大都
(敵は六人。武器は小銃に軍刀か。機械兵の中じゃスペックは低い方みたいだ)
臥竜はざっと敵を見渡した。次の瞬間、半円を描くようにして臥竜らを包囲していた機械兵が同時に動いた。いや、正確にはほんの僅かだけ時間差がついている。多人数で戦う際はこうした方が効率がいいのだ。
「へえ、なかなかいい動きだ。でもな」
臥竜の目の前に一体目の軍刀が迫った。続けて二体目の蹴りと三体目の突きもほぼ同時に放たれている。
「……甘いな。《熱量変換》展開!」
陽炎が立ち上る。臥竜のまわりの空気が高熱化する。一体目の戦闘起動がわずかに遅れた。その隙を逃す臥竜ではない。
臥竜は本体の武器の扱いは部隊内でもトップ3くらいには入っていた実力者だ。機械兵の相手など造作もない。
一体目の斬撃をかわすでもなく前に出る。刀に限らずある程度の長さを持つ武器は攻撃に最適化した部分というのが存在する。刀やこの軍刀は場合、「切っ先三寸」と言われる先端近くの刃だ。刀を振った場合その部分は攻撃に適した速度になるが手元はそうもいかない。
間合いを外された機械兵が上から強引に押さえ込もうとするより早く、臥竜は機械兵の体の中心部に触れた。
機械兵のセンサーなどは概ね人間に近い形でつけられている。顔にはマイクやアイセンサーなどが取り付けられ、胸部には動力炉が心臓のように入っている。しかし、機械兵に消化器官はいらない。人間の腹部はほとんど空っぽでよいのだ。
ならばそこには何を入れるべきか。
そこに入っているのは重すぎて頭部には納められないメインコンピュータなのだ。五年間のブランクがあるとはいえ、軍の戦友として戦っていた臥竜がそれを知らない訳がない。
熱量変換、収縮。最大展開。
刀を打ち直すことすらできる高熱が熱に弱いとされるコンピュータを襲った。
ブツンという音と共に一体目は機能停止に追い込まれる。
臥竜はそのまま止まることなく二体目と三体目の攻撃を掻い潜る。二体目の蹴りの下に潜り込むようにしつつ、機能停止した一体目を盾に三体目の攻撃をかわした。そのまま二体目のコンピュータを破壊。
身をひるがえして三体目の腹部を狙おうとしたのだが、そこで三体目とは全く別の方向に熱源反応が動くのを感じる。
「悪くないね。飛びかかったのは三体で後は援護射撃ってか」
普通の人間ならそこからから体をひるがえさなければ回避できないところへ小銃の銃弾が迫った。しかし臥竜はそちらに顔を向けもしない。熱源反応だけを頼りに右手の刀を振り上げた。
ジュッという音がして弾丸が溶けた。彼の刀は特別に熱に非常に強く作られているため、臥竜に能力によって温められてもどうということはないのだが、弾丸は違う。溶けて蒸発こそしなかったが、液体になった弾丸に刀をたたきおって持ち主を殺すなど無理な芸当だ。
振り上げた刀を今度は下ろすことなく三体目のコンピュータに突き刺す。わずかしか食い込まなかったもののその熱は確実にコンピュータを機能停止に追い込んだ。
残る三体が撤退しようとした。肉弾戦闘においては人間をはるかに凌駕する機械兵がほんの数十秒で数を半数まで減らされたのだ。当然である。
小銃を構えたままジリジリと後退する。しかし、臥竜もそれを見逃さない。
「わりーが、こっちにも聞きたいことがあるんだ、ちょっと付き合えよ」
臥竜が走った。足元の空気の温度を上げて膨張させ、加速させているのだ。
小銃の銃身が真っ二つになった。そして、それを持つ機械兵がその事実に気がつくより早くセンサーがたくさん装備されている首を狙う。
芸術品のような切断面をさらしながら機械兵の首が跳んだ。
残りの二体が同じ運命を辿るのも時間の問題だ。
「大都製のもので間違いないわ。コンピュータに必要以上にプロテクトがかかってたから、私対策をしてきた見たいね」
孔雀の手のなかにあるのは頭部のない機械兵だった。当然臥竜が先ほどまで戦っていた相手である。なぜこの機械兵を《思考干渉》の対象にしているかというと、この個体は首がないだけだからである。つまり大半のセンサーを跳ばされて、立つことすらままないのだがコンピュータは生きているのだ。しかも、大都との通信もまだ途切れていないらしい。
つまり、彼女はあえて《思考干渉》を使用したことが敵の中枢にばれてしまうような個体を選んで、これ見よがしに情報を引き出して見せたのだ。
「やっぱり、大都の連中は私を追ってるみたいね」
「そうみたいだな。どうする?こいつは敵のボスに繋がってるんだろ?なんか言っとくか?」
臥竜が孔雀の手から捨てられて地面に転がった機械兵をさして愉快そうに笑う。
「そうね……それも面白そうね」
「なんだと?機械兵部隊が全滅だと?」
「ええ。そのようですよ。残念でしたね」
大都のほぼ中央に位置するコンクリート造りの建物の三階。無数のモニターが並ぶ今の大和国では最高といえる軍事施設だ。
そこに座っているのは五人ほどの男達であり、その上司の顎髭の男、元大和軍参謀長補佐である不阿鎮武少将だ。そして、その場にいてなおかつ不阿の部下でもない女性。言うまでもなく岸 手駒中尉である。
「貴様……その事を伝えるためだけにわざわざここへ来たというのか」
「私は斥候機械兵を通していち早く情報を掴みましたので」
不阿が顔をしかめた。ギリギリという歯ぎしりすら聞こえる。
怒りの視線を真っ向から薄笑いを浮かべた顔で受け止める岸。
一触即発の空気。だが、即発する前に部屋中のモニターが真っ赤に点灯した。
「な、なんだと?おい、どうなってる」
もはや、小娘にかまっていられる状況ではないと、ただならぬ緊張が不阿の脳内を駆け抜けた。
「おやおや。なんだか大変そうですね。では私はこの辺で」
不阿の目線から解放された岸は、たっぷりと皮肉を込めた台詞を残し出ていった。しかし、不阿にそれを返している余裕などない。
「なんだ、原因は何なんだ」
「どうやらウイルスに感染したようです!」
「ウイルスだと?一体どこの回線から送り込まれたんだ!出鱈目いうな」
この部屋のコンピュータのセキュリティはかなり高度なはずだ。そこにウイルスが送り込まれるなどあり得ない。しかし、不阿の自信は次の瞬間、絶望に変わった。
「音声……いえ、動画ファイルです。動画ファイルが送られてきました!」
「…………」
セキュリティは簡単に突破されていたようだ。
『はあ~い。マイクテスト。聞こえてますか?』
動画ファイルは送られてきたどころかモニターを一つ乗っ取り、再生まで行っていた。
『こちら元虚数部隊の孔雀よ。いい度胸してるわね。あれだけの兵力で私を捕まえようなんて。こんながさつな作戦を仕掛ける人なんて大体予想がつくけど、たぶんあの顎髭のおっちゃんだよね。どお?当たってる?』
「あの生意気なガキが消えたとたんに……」
『しばらくはおとなしく水面下で動くつもり立ったけどこうなっちゃそうもいかないわね。あ、今度はそんな親父じゃなくって手駒ちゃんぐらいに指揮を取らせた方がいいよ。そいつじゃ荷が重すぎるしね』
実年齢ははっきりと知らないが、少なくとも見た目は十五、六歳の女にばかにされて不阿の怒りが沸点に達したようだ。もう顔が赤くなったり青くなったりと目まぐるしく変わる。
「今すぐ第二隊を出せ!!数は倍にして、戦闘起動のリミットも外せ!!」
「はっ!」
部下の一人が部屋を出ていく。不阿はウイルスにより「Error」の文字を映し続けるモニターを見ながらうめく。
「くそっ……どうしてあの計画の完遂寸前でここまで邪魔ばかり起こるのだ……!」
「くくくっ、今頃不阿の奴、どんな顔してるかな」
「何を送りつけたのかは知らないけど、相変わらず君にかかってはどんなセキュリティも紙同然だね」
「あんなものはただの飾りみたいなもんよ」
足元の機械兵は今度こそメインコンピュータを破壊され、横たわっている。孔雀はこの機械兵を使って大都にウイルスとメッセージを送りつけたのだ。
「さて、どうする?第二隊が送り込まれてもおかしくないけど」
「そうね。あいつの性格からして、戦闘リミットも外してきそうだしね。正面からぶつかるのはヤだし、ここから移動しましょ」
「了解」
臥竜は立ち上がってあたりを見た。今のところ第二隊が来ている様子はない。斥候の機械兵はいまだどこかに隠れているかもしれないが今の装備では探しようがない。
だからこそ、見つけた時には目を疑った。
右斜め前方の木々の中に熱源反応発見。大きさや熱量からして機械兵だ。
「孔雀……あれはどういうことだと思う?罠か?」
孔雀もあれほど完璧なステルスを張り巡らせていた斥候機械兵がいきなり臥竜に熱源反応に引っかかったことに、その真意を読めないでいた。
「……機械兵の誤作動ってのが一番考えられるわ。でも斥候にはあってはならない誤作動よ。罠の可能性も十分にある」
「倒しとくべきか?」
臥竜に手が一度納められていた刀にかかる。すでに抜刀体制だ。
孔雀はしばらく考えてから、攻撃を承認した。
「いいわ。倒して。斥候を壊させてくれるなんて願ったりじゃない。だけど壊さないで。コンピュータから情報が引き出せるようにしといて。くれぐれも罠には気を付けてね」
「承知!」
孔雀に言葉が終わると同時に臥竜が走り出した。熱により生み出した空気圧で敵との距離を一瞬で詰める。
機械兵は驚いたことに最初の位置からわずかも動いていなかった。いよいよ怪しい。
臥竜は機械兵よりも周りの熱源反応に気を配りつつ突撃する。
「?!いない、だと?」
伏兵などいなかった。少なくとも戦闘起動ができるほど待機態勢が整っている反応は皆無だった。
音もなく臥竜の刀が抜き放たれた。そしてそのまま居合の一撃が斥候と思われる機械兵の首にあたる部分を狙う。
首はあっさりと落ちた。何の抵抗も見せることなく、だ。罠でもなんでもなかった。ましてや誤作動でもない。あの機械兵は斬られるためにわざと自らの位置を示していたのだ。
明らかに何者かの思惑によって。
臥竜が斥候を切ったころ、大都では孔雀捕獲部隊の第二隊が急ピッチで編成されていた。
「少将、ほかの指揮官からの援助が届きました。今、隊に組み込んでいるとのことです」
「そうか。かかったな……虚数部隊が逃げ出すわ、その捕獲と始末は失敗するわでどうなるかと思っていたが、災い転じて福となすというやつだな。これで予定よりも早く計画を実行に移すことができた」
不阿は歪んだ笑みを浮かべた。戦争は終わっているというのに、彼はまだ戦時中なのだ。
「あとは岸のガキだが、あいつはたいした戦力は持っていない。計画を邪魔されんように監視だけ付けておけ」
「はっ!」
報告をした兵士は、新たな命令をうけ戻っていった。
と、その時だ。不阿の無線機にいきなり通信が入った。発信元は岸だ。
「何の用だ。お前に頼む様なことはないぞ」
発信元を見た瞬間、明らかに機嫌を損ねた不阿は不機嫌に叫ぶ。
『何よ、せっかく孔雀の居場所を教えてあげるってのに……場所はさっきの場所からかなりのスピードで東方へ。早くしないと逃げられますよ?』
言うだけ言った通信はそのまま切れた。不阿は舌打ちをしながらも自分の計画が誰にも知られていなかったことに安堵した。
彼の計画とは、参謀長他、元軍の幹部の抹殺。つまり今の大和国を担っている人間を消してしまおうと言うことだ。
「さてと、どう動くか見物だね。下手すると私の命もないんだから、気合が入るわね」
そこは確かに大都の中に建つ唯一のコンクリートビルのなかなのだが、この部屋の存在を知るものは岸だけだ。
巧妙に隠された入口に物理的、電子的にも完全に隔離された部屋。
その真ん中で様々な機器に埋もれるように座っているのは、二十歳くらいの女性。岸だった。
その手には無線機が握られている。
「せっかく臥竜君もかえってくるんだし、この歓迎パーティーはなかなか面白そうね」
やっと(自分的には)面白くなってきたかと……