特機
「孔雀、合図したらそこの柱の陰に飛び込め。こいつは僕が相手する」
「……大丈夫なの?明らかに装備が異常だけど」
これまでには見せなかった真剣な表情で臥竜がうなずく。しかしその鋭い視線は一時たりとも機械兵から外れない。
「ああ。何があってもこいつを倒して、孔雀を守り抜く」
「え、そう?……ありがとう」
臥竜は何気なく言ったようだったが、孔雀はその言葉に頬を染めた。当然だが、臥竜にはその変化を見る余裕などないし孔雀の顔の温度が上がったことを感知する余裕もない。
「それじゃ行くぞ。3,2,1」
0.声に出した瞬間、臥竜は踏み込んだ。
本来なら銃身の下側に潜り込み、機械兵の本体を狙うところだが、今は何があろうとこの回転式機関銃を孔雀に向けさせるわけにはいかない。
「ハアッ」
臥竜の刀が跳ね上がる。刀身ではなく、下から打ち上げるような形で柄尻を銃身にあてる。
ガツンと殴り飛ばすようにして銃身の向きを強引に変える。直後、爆音とともに臥竜の頭上を弾丸の嵐が駆け抜けた。髪が二、三本宙に舞う。
「《熱量変換》最大展開!」
直後、刀がこれまでにないほど高熱化した。狙うは機械兵本体ではない。回転式機関銃の銃身の根元、機関部だ。
刃ではなく今回も柄尻を打ち込む。この部分であればどんな高温状態でどんなショックを与えようと壊れることはまずあり得ない。
機関部がゆがんだ。銃の部品であるからには多少の耐熱はしてあるはずだがどうやら耐えられなかったようだ。
(次でこいつの体を切る)
柄尻が上にあった刀がすばやく水平に戻される。そこから、機械兵の腹部へ突きをたたきこむ、が。
「!?」
手ごたえがない。
(なんでだ?明らかにかわせる突きじゃないぞ)
臥竜は今完全に無防備だ。渾身の前突きを外されたたらを踏む。しかしそれでも反射的に急所をかばうように刀を立てる。
機械兵の蹴りが迫る。たたらを踏んだ臥竜の鳩尾だ。臥竜はその蹴りを柄で受けた。
しかし次の瞬間、臥竜の予想をはるかに超えた起動を機械兵が見せた。
放った前蹴りに加えてもう一方の足で回し蹴りを放ってきたのだ。これには臥竜も全く反応できない。
「ぐほっ!」
完全に無防備な脇腹に一撃くらった。そしてそのまま、壁にたたきつけられる。
性能は明らかに異常だ。普通の機械兵なら回転式機関銃が破壊された時点で少なくとも一秒後までは行動を起こせない。しかし、訓練を受けていない人間ならそのまま何もできないのだからg動ける分機械兵の方が優秀だろう。
(いくら電脳とはいえ突然武器を破壊されたなら一瞬くらいの隙はできそうだがな)
こいつは武器を破壊された瞬間、いや|破壊されると思った瞬間《、、、、、、、、、、、、》武器を捨て、間合をとったのだ。
壁に体を預けたまま臥竜は必死に考える。敵はゆっくりとした足取りで歩み寄ってきている。普通の機械兵より、さらに足取りがしっかりしている。
(こいつはセンサーの性能もいいようだ。そうでなければさっきみたいな二段蹴りが放てる訳がない)
勝機がないわけではない。
一歩一歩機械兵が近づいてくる。臥竜は手の中の刀を確認して
「くらえ!」
突きだした。機械兵の急所とも言えるメインコンピュータのある腹部だ。ここさえ破壊すればどんな機械兵でも機能停止に追い込むことができる。
「はっ!」
他のことを思う余裕などない。臥竜は刀に並のコンピュータなら十台ほど破壊できる熱を叩き込んだ。
確かに手応えはあった。コンピュータは破壊されているはずだ。
直後、機械兵の手が腹部にわずかに食い込んでいる刀身を払いのけた。あり得ない。コンピュータは破壊したはずなのに。
臥竜が状況を飲み込むよりも早く、機械兵が体重をのせた前蹴りを放つ。
「くそっ」
臥竜もさすがというべきか、とっさに体をひねって蹴りをかわす。そのまま転がって立ち上がる。奇襲攻撃が失敗した以上倒れていると不利になるだけだ。
ピタリと刀が正眼で止まる。出口は機械兵の後ろ側だ。つまり臥竜に背を向けなければ廊下にいる孔雀に手出しはできないということになる。視線は機械兵からぶれない。臥竜の目がくまなく機械兵を調べる。
(見た目も熱源反応からわかるアクチュエータ類の場所も普通の機械兵と大差ない。強いて言えば体格が大きいことと筋力が普通より高いくらいか)
体格もよく筋力が大きければ確かに機械兵としては有能だろう。だがそこまでだ。肉弾戦において見せた驚異的な身体能力は説明できない。
(おそらくは大和製ではないな。帝華製か?だとしても帝華に大和を超える技術力はない)
と、機械兵の足のあたりがわずかに発熱する。臥竜は頭を切り替えた。今はこいつを倒すことに集中すべきだ。
機械兵が踏みこんできた。思いのほか速い。近距離戦は機械兵の苦手分野のはずだが普通の人間では瞬間移動に見えるほどの踏み込みだ。
しかし今度は臥竜も敵の実力を見ている。先ほどと同じ条件ではない。
キンッ、と刀と鉄の拳がぶつかり合う音が響く。臥竜は正面から拳を受けない。力をそらすようにして受け流す。臥竜の頬をかすめて砲弾のような拳が後ろへ飛んでいく。それを見届けた臥竜が攻勢に出る。
普通、刀で機械兵に斬りかかっても傷をつけるのが精いっぱいだ。しかし臥竜の能力を使用した高熱刃でさらに刀線刃筋をきれいに通せば切断も不可能ではない。
刀が赤く染まる。狙うは機械兵の首元だ。しかし、刀が首を飛ばす寸前機械兵がもう一方の手で刀をはじいた。軌道をぶらされた臥竜の刀が機械兵の肩のあたりをたたいてむなしい音を立てる。普通であればこれで攻撃終了だ。しかし臥竜はそこからさらに追い打ちをかける。
「《熱量変換》増幅!」
刀を曲げない程度に制限されていた能力が一気に爆発する。ジュッという音とともに装甲がゆがむ感覚が臥竜に伝わった。さらに臥竜はもう一歩踏み込んだ。ほとんど密着状態から今度は拳を打ち出す。
「ハアッ」
狙ったのは腹部だ。しかし今回はコンピュータの破壊が目的ではない。その中身を手で触れることによってより正確につかむため、文字通り腹の中を探るためだ。
(さっきのコンピュータへの破壊工作が通じなかったわけを見せてもらうぞ)
臥竜は触れてる部分からさらに奥の熱源反応を探る。これだけの兵器にコンピュータが積まれていないわけがない。ならば破壊できない理由として最も有力なのは奥にありすぎて攻撃が届かないことだろう。
(どこだ?どこにある?)
臥竜は探る。しかし見つかる気配はない。それどころかもはや金属製のものすら見受けられないような感じさえした。そう、こいつは
「メインコンピュータを積んでいないだと?」
臥竜は思わず声をあげた。機械兵の腹の中にはコンピュータなどなかったのだ。
さらに詳しく調べようとしたところで、臥竜の体が浮いた。今日二度目の被弾となる機械兵の膝蹴りが鳩尾に決まっている。
驚きで受け身も取れなかった。
臥竜は再度壁に叩きつけられる。
(……どうなってやがんだ。メインコンピュータなしでこの人間同等の動きを見せているのか?それとももっと別の場所にメインコンピュータが入ってるのか?)
謎だらけだ。機械兵の仕組みさえわからず、臥竜はもう一度立ち上がった。
蹴られた腹が痛む。こちらはすでに二発も攻撃をくらっている。対して向こうは近距離戦にはむかない回転式機関銃と肩の部分のわずかな装甲を失っただけだ。
考えるひますら与えない追撃が迫る。拳は前より大ぶりなっているがその分臥竜も消耗している。結局のところかわしやすさは変わらない。
(戦闘演算はコンピュータをはるかに凌駕されている……いや、コンピュータどころか人間やAIすら引けを取らないレベルだ)
拳と蹴りが交互に臥竜の急所を的確に狙って落ち込まれる。ずいぶん無茶苦茶な動きをしているにも関わらず、足元は根が生えているかのように揺るがない。
拳をかわし、蹴りをかいくぐる。しかし先ほどの一撃を最後に僅かも相手の体に触れられない。
右、左、上、下。大きな体格を生かした機械兵の連撃が四方八方から迫る。
「《熱量変換》!!」
臥竜が能力を展開。一瞬だが機械兵の攻撃に隙間を作る。
その隙をついて臥竜はいったん大きく間合いを取った。この機械兵は明らかに近距離戦に特化されている。ならば間合いを取ったほうが得だと判断したのだ。
しかし謎の頭脳によって動く機械兵はさらにその上を言った。
パンッ
機械兵が取り出したのは拳銃だった。臥竜が離れてから一秒もたっていない。
「!!」
当然臥竜はこんな状況を予測できるわけがない。それでも刀で何とか跳弾させようとする。
高熱を付与する時間すらなかった。ゆえに弾は直接、勢いを殺さずに刀を弾き飛ばした。
ビイィィィンという音とともに刀が天井に突き刺さった。
(くそっ。何一つ通じねえのかよ。いったいどんな仕掛けを使ったらこんな機械兵ができるんだよ)
銃口が臥竜の額をポイントしている。今跳躍して刀をつかみ取ることも不可能ではないが確実に撃たれる。
動けない。臥竜は状況を打破するための方法を探した。しかしここは倉庫でもなんでもなく、ただの空き部屋だ。《熱量変換》は他の物の温度を変えることで真価を発揮する。何もないところでは空気温めることで軽くけん制するくらいにしか使えない。
いよいよ捨て身で特攻するしかなくなったか、と臥竜が覚悟を決めかけて時だった。突然室内の奇跡的に無傷で残っていたスピーカーらしきものが声をあげた。
もう五年も聞いていなかった気に入らない中年の声だ。
『やあ、臥竜君、まだ生きてるかい?』
臥竜は返事をしようかどうかに迷ったが、そのあとに言葉が続かないのを聞き相手が返事を求めているのだと判断した。
「……ああ。おかげさまで。今更何の用だ」
『おや、私のことを覚えていたかね?それは感激だな』
「御託はいい。覚えるも何も軍の中で個人的にも隊全体的にも一番嫌いだったやつの声を忘れるか」
スピーカーから不阿の笑い声が聞こえた。
『私もずいぶんと嫌われたものだ。まあいい。本題に入ろう。単刀直入にいう。投降しないか?』
「はっ……何をいまさら。これだけ痛めつけられて寝返るとでも?」
『確かに君は危険人物だ。しかし今の戦闘を見て殺すのには惜しい人材だと思ってね。知ってるかい?その機械兵と一分以上たたかったのは君が初めてなんだ。どっかの小娘も一撃だったしね』
”どっかの小娘”という言葉に臥竜が眉をひそめる。
「……手駒は、岸手駒は生きてるのか」
『生きてるさ。要するに君と同じ状況だよ。悔しいけど彼女も殺すには惜しい人材なのでね』
「……僕が投降したら彼女の命を保証してくれるか?」
『君は今交渉できる状況下にあるのかい?今できることは無条件降伏だけなんだよ。君はだれも救えないよ。岸も廊下にいる孔雀もね』
「そうか。ならば僕はここで華々しく散ろうか」
『つまり投降の話はのんでくれないのか。残念だ。それじゃ死ね』
不阿の言葉が終わると同時に機械兵が動いた。すぐさま横へ転がる臥竜の横を弾丸がかすめる。
すばやく立ち上がった臥竜は突撃してくる機械兵を迎え撃つ。
その時だ。臥竜は一瞬違和感のようなものを覚えた。何か決定的な違和感だった。
攻撃を中断した臥竜は背後の壁を使って三角跳びで機械兵の頭を超える。そして再度大きく間合いを取った。
そこで臥竜は見た。
この機械兵の核心をつく、ありえないものをだ。
「不阿!!てめぇ!なんてことしやがんだ!お前はそれでも人間か!」
僅かながらも自分と重なるところがあったからか。臥竜はたった一つの違和感ですべてを知った、いや知ってしまった。
臥竜が見たもの、というよりは視たもの。
機械兵の内部。そこには先ほどまではなかった熱源反応がある。それほど高温ではない。せいぜい40度といったところか。形や温度からも容易に推測できる。人間(、、)だ。
この機械兵に人間がのりこむような装置はついていない。そんなものがあれば臥竜は一番に狙っているだろう。
つまり。この機械兵の中に見える人間は|部品として組み込まれているということ《、、、、、、、、、、、、、、、、、、》に他ならないのである。
すいません、まだ続きそうです。
もう少しおつきあいお願いします。