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旅路

「なるほど。まあ、無事に戻って来たことだし。よかったわ」

 臥竜の回想はだいたい予想通りだった。

「あ、そうだ。君を見つけたら聞いておこうと思ってたんだけど、例の帝崋の特殊攻撃ってどんな感じだった?」

「分からない。ただ、強力な電波妨害があのへん一帯に巡らされてた」

「たしか、霧のようなものが基地を覆ったとか……。大和軍の方では毒ガスによる攻撃だと判断しているの」

「しかし、毒ガスなら基地にガスマスクもあったことだし全滅ってことはないだろ。虚数部隊員は機体に逃げ込めば密閉されるわけだし」

「ええ。でも、それ以外考えられない。あれだけの広範囲にわたって敵を殲滅できる兵器なんて……」

 大和が劣勢に立たされた最大の要因、そしてたくさんの仲間を、部隊員の命を奪った攻撃だ。とくに脳に適正があると診断される以前、すなわち研究段階から下っぱとはいえ虚数部隊に関わっていた孔雀だ。部隊に対する思い入れは、他の部隊員に比べても人一倍強い。

 だから彼女は大和軍を脱走してまで臥竜を探し続けていたのである。

 できることならこのまま南西諸島に向かってそこで消えた龍馬も探したいし、もし軍の協力が得られるなら大陸に渡って獅鷹や天馬、飛燕も探したい。

 しかし、軍は虚数部隊の再編は必要ないとした。大和はもともと戦争を望んでいなかったのだから当然といえば当然である。

「ねえ、臥竜君。私はこのあとも他の部隊員を探そうと思うんだけど、臥竜君はどうする?」

 すると、臥竜は迷いなく即答した。

「もちろん君と一緒に行くよ」

「そう……ありがとう」

 久しぶりに仲間を得てその温もりを感じた気がした。


 休息期間と定めていた三日間はあっという間にすぎ、臥竜と孔雀はしばらく世話になった集落を後にした。

「本当にありがとうございました。あなたがいなければ僕は死んでいましたから。このお礼ができなかったのは残念ですけど今度あったときにでも必ずしますから」

「いやいや。天下の虚数部隊の方と話せたんです。それだけで十分ですよ。孔雀さんも気を付けてくださいね」

「はい。それでは、お元気で」

 見送りは集落総出でやろうと言う話もあったようだが(どうやら大半は孔雀を一目見ておきたいという若者たちらしい)二人の正体を知っている元整備士が止めてくれたのだ。そんなわけで集落の外れで手を振っているのは中年を過ぎた男性一人だ。

「ずいぶん時間潰しちゃったからね。早いとこ南西諸島に向かいたいんだけど、体、大丈夫?」

「もちろんだよ。問題なく動く。……なんかやけに心配してくれるな。部隊にいた頃は骨折してても機体に放り込んでたくせに」

「ば、ばか。あんたが動けなかったら、もし追っ手が来たとき戦える人がいないじゃない。君はともかく私は軍から逃亡してる身なの」

 顔を真っ赤にしながら顔の前で手を振り回す孔雀を見ながら、元整備士は二人に聞こえないような声で呟いた。

「臥竜君が目覚めたあと、泣きじゃくってたのは黙っておいた方がいいかな?」

 ともあれ、二人の新しい旅が始まった。


 時を同じくして、大和国の首都《大都(たいと)》。

 戦争末期には帝崋の空襲に焼かれ、焼け野原になっていたのだが今はそこにプレハブ小屋が立ち並び市が開かれるまでに復興していた。

「っらっしゃい。今日は生きのいいのが入ってるよ」「奥さん、うちの野菜、買っていきなよ。安くしとくよ」「こいつはあの虚数部隊にも使われてた素材だ。軽くて丈夫で何より錆びにくい。どうだい?」

 威勢のいい声が飛び交う。そんな市の程近く、台風でも来れば飛んでいきそうなプレハブ小屋のなかに、もう一度空襲されても崩れないんじゃないかと思われる鉄筋コンクリートのビルがあった。ビルといっても三階建ての小さなものだが、一階建てどころか一階すらままならないプレハブ小屋のなかではやはり異質だった。

 その中には、かつての軍人たちがつめている。臥竜や孔雀の元同僚たちだ。

 円形のテーブルを囲み、額を付き合わせていた。

 議題は今も見つからぬ脱走者、孔雀のことだ。

 今まで、もっと下の方の部署で捜索チームが組まれていたのだが、捕まえるどころか手がかりさえ掴めないという有り様だったため、ついに幹部がこうした会議を開くこととなった。

「しかし……なぜ孔雀は逃げ出したのか、その理由が知りたいな」

 中年の軍服の男が呟く。彼は元軍の参謀長だ。

「ほぼ人間とはいえ彼女一人でもこの国を亡ぼすことができる。野放しにしておくには危険すぎ」

「そういうと思って、斥候は放っています」

 男の声が遮られた。全員の視線が遮った声の方に向く。円卓の中でも一番扉に近い位置でその声の主は座っていた。まだ二十歳前後の女性だ。かなり年輩であろう他のお偉いがたに臆する風もなく、凛としていた。名はきし手駒てごまという。

 岸はかつて虚数部隊を指揮していたともいえる人間だ。

 虚数部隊は本来、軍の指揮系統から外れている部隊だ。何しろ「虚数」なのだ。制御するのは難しい。しかし、無制御というのも望ましくはない。

 そこで派遣されたのが、若干十三歳にして入隊テストを通過した岸だった。

 軍の最年少である彼なら若者を中心とした虚数部隊と軍の架け橋になってくれるだろう、と思ったのだ。

 実際その思惑は当たった。岸は異能集団であった虚数部隊に溶け込み、軍と部隊の重要な接点となった。

 彼女は虚数部隊の参謀として、事実上部隊を指揮していたのだ。今いる人間のなかでは最も虚数部隊に詳しい。

「斥候、とは場所を探るためのものだということだな。そのあとどうするか聞かせてもらおう」

 声をあげたのは参謀長の隣に座る顎ひげの男だった。正直、岸はこの男があまり好きではなかった。たぶん向こうもそう思っているのだろう。さんほうこあ

「……ああ、そこの判断は全てあなた方にお任せしますよ。必要とあらば私も出ますけど、なにぶん彼女は身内のようなものですから」

「そうか。なら、場所がわかり次第知らせてくれ」

「場所くらいなら分かってますよ。今は大都の北西といったところですか。西へ向かって移動しています。どうします?捕まえなくていいんですか?」

 彼女の挑発的な物言いに顎髭の男は隠そうともせず、あからさまに顔をしかめた。彼女の言葉の裏には暗に「私がここまでお膳立てできたのに、まさか出せる人員すら確保してないなんて言わないわよね」という皮肉が込められていることに気付いたからだ。

「……そこまで分かっているなら、なぜお前が動かない」

「あら、さっきいった通りよ。身内みたいなものだから捕まえるなんて真似はしたくない」

 そういうと彼女は円卓に背を向けるとすぐ後ろのドアから出ていく。そして、誰にも聞こえない声で呟いた。

「捕まえようなんて。甘く見すぎ。せめて下手にでないと話にならないわ。いっても聞かないだろうけどね。あの髭親父は」


「ん、美味しい。おばさん、もう一皿」

 はいよー、という声と共に団子の乗った皿を持った女性が出てくる。

「お前……まだ食うのか」

 隣では臥竜が呆れ返っているが、孔雀に気にした様子はない。

「全く、たいして歩いてもないのに茶店に入ろう、とか言い出すからなにかと思えば」

「いいの。最近甘味なんてほとんど食べてなかったんだから」

「金がないとか、言ってなかったか?」

「それなら、ほら」

 孔雀は手に持った団子の串をくわえると、着ている着物の懐に手をやった。そこから出てきたのは、

「って、おい!僕の財布だろうが!ないと思ったら」

「君を助けた時にちょっと失敬したのよ。命の代金が三千円そこらですむなら安いと思わない?」

「中身までチェックしてやがる……」

 しかし、「命の代金」といわれると臥竜に反論の余地はない。

「ヘイヘイ……好きなだけ食べてください」

「ありがとー。おばさん、後二皿追加で」

「……脳以外にも胃もサイボーグ化してんじゃないだろうな」

 あきれ返って言葉もない臥竜だが、目は団子をほおばる孔雀に向けたまま何か違和感を感じた。

 見られている。

 実は臥竜の能力には副産物がついている。

 能力を正確に行使するためにも必要な技なのだが、彼は温度の高さを見ることができる。いわばサーモグラフィーだ。気づいていない振りをしつつあたりを見渡す。特に温度の高い物体はない。人間が潜んでいるのではなさそうだ。となると、後は機械だ。

 機械も熱を発さないわけではない。しかし起動を抑えれば外装を温めないままに行動することも可能だ。

 いつの間にか孔雀も団子を皿に戻して油断なく神経を張りつめている。

「……熱源反応は?」

「ない。おそらく起動を抑えた機械系のカメラだと思う」

「電波もステルスがかかってる見たい。普通の電波と見分けがつかない」

「やはり君に対する追っ手か。さて、どうするか」

 臥竜が荷物に手を伸ばした。そこには臥竜の得物である、日本刀が入っている。

 その時、臥竜の目に熱を持って自分たちにものすごい勢いで突っ走ってくる集団が映った。殺気も熱も隠そうとしない、機械兵の集団のようだ。

「おい、孔雀!!逃げるぞ。あんな集団は相手したくない」

「え、ちょ」

 臥竜はすばやく荷物をつかむと熱源反応から逃げるように走り出す。

「おばさん、お釣りいらないから」

 孔雀も財布(もちろん臥竜の)を茶店のおかみに投げつけて後を追う。

「どういうわけ?普通、監視用のステルスした斥候がいるところにあんな隠そうともしない部隊を叩き込む?」

「わかんね。だけど、ただひとつ分かることは連中が僕らを狙ってるってことだ」

 敵と思われる部隊は臥竜と孔雀に照準を合わせていた。二人とも気付けるわけはないのだが、照準波もきっちり彼らの背中に合わされている。

 と、臥竜は逃げながら背後に爆発的な熱源が発生するのを感じた。

「!!お構い無しかよ」

 反射的に隣を走る孔雀の襟首を掴むと、そのまま自分のからだごと回転させる。

「なにっ、ちょっと臥竜君?!」

 臥竜と絡まって地面を転がりながら、いまだに状況が理解できない孔雀が騒ぐ。が、次の瞬間その声は銃声にかき消された。

「!!」

 孔雀がそのまま走り続けていれば確実に撃たれていた。

「全く。殺す気満々だな。今の僕が気付いてなければどうするつもりだったんだ」

 数メートル地面を転がった臥竜は、そこで孔雀を手から離し無駄のない挙動で立ち上がる。いつ取り出したのか、その手には刀が一振り。

「できれば逃げ切りたかったけど。そっちがその気なら遠慮はなしだ」

 すでに機械兵の部隊は二十メートルほどまで迫っていた。

 孔雀を背後におくように立った臥竜は刀を抜き放った。

 発見されたときはボロ刀同然だったのだが、今は臥竜の能力によって打ち直され新品とまではいかなくとも切れ味は戻っている。

「目的、視認。攻撃開始」

 機械兵は問答無用で飛びかかってきた。

 この瞬間、彼らの平和な旅路はわずか数時間で終わりを告げた。



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