一章・3
『三○七号室』と書かれたプレートの前に立ち止まり、ユノエはじっと閉じられたドアを見つめていた。
思わず紅空は嘆息する。怯えるユノエは見たくない。もし体が動くなら、代わりにあのドアを開けたいくらいだ。
「お見舞いですか?」
またも急に後ろから声をかけられ、ユノエの身体がびくりと跳ねた。
ユノエが振り向くと同時に紅空の視線も移動する。
声の主は一人の看護婦だった。立ち止まったままのユノエを不審に思い、声をかけたようだ。
「あ、えっと……あの……工藤、くんは」
「……この部屋に入院しておられますよ?」
怪訝そうな顔で、看護婦はユノエを見つめる。その視線にユノエはますます身体を固くした。
答えに窮するユノエを不審そうに見やると、看護婦は再び通路を歩き出した。
去っていく背中を、ユノエは泣きそうな顔で見つめている。
「……っ」
やがて、何かを決心したかのように、ユノエはドアの持ち手に片手をかける。
引き戸は簡単に開いた。おそるおそる中を覗き込み、ユノエが室内に足を踏み入れる。
狭い部屋だった。真っ白な壁と、リノリウムの床。窓から差し込む柔らかな光に照らされて、中央に置かれたベッドと、周囲に設置された様々な機械が紅空の視界に映る。
ユノエの手が震えていた。紅空は彼女の視線を追うように、自らの瞳を動かしていく。
やがて、紅空の見つめる先がベッドの上で眠る人物に行き当たった。
少年だった。ユノエと同じ年頃の、取り立てて特徴があるわけでもない容姿の。
(……何故だろう)
この少年から、目が離せない――。
衝撃が紅空を襲った。
ベッドの間近まで歩き寄ったユノエが、紅空をベッドの上に落としたのだ。
ユノエの手は、今や大きく、激しく震えていた。大事な紅空をその腕に抱えていられないほどに。
(あ……!)
紅空は、少年の顔の真横に落下した。
少年の顔が、紅空の視界に広がる。痩せた横顔。紅空の身体が、ざわりと粟立つ。
少年はまぶたひとつ動かさなかった。普通なら奇妙なことかもしれないが、今の紅空にそれを気にする余裕はない。
少年の顔が間近に見える。やはり、これといって特徴があるわけではない。
けれど。けれど――。
(これは、『俺』だ……!!)
どこかが苦しい。何かが苦しい。
先ほどまでの違和感をすべて忘れて、紅空はただ、少年を見つめることしかできなかった。
それは、本能にも似た直感だ。ただ。自分という意思が、そう叫んでいる。
「工藤、くん……」
ユノエが、吐息のように少年の名前を呼ぶ。
クドウカズヒト。
教えられたわけでもないのに、紅空はその少年の名前を知っていた。