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【競演】 bar  シトロネラ

作者: seia

「競演:元旦ショート2015」に参加しております。作品テーマはあとがきに表記しました。


季節もへったくれもありませんが、読んでいただけたら嬉しいです。


 高校中退してバンド仲間と一緒に田舎飛び出して都会に来た。自分以外のメンバーはプロでやってくぞっていう意気込みが凄かった。ちょっと有名になれればいいや、なんて甘い考えだったから、ついていけなくて半年くらいで「辞めます」って勢いで言っていた。言ったその日に無一文に近かったことを思い出して、やっぱりバンドに戻りたい、って土下座までしたけれど時すでに遅しってやつで総スカン。

 困った挙句にダメ元で、繁華街で女の人に声かけたら何人目かで当たりを引けた。顔だけはいい、と高校のときにいわれてたのが役に立った。

 その人は普段OLをしてるみたいで、朝から夕方までは家にいない。その間のことは深く追求されないし、ご飯以外の家事をしとけばお小遣いもらえて、彼女の手作りご飯にもありつける最高の生活がそこにあった。

 そうこうして一週間。その人は突然、お金持ってそうなギラギラした男の人連れてきた。友達かな? って思って話に混ざってたけど、自分のいる前でイチャつきだしてきたから、居づらくて家を出るしかなかった。突然なことだったから体一つで。

 それから六時間……。少し前に彼女の家に寄ってみたら電気はついてるのにインターホン鳴らしても出てきてくれなかった。

 もしかしてこれって宿無し? 

 不安というかどうしていいかわからない。彼女の家で彼女の言う通りすれば生きて行けたのに。どこで夜を過ごしていいかわからなくて、とりあえず彼女の家の前にある公園にいることにした。そうすれば家に来た男の人がいつ帰ったかわかるし、もしかしたら彼女が気にかけて見つけてくれるかもしれない、と思って。


「ねぇねぇ君なにしてんの?]


 誰もいない公園のブランコに腰かけて揺らしていたら、急に声をかけられてビックリした。ビックリしすぎて落ちそうになった。


「あ、ごめんごめん。驚かせてしまったね」


 夏の夜空に似合わない、黒スーツに身を包み、少し大きめの黒縁めがねをかけた女の人が立っていた。薄茶色長い髪の毛が風になびいていてなんだか可愛い。女の人っていうより、女の子と呼ぶほうが合ってそうな子だった。


「ねぇ、君、どっかで働いてる?」


「え?」


 会った早々おかしなことを聞いてくる子だ。


「私、こういうとこで店長やってるんだけど、スタッフ探してて」


 差し出された名刺に"bar シトロネラ"という文字と肩書き。そして名前があった。"九重 ハルカ"と。


「くじょーさん?」


「えぇ? 振り仮名書いてあるんだけどなぁ。ココノエだよ。ココノエ。で、君はうちで働く気ある?」


「え、いや……」


 会って数秒、しかも内容知らないで"やります"とは言えない。まぁ見た目小奇麗だし"ヤリたい"とは思うけれども。夏なのに露出しないで、パンツスーツっていうのがちょっとそそる。


「じゃぁ質問を変えるね。お金なかったらうちで働きなよ」


「は……い?」


 まぁ、金持ち臭が出てるような格好じゃないけど、まるで持ってないでしょ、と決めつけてドヤ顔されても……。


「うち、審査甘いから身分証持ってなくても大丈夫だよ」


 その時点で怪しいお店じゃないか。ちょっといい女の子、と思ったけど関わるのはやめておこう。あの家に行って財布だけでも取ってこよう。その中に俺の全部が入ってるわけだし。ジャラと音を鳴らしてブランコから降りた。


「いい話だと思うんだよ? 衣食住も提供できるし」


 話しがうますぎる。身分証なくても働けて衣食住もついてる? バカだけど、そんないい話には絶対裏があるってくらいわかる。無視無視。そのまま女の子の脇を通ろうとすると通せんぼうをされた。


「ねぇ? 話がうますぎるって思ってる? ……うますぎるけど、一回でもいいからうちに体験来てよ。お願い」

 両手を合わせて、目を潤ませてお願いされた。涙目はずるい。顔もそれなりにいいから余計に。


「早くスタッフ入れないと私の小指が飛ぶから、ね? お願いっ」


 ぎゅっと手を握られた。目の中に小さい星がいっぱい見えた。キラキラして可愛い。そう思ったと同時に二つ返事をしていた。


「ありがとう。じゃぁ、このまま行こう! ね? これからちょうど忙しくなるし」


「え? えぇぇ??」


 ひきづられるように連れて行かれた。ギラギラしたネオン街の片隅に。

 その一帯は比較的新しい店、ちょっと古そうな店が入り乱れている場所だった。初めて足を踏み入れるところで落ち着かない。一体なにが待ち受けているんだろう。


 変な店だったらどうしよう。不安に思った反面、そんなに苦労しないでお金が稼げるかもしれないっていう小さな期待もあった。よくよく考えたら六時間も経ってたっていうのに、男の人は出てこないし、呼びにも来てくれなかったっていくことは愛想尽かされたんだよね。気付くの遅いかもしれないけど。だから新しい玩具(おもちゃ)を連れてきたんだろうし。はぁぁ、このまま田舎に帰るお金もないし、条件良かったらお金たまるまで働こうかな。あ、でも身分証なくてもいいって言ったあたりが気になるなぁ。


「ここがうちのお店ね」


 そう紹介され顔をあげると、真っ黒な壁面に店名をかたどったごつい文字と申し訳なさそうについている金色の取っ手があった。見た目からして気軽に足を運べる雰囲気ではない。でもその取っ手を引いて店長さんは進んで行ってしまった。

 そうだ! 相手は女の人だ。なんかマズイと思ったら蹴飛ばしてでも出てくればいいんだ! 一人で納得して自分も中へ入った。


「エンジくーん、新しい子連れてきたよっ」


 お店の床をモップかけている人に声をかけた。"エンジくん?" 男がいるのか!? 


「あ、やっぱり帰り……」


 ます、と続けようとした瞬間眉間のところにモップの柄がすれすれに近づいていた。


「うわっ、なにすんですか!」


「いいところに来た。これで店の中を掃除しといて」


 自分より背が高く、黒服に身を包んだ男の人が無表情でモップを突き出していた。


「え、あ、あの」


「掃除くらいできるよね? えっと……名前なんだっけ?」


 レジ付近でがさごそやっていた店長さんはこっちに向き直って無邪気な笑顔で聞いてきた。


「ハルカさん……。また素性のわかんないの連れてきたの?」


「だって困ってそうだったし、うちも困ってたし」


「あなたが可哀想なんで僕、この店にいますけど、またいい加減な奴だったら今度こそ辞めますよ?」


 ん? なんだこのエンジっていう人。雇われてるはずなのに上から目線な言い方だ。


「だ、大丈夫だよね? 君。働いてくれるよね? 働いてくれなかったら私と一緒に小指を切り落とそう?」


「はい?」


 なんだ? なに言ってるんだ? 一緒に小指切り落としましょう? 新手のなんとか詐欺? 心中詐欺?? でもこんな物騒なことはじめから言わないよな?


「ハルカさん。彼、怯えてますよ? やっぱり帰ってもらったほうがいいんじゃないですか?」


「そ、それは困る! あの人に約束しちゃったの。顔のいい男のコ店に入れるねって」


「は?」


 カウンターでグラスを拭いていたエンジとかいう人が険しい顔で店長を見ていた。


「ハルカさん、自分の保身のため事情の知らない人拾って献上しないでくれません?」


「だって……」


「だってじゃないですよ。まったく。はぁ。とにかくあなた帰ったほうがいいですよ。変なことに巻き込まれないうちに帰ったほうが」


「ダメッ。エンジくん、よく見て? この顔いいでしょ? ほんとはエンジくんにやってほしいんだよ? でも絶対やってくれないでしょ?」


「やりません。死んでも」


「だったら試しでやってもらおうよ? ね? 結構いけると思うんだこの子」


 レジ作業が終わったのか、こっちのほうに店長さんは歩ってきて、僕の頬をむぎゅっと両手で挟み込んできた。


「うん。いける。このつんと尖った鼻、薄い眉毛、薄い唇、肌の艶、それでもって死んだような瞳。世間を甘くみてるこの瞳!」


 目を輝かせて言われているけど、なんか最後のほう滅茶苦茶けなされているような気がするんだけど。


「でも大丈夫。心配しないで。ここで働くとその死んだような瞳が、ちゃぁんと生気戻すから。世の中の仕組みもよくわかるよ?」


「あ、あの……」


「髪の毛の具合もいいね。これならコテで巻けるし。ということで決まり!」


「ちょ、ちょっと」


 腕をひかれて店の片隅に連れて行かれそうになったけれど、慌てて振り払った。話が突拍子もなくてついて

 いけない。


「や、やっぱりいいです。帰ります。すいません」


「……帰るとこないくせに」


 ボソっと隣から低い声が聞こえてきた。


「え?」


 店長さんが出した声だろうか?


「普通ほいほいついてこないよ。困ってなければ」


「……」


「とにかく一回やってみて。それからどうするか考えてみて」


「でも……」


「でもじゃないの。開店まであと少ししか時間ないんだから」


 押し切られて、カウンターの裏に連れてこられた。二つ部屋があるなか、扉のない方に引っ張られた。

 そこには芸能人がよくメイクで使うような大きな鏡の周りに電球がついてるものがあった。鏡の前にはたくさんの化粧道具もある。一体それでなにをしようとしているんだろう? 店長さんがメイクするの、手伝うのかな?


「ささ、座って座って」


 鏡の前の丸椅子にどんと座らせられた。


「あ、あの」


「私のメイク技術は折り紙つきだから安心してね!」


 鏡越しの店長さんがウィンクして笑っている。


「え? あの」


「ヤケドしたくなかったらじっとしててね」


 フフフと低い声で笑うと、下手な医者のようにくいっと眼鏡を人差し指で持ち上げると、右手に髪を巻くコテと左には髪を留めるパッチンクリップを持っていた。


「あ、あの……」


「男は四の五の言わないっ」


 ドスの聞いた声にビックリして大人しくされるがままになった。とりあえず好きにさせてから逃げよう。

 が、好き勝手されて数十分。こ、これは一体どこに需要があるのか? というメイクと髪型にされた。鏡の向こうには間違いなく女の子が目をパチクリさせている。


「できた~。素材がいいからこってり化粧しなくても全然大丈夫ね」


「いや……ちょっと、これは……」


「あぁだめだめ。声の調子もうちょっとだけ高めに、たどたどしくしてくれる?」


「そんなんできませんよ。なんで女のメイクになってるんですかっ」


「え? 面白そうだからだよ。前からこういう子お店に欲しかったの。相手のお話聞いてあげるだけで大丈夫。まぁ時々お酒一緒に飲もうって言われると思うけど、お酒強いでしょ?」


「は? なんで?」


 お酒が強いってどこでわかったんだ? 否定はしないけれど。 


「っていうか、さっきの小指がどうのこうのって、嘘ですか?」


「……嘘じゃないよ。本当。売上落ちたら私の小指切られるか、売り飛ばされるかどっちかだから」


 急に暗い顔をされてしまった。話半分だと思ってたけど、小指がどうのこうのは本当みたいだ。でも小指を切るって極道の世界じゃないと聞かないような。ちらりと後片付けをしている店長さんを見たけれど、さっきの暗い顔はどこへやら楽しそうに、ハンガーラックにかかっている衣装を選んでいる。って、なんで全部ご丁寧にスリット入ってるんだ?


「君、細いから大丈夫だよね。胸元はショールで隠せばいいし、ペチャパイでも全然イケるほうだから心配しなくて大丈夫だよ」


 藍色みたいなロングドレスを持って微笑んでいる。はぁ、こんな化粧されて飛び出すに飛び出せない。とにかく一度だけ働いて逃げよう。それしかない。


「で、店長さん今日働いた分ってお金もらえるんですか?」


「出るよ。終わったあと、シャワーも貸すし、服も提供するからね。お腹すいてたらご飯も出してあげるし」


 ――――。ちょっと待てよ。なんかこれってただ人を変えただけで状況ほとんど変わってなくないか? 嫌な汗が背中に走る。


「今日以降もぜひ働いて欲しいんだよね。そうじゃなきゃ一緒に小指落とそう?」


 ドレスを腕にかけたまま、こっちの手を取ってまたキラキラ輝く瞳で見つめられた。軽くおどされてるとわかっているのに、また勝手に頷いていた。

 あぁぁもう、なるようになれだ。どんな客がくるかわからないけど、やってやろう。

 ドレスに着替えてフロアに行くと開店準備を終えたらしいエンジさんがカウンターでぼうっと座っていた。


「あ、あの、よろしくお願いします」


 裏声使って話しかけたら、驚いて椅子から転げ落ちそうになりながらこっちを見てきた。


「……あんた、さっきの人?」


「はい」


「化けるもんだね。……客の相手で困ったら俺かハルカさんにすぐ言うこと。わかった?」


 ずれた椅子の位置を治しながらぶっきら棒に言われた。怖い雰囲気だと思ったけれど、少しだけ親切な人なのかな?と思った。


「で、あんた名前は?」


「あ、アオイです」


「よろしくねアオイくん」


 後ろから肩を叩いて手を差し出した店長さんがいた。揺らしていた髪を一つに結んでいる。


「よ、よろしくお願いします」


 差し出された手を握りながら、頭を下げた。

 そういえば、働くってコンビニのでバイトくらいしかしてないなって気づいた。どんな客を相手にするかわからないけれど、とにかくやってやろう。……続くかわからないけれど。

 

作品テーマは「再出発」でした。



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