のレベル……歴史の授業が正しいならば、ようやく最も技術が進んでいたと言われる平成と呼ばれた時代の後期と同じ位のレベルに達したということもあって、平和で便利で快適な毎日を送らせてもらっている。
そんな平和な時代に生きている俺、相馬瑞葵は今日からピカピカの新入生ってやつだ。
「祝辞 生徒会会長 家式椿。新入生のみなさん――」
それにしても、入学式ってやつはどうしてこう、いつの時代も変わらないのか。
いや、いつの時代もなんて言えるほど長生きしているわけではないのだけど、それでも毎年毎年、毎度毎度、新入生在校生卒業生と立場は違えども、同じような話を聞かされて同じようにあくびを噛み殺していると、多分この500年……もしくはもっと前の平成だの昭和だのと言う時代から延々続いてきただろう、こういった儀式のあり方やら、有用性やらに疑問を呈したくなるというものだ。
「続きまして、本校理事――」
ん……?あれ?今、理事って言わなかったか?っていうか、あの先輩さっきも喋っていたような…いや、気のせいだろうな。
多分、理事じゃなくて生徒会長か何かの聞き間違いだ。
だって完全に制服着てるもん。理事なわけないもん。
ああ…駄目だな、寝不足で頭がボーッとしていると。
よし、とりあえず少し眠ろう。丁度パイプ椅子に座っていることだし、式もまだまだ続くし、寝過ごすことはないだろう。
誰に言い訳する必要もないのに、心の中でそんな言い訳をしながら、俺は眠りへと落ちていった。
「なあ相馬、お前入る部活は決めたか?」
「決めてない。というか、特に入るつもりもないよ、俺は」
入学式の後、うっかり寝過ごしそうになった俺を起こしてくれた恩人で、この学校での友人1号である杏平の質問に、俺は首を振って答えた。
「いやいや、なんか入ったほうがいいって。中学の頃は何してたんだ?」
「剣道」
「あー、この学校、剣道部ないからなぁ」
「そうなんだよ。だから特に部活をやる気はない。というか、まあ、剣道やめたかったから、それを知っていて入ったんだけどな」
「せっかくだし。続ければいいんじゃないか?」
「絶対勝てない奴ってのに出会って心が折れたんだよ」
「へぇ、君、剣道やってたんだ」
俺と杏平の会話に、不意に一人の女子生徒が割り込んできた。
髪は前下がりのおかっぱのような髪型で、身長は平均よりちょっと高いくらいなのだが、胸の大きさは平均をちょっとどころではなく飛び越えている。
「ええと…ごめん。まだ、クラス全員の名前を覚えてないんだけどさ」
というか、一番後ろの席に陣取った結果、各自の席でやったクラスメートの自己紹介はすべて背中を見ながら聞いた。そのため俺が名前を知っているのは、俺と杏平のようにそんなにやる気なしで一番後ろに陣取った連中と、中学の時も同じ学校だった数人だけだ。
「邑田茉莉だよ」
そういって彼女は、さらさらの髪と豊かな胸を揺らしてニッコリと笑った。
「邑田さんだな。俺は相馬瑞葵。一年間よろしく」
「ん、よろしくね。それでさ、相馬君」
邑田さんはそこで一度言葉を切って、一歩後ろに下がると、大きな胸をゆさっと揺らしながらビシッと変なポーズを取ってみせた。
「私達と一緒に、この世界の平和を守ろうよ!」
彼女のその提案は、平々凡々とした日々に飽きていた俺の心に波を……立てるわけでもなく。若干の寒気を感じさせるにとどまった。
いや、だって、ほぼ初対面の男子に対して決めポーズを取りながら「一緒に平和を守ろう」だぜ?
こっちはもうドン引きですよ。
「すまん邑田さん。この歳で正義の味方ゴッコは辛い」
「ゴッコじゃなくて、正義の味方になるんだよ!」
ぽよぽよとした口調で、ぽよぽよとした腕を振り、ぽよぽよと胸を揺らしながら邑田がそう言った。
まあ、出歯亀根性だけで言わせてもらえれば、彼女の細腕でいったどんな正義に味方できるのか疑問と興味はつきないのではあるが、とはいえ、じゃあ近くで確認するかと聞かれれば俺は首を横に振らせてもらう。
「誰が?」
「相馬くんが」
「なんで?」
「剣道経験者ならそれなりに強いと思うから」
いやいや、わかってないな。剣道なんてものは、せめて棒切れの一つでもなければなんの役にも立たないのだよ。
そしてそんな棒きれを持ち歩いて街中を徘徊なんてしようものなら間違いなく職務質問されるし、色々面倒なことになるのが目に見えている。
「あのなあ、邑田」
「うおぅ、いきなり呼び捨て!?ちょ、ちょっと新鮮かも」
「同級生だし、そこはどうでもいいだろ。でな、正義の味方ゴッコのことなんだけど」
「ゴッコじゃないよ、本当に正義の味方になれるんだよ。なってくれれば進学とか就職も有利だし」
………いやいや、さすがに自称正義の味方にそんな特典がつくはずはないだろう。
「ねえ、杏平くんからも何か言ってよ」
「え?俺?そうだなぁ……相馬」
「何だよ」
「平和な学園生活を送りたいならこの子の言うことを―」
そうだよな。「真に受けるな」だよな。
この邑田さん、顔は可愛いし胸も大きい。
それでいてウエストも腰もボリュームがありながら程よくしまっていて、年頃の男子である俺的には、お友達になるのは大歓迎だし、万が一まかりまちがってお付き合いするなんてことになったら小躍りするだろう。
しかし、いかんせんこの子は脳内が若干のお花畑。数年前の俺ならいざしれず、ちょっとだけ大人になってしまった俺としてはなるべく関わりあいになりたくはない。
「――聞いて、おとなしく正義の味方になっとけ」
「そうだよな、やっぱり俺は正義の味方になるべき…って、ええっ!?なんで!?そんなことしても俺に得がないじゃん!」
いや、実はちょっと気になるどころではなく、俺の好みドストライクの邑田茉莉とお近づきになれるのは得かもしれないが、とはいえやっぱりこの歳にもなって自称正義の味方とか痛すぎる。デメリットのほうが大きすぎる。
「いや、茉莉ちゃんの言うとおり進学も就職も有利になると思うし、得はあるって。腕っ節に自信があるなら是非やるべきだぞ」
「いやいや、ならないだろ」
「なるんだって。お前、この街の治安維持を受け持ってる会社は当然知っているよな?」
「うちの学校の母体にもなってるイエシキだろ」
かつて、大戦前に関東と呼ばれていた地域が一つにまとまった街。それが俺達の住んでいる「宇都野市」だ。
そして、その宇都野市をあらゆる分野で仕切り、支えているのがこの学校の経営母体でもある複合企業「イエシキ」。
重軽工業から教育、医療、治安まであらゆる世界に通じていると言っても過言ではない企業で、治安維持だけではなくあらゆる分野を受け持っていると言ってもいいだろう。
「厳密にはイエシキセキュリティな。で、茉莉ちゃんはそのイエシキセキュリティ社社長の妹さん」
「つまり、社長の妹の遊びに付き合うと、イエシキセキュリティへの就職が有利になるってことか?」
「遊びじゃないよぅ」
邑田がそう言って俺の言葉を否定しながら抗議するように首と腕を振ると、胸も一緒に揺れた。
……すごいな、うん。
「まあ、それもあるけど、茉莉ちゃんは次のイエシキ総代候補の従姉妹でもあるから、彼女を通してその人とか、周りの大人の覚えがめでたくなれば、進学も就職も思いのままってわけだ」
「あのー、杏平くん?それだと私が立身出世の道具みたいに聞こえるんだけど」
「いや、そうは言ってないけどさ」
「そう言ってるようにしか聞こえないよぅ」
あんまりそんな風には見えないけど、もしかして邑田ってすっごいお嬢様なのか。
「というか、杏平。お前はお前でやたらに邑田の家のこととかイエシキ関係に詳しいみたいだけど一体邑田とどういう関係なんだよ」
「ん?ああ…なんていうかな」
「なんていうかねぇ…」
そう言って杏平と邑田は一度視線を交わす。
そして少し照れくさそうに笑いながら――
「俺達、実は」
「許嫁なんだよ」
――と言った。