第二章
黄昏の光が、海を黄金色に染めていた。
真琴は神社を左手に見ながら、緩やかな勾配を下る。
向かっている先は、祖母が言っていた鳥居がある浜辺……歩いて行くと一時間弱と言ったところだろうか。
「離された心一つにならん……か」
眼下に広がる海の輝きを眺めながら、真琴は祖母が口にした言葉をなぞった。
昼間に祖母から聞いた言い伝えの話―
戦で死別した恋人同士……悲劇の結末を迎えた二人が年に一度だけ会う事が許され、しかもそれが偶然にも今夜だと言うのは、いささか出来すぎた話ではないだろうか。
「それに……」
もし、言い伝えが本当だったとしても、一体何が起こるのだろう……光の船とは?
湧き上る疑問に答えを見つけようとするものの、謎は深まるばかりだった。
「まあ、でも……」
祖母の言う鳥居に行ってみれば、全ては明らかになるだろう。
それに、家の中にずっといて教科書とにらめっこしてるよりは、よっぽど気分転換になる。
真琴がそう結論を出したその時…突然、背後で叫び声が起こった。
「危ない!」
「え?」
咄嗟に振り向いた真琴の視界いっぱいに、突進してくる自転車が飛び込んできた。
驚きに目を大きく見開く真琴。瞬時に危険は察したものの、体が硬直して言う事を聞かない。
真琴は覚悟を決めると、後の事は神様に委ね目を閉じた。
神様はそんな真琴に慈悲を与えたのか、間一髪―
自転車は真琴の体数ミリ先をかすめていくと、そのままのスピードを保ち電柱に進路を取った。
断末魔を思わせるブレーキの悲鳴の直後に、何とも言えない鈍い衝突音、哀れな叫び声が響き渡り……静寂が訪れた。
どうやら祈りは通じたらしい……
危機が去った事を肌で感じながら、真琴はゆっくりと目を開けた。
真琴の数メートル先の電柱には地面に横たわる自転車が見える。衝突の勢いなのか、今だにホイールのスポークが回り続けていた。
その脇には真琴と同じくらいであろう年の少年が、地面にうずくまっていた。痛みを堪えているのだろうか……少年は低いうめきを上げながら、腰のあたり手でさすっている。
その近くの地面には少年がかけていたであろう黒ぶち眼鏡が転がっていた。
かなりの惨事ではあったが少年に深刻な怪我は無いようで、既に自力で立ち上がろうとしていた。
真琴は安堵に息をつくと、恐る恐る少年に近づく。
「あ、あの……大丈夫ですが?」
あまり大丈夫そうではなかったが、他にかけるべき言葉が見当たらなかった。
少年は呪いの言葉ともつかない声を上げていたが、真琴の声が耳に入ると慌てて体を起こした。
「き、気にしないで、僕自転車がどうも人より下手くそで。それより怪我は……?」
少年はそう言うと、急いで地面に落ちている黒ぶち眼鏡を拾う。
視界がぼんやりしているのか、何度か首を振り眼鏡をかけると、真琴の顔に焦点を合わせた。
「あ!」
真琴と少年の目が合った時、二人はほぼ同時に声を上げた。
間違いなく知っている顔であった。
真琴は記憶の中を大急ぎで検索すると、一人の人物を特定する。
「博……士?」
ゆっくりと確かめるように、かつてのクラスメイトに問い掛けていた。