表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅の空に沈む夢  作者: xxx
三章
10/16

三章・2

 窓から差し込むのは、あかあかとした夕暮れの光。部屋の中はすべて赤く染まっていた。

 眩しそうに机に向かいながらも、ユノエはけっしてカーテンを閉めようとはしない。

 ユノエは今、紅空のためにドレスを作っている真っ最中だった。

 その正面に座って、紅空はじっとユノエの手を見ていた。

 紅空を作っていたときと同じように、その手は魔法のように器用に動いた。どんな作業も、瞬く内に終えてしまう。


「……わたしね、夕日を見てると、工藤くんを思い出すの」


 突然、ユノエはそう呟いた。


「あの人をずっと見ていた。こうして赤い光に染め上げられた美術室から、グラウンドを走るあの人を」


 紅空の胸中に喜びが湧き上がる。

 紅空もカズヒトとして、まったく同じ場面を覚えている。あの強い瞳を、覚えている。


「わたしは、工藤君の走り方が大好きだったの。まっすぐに前を見つめて、なんの迷いもなく前に向かって走っていく姿が、とても好きだったの」


 ユノエの言葉は、とても耳に心地よい。

 カズヒトについて語るときと同じくらいの優しさで、ユノエは紅空を慈しむ。


「……お前がいれば、工藤くんがこのまま目を覚まさなくても、悲しくなくなるかもしれないわね」


 紅空の心が震える。人形としての本能――至上の喜びに、震えることしかできないのだ。


「コンクールは結局、わたしの望みを叶えてくれるものじゃなかった。誰もわたしを解ってはくれないし、わたしがここにいることを気付いてもくれない。なら、紅空をコンクールに出す必要なんてどこにもないわ」


 ユノエは、そう独白する。その意味は、紅空には理解できない、


「ねえ、紅空。ずっとそばにいてね」


 ユノエはそう言って、紅空に口づけた。


(……このままでも、いいのかもしれない)


 ふと、そう思う。今やカズヒトの病室に行く機会は減り、ユノエはその時間を、紅空や紫闇と共に過ごしている。

 学校も休みがちだ。時おり、ユノエと母親の口論が聞こえてくることがあった。

 けれど、そんなことは些細なものだ。

 自分を生んだものから、至上の愛情を与えられる。人形として、これ以上幸せなことはない。

 それに、ユノエを悲しませることが、ユノエの幸せに結びつくとは思えない。

 なら、このまま紅空として、人形として生きていけばいい。

 そうすれば、ユノエとずっと一緒に過ごしていけるのだ――。



「……なあ、紫闇」


 ユノエが部屋を出た隙を見計らって、紅空は紫闇にそう話した。

 悪い話ではないと思っていた。けれど、紫闇は表情を曇らせる。


「何だよ、悪いっていうのか……?」

「そういうわけじゃないよ、紅空。けれど、忘れてはいないかい?」


 紫闇の漆黒の瞳が、紅空を見つめる。

 赤い光に満たされた部屋の中においても、紫闇はただ一人、完全な闇をまとっている。

 硝子製の瞳から読み取れる感情は何もなく、紅空はまるで自分自身と向き合っているかのような錯覚に陥った。


「人形は、無条件で製作者を愛する」


 紫闇は静かに告げる。


「君は人形かい? それとも、人間なのかな?」


 紅空は何も言えなかった。紫闇もそれ以上何も言わなかった。

 人形の身に違和感を感じ、少女の姿に違和感を感じていたからこそ、紅空は自分がカズヒトだということに気付くことができた。

 だが、無条件でユノエを愛して、それを疑問にも思わない今の紅空は、人形以外の何物でもなかった。


「俺は人形じゃない……人間だ……!」


 噛みしめた唇から漏れた言葉。

 それは、紅空が『カズヒト』であるための言葉だった。



 ユノエはすぐに戻ってきた。

 その姿を見るだけでこみ上げてくる愛しさを認め、紅空は自分の意思に初めて嫌悪を覚えた。

 そしてそれは、すぐにユノエからも感じることとなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ