本日定休日の食堂
男がこの街にやってきたのは、今から丁度二年前のことだった。
男は普通の会社員、一人暮らしの独身で三十歳。
この街にやってきた理由は、いわゆる左遷というやつだった。
そんな男の唯一の趣味が、食堂めぐりである。
オシャレなカフェやレストランには目もくれず、少し古臭い食堂を男は好む。
男がやってきてから三ヶ月目のこと、少し土地勘がついた男は近所を探索することにした。
そんな時、男の目にとまったのが、少し寂れた小さな商店街だった。
通勤時に前を通ることはあったが、入ったことがなかった男は商店街へと進んだ。
商店街の長さは五十メートルくらいだろうか、六割くらいの店が閉店していた。
そんな中、男の目にとまったのが一軒の古臭い食堂だった。
食堂の名前は[三桐食堂]で、残念ながらその日は定休日だった。
少しガッカリした男は、また後日訪れることにして、行きつけの食堂で食事を済ませた。
それから男は、仕事の休みの日にはその商店街へ向かった。
しかし、何時行ってもその食堂は、本日定休日の張り紙が貼ってあった。
土曜・日曜が休みの男は、休日に営業していない食堂を少し不思議に思っていた。
もしかして閉店しているのか? とも思ったが、それなら閉店しましたと貼っているはずだ、と考えた。
七ヶ月目のある日、男は外回りの仕事でこの商店街の近くにきていた。
仕事が一段落ついたのは午後三時頃、男は商店街に寄ることにした。
この街にやってきて七ヶ月目にして、食堂のとびらに営業中の張り紙が貼ってあった。
しかし、あまり時間がなかった男は、しぶしぶ商店街をあとにした。
それからも男は商店街に通い続けたが、タイミングが悪いのか何時も店休日だった。
朝行っても、昼行っても、夜行ってもやはり…食堂は店休日だった。
十ヶ月目のある日、仕事で重大なミスを犯した男は会社をクビになった。
男は仕事を失ったことよりも、食堂のことがずっと気掛かりで仕方なかった。
今がチャンスだと考えた男は、職探しの時間以外は出来るだけ商店街に通うことにした。
それでもやはり、食堂のとびらには本日定休日の張り紙が貼ってあった。
この日から男と食堂との戦いが始まる。
雨の日も風の日も雪の日も、朝も昼も夜も毎日のように商店街へ通い続けた。
そして、今から二ヶ月前に男はあることに気付いた。
それは十五日の午前三時と午後三時に一時間だけ営業していること。
どうしてこのことに気付いたのか? それは今から3ヶ月前のこと。
仕事が決まらない苛立ちと、食堂があいていない苛立ちがつのりある行動にでた。
決して…やってはいけないことだが、食堂が見える位置に監視カメラをこっそりつけた。
それほど男にとって、その食堂は気になる存在にだった。
そして男は家にこもり、ずっと監視カメラの映像をモニターで見続けた。
そんな努力の甲斐もあって、男は食堂の営業時間を知ることが出来た。
そして先月の十五日、待ちきれない男は期待を胸に午前三時に食堂へと向かった。
真っ暗な商店街の中、その食堂だけが明かりを灯していた。
営業中と張り紙があるとびらを開き、男は中に入る。
食堂の中は外見とは違い、お品書きも綺麗に揃っていて整理整頓されていた。
念願の食堂に入れた男は、期待を胸にカウンター席へ座った。
寂れた商店街の古臭い食堂で午前三時、店内に客は男一人だった。
男が食堂に入って五分後、奥から店主らしき女が出てきた。
飲食店では珍しく、長い髪を後ろでとめることなく垂らしたままの女店主。
男はその姿に少し薄気味悪さを感じつつも、カツ定食を注文した。
男:「カツ定食一つ!」
女:「はい…。」
囁くように女店主がそう答えて、ゆっくりと奥へと戻った。
それから十分後、女店主が注文した品を持って奥から出てきた。
テーブルに並べられた品はごはんと味噌汁と漬物、そして千切りのキャベツが盛ってある皿。
肝心のカツがない品を見て、男が女店主に言った。
男:「カツ定食のカツがないじゃないか!」
女:「はい?」
男:「だから、カツだよ!」
何ヶ月もこの日を待ちわびてこの食堂にやってきた男は、かなり苛立っていた。
女:「ふふふ…。」
男:「何がおかしいんだよ!」
女店主の薄気味悪い笑みに男の苛立ちが頂点に達したとき、女店主が言った。
女:「出来たてのカツをご用意しますよ…。」
男:「それなら早くしてくれよ!」
女:「では…今から肉をさばきます…。」
そう言って、女店主が腰元に手をやった次の瞬間。
ガンッ!!
女:「あんたの肉をね!!」
女店主は大きな出刃包丁をテーブルに突き刺した。
あまりの恐怖に男は椅子から転び落ち…そのまま這うようにして食堂の外へ逃げ出した。
外へ出たあと、男は懸命に家へと走った…後ろを振り返らずただ懸命に。
そしてつい先日のこと、前の会社の元同僚と食事をすることになった男はこの話をした。
その話を聞いた元同僚は顔をしかめたまま男を見つめ、しばらくしてこんな話をした。
今から五年前、商店街で火事があった。
その火事で一軒の食堂が全焼し、焼け跡から店主のものとみられる遺体が見つかった。
その食堂の名前は[三桐食堂]で、この食堂には一つだけあやしい噂があった。
それは、食堂に行った客が消えるということ。
火災のあと平地になった土地を買った業者が、後日地面を掘り起こしたところ…大量の遺骨が見つかったのだ。
最後に元同僚がこう言った。
その食堂は[三桐食堂]で、[身切食堂]と呼ばれていたと…。
その日の帰り…にわかに信じがたい男は、商店街へ寄った。
恐る恐る食堂へと商店街の中を歩いた男は立ち止まった。
昨日まであったはずの…その食堂の場所は、何もない空き地だった。
恐怖した男は、一目散にその場から逃げだし、二度とその商店街へは行かなかった。