帰還
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戦争が終わった帝歴1425年から五年。
正確には終わってはいない。止まっているだけなのだが、平和であることに違いはない。
かつて、空襲で焼かれた大陸側の沿岸部の都市も、復興が進んでいた。
海をはさんだ向こうにはにっくき敵である帝華があるのだが、そんなことを気に止めている者はいない。
いや、いた。
たった一人だけ、家を作ろうとしている者たちに背を向け、大陸を睨んでいる女がいた。年は17、8だろうか。長い黒髪を背に垂らした美しい女だった。
しかし、大陸と同様誰も彼女を気に止めない。彼女はこの辺のものではないからだ。
別段、流浪のものだからという理由で迫害することはないだろう。しかし、声をかけても「ああ」とか「ふむ」とかしか答えないので誰も進んで声をかけるものがいなくなったというわけだ。
と、彼女が海から目を離し、海岸の沿って歩き出した。人々はもはや目を向けすらしない。
何かを探しているということはわかった。時折周りを見渡し、海岸に洞窟があれば入っていき、時には海に潜って入口が水中にある穴に入ったりしているのだ。人か、物かは知らないが、彼女は何を探しているかについては、当然口を閉ざしている。
彼女の名はない。
正確には忘れている。そしてなんと呼ばれていたか、これは戦争前、あるいは戦争中に生まれたものなら必ず知っているだろう。
彼女は五年前、「孔雀」と呼ばれていた。
「流れ着いているのならこの辺りなんだけどな」
海岸の岩の上を歩きながらく孔雀はつぶやいた。彼女は確かに流浪の者だ。それも戦争が終わり、兵器としての役割を終えてから、大和中を歩き回っているのだ。
無論、すむ場所がないということはない。彼女には戦争時の活躍の報酬としてかなりの大金が支払われているのだ。
孔雀がこうやって全国を放浪している理由。
一つは先にも述べた捜し物のため。もう一つがその捜し物のために軍から脱走してきているためだ。
戦争は終わっていない。あくまでも停戦期間であるから軍を解散するわけにはいかない。しかし孔雀はその軍から脱走してきたわけである。
今彼女が居を構えているのはとある山奥だ。そうでもしなければ軍の連中はすぐでも彼女を見つけて連れ戻しに来る。
「・・・・・・そうなる前に見つけないとね。見つかるかどうか以前に壊れてないかってのも心配だけど」
しかし、彼女の願いはむなしくこの日も何も見つからなかった。
「・・・・・・使いたくなかったけどあの手を使うしかなさそうね」
彼女はそう大げさなことを言ったもののその方法とは至って普通、ただの聞き込み調査である。
しかし、これは追われている身からすれば苦渋の決断だ。
それでも彼女はその夜、復興しつつある町に姿を現した。
「おい、あれ・・・・・・」
「いつも海岸歩いてる女の子だよな」
「でもおい、結構可愛いぞ」
なんというつまらない言葉が聞こえてくることに、頬を引きつらせながらも彼女は民衆に静かに、しかしよく通る声でこう告げた。
「みなさん、はじめまして。事情がありまして名乗ることはできませんが、これまでいろいろと無礼を働いてきたことをお詫びします。ちょっとお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」
それまでザワザワとしていた民衆が顔を見合わせる。彼らも綺麗な女性ならなんでも話す、というほどちょろい人間ではないようだ。
「皆、ちょっと待て。私に話をさせてくれんか?」
群衆の中からしわがれた声が上がった。
ふと見ると60くらいの初老の男が人の波を分けて前に進み出る。
孔雀の前まで来ると、その目をじっと見つめた。そして、驚いたような、懐かしいような表情を浮かべる。そして、自分がかかき分けてきた群衆を振り返ると、
「みなさん、この方は私の知り合いのようです。私だけで話がしたいので今日はお引き取り願えますか?」
と、頭を下げた。
「私の知り合いと申しましが・・・・・・本当なのですか?私には全く覚えがないのですが」
「かもしれませんな。なんせ、私が遠くから眺めたり、ちょっと話しかけたりしたくらいですからな」
孔雀が訝しげな顔を作る。
「・・・・・・すとおかあ、というやつですか?異国の言葉だそうですが」
「・・・・・・とんでもない勘違いです。私は大和軍に五年前まで勤務していた整備士ですよ。自慢じゃないですが腕は良くてね。それで軍の機密ともいえるとある部隊の機を整備していたんですわ」
「なるほど。そういうことでしたか。それで私のことを知っていると」
「はい。というよりも上司みたいなものですね。大和軍第虚数番機動部隊整備士兼後方支援手、孔雀さんで間違いないですね」
孔雀は、ふう、とため息を漏らした。自分の正体がこんなにも早く割れるとは思わなかった。自分は逃走中の身だ。目的は半数どころか全く果たしていないとも言える。
今ここで軍に連絡されては・・・・・・
「あの、整備士殿、折行ってお願いがあるのですが・・・・・・」
「ああ、心配しなくとも、誰にも言いませんよ。みなさんの前ではそうですね。私の姪ということにしておきましょう」
大和軍元整備士はニッコリと微笑んだ。
「あと、それともう一つ。あなたは私の元上司のようなものですからね。敬語をやめてもらえませんか?心苦しくって」
「いえ、今は私も軍を抜け出している身です。ただの少女ですから。あなたも敬語を使う意味はないと思いますよ」
元整備士はすこし考える素振りを見せると、こう提案した。
「じゃあ、今のままでいいですよ。それより、本題に入りましょう。あなたはここの民衆に何が聞きたかったんですか?」
「私は今、ちょっとした捜し物をしてましてね。それについての情報が欲しかっただけです。できれば私一人で探したかったのですが、機体を軍のほうに置いたままで」
「なるほど。しかし、具体的にはどんなことを教えれば良いものやら・・・・・・」
「なにかここ最近で変わったこととかなかったですか?小さなことでもいいので」
元整備士は孔雀から目を離し、腕を組んで数秒考えた。そして、
「そういえば、戦争中にはいつ行っても魚が取れてたのに、今言ってみると全然取れないってとこがあったな」
「突然の不漁ですか。ふむ・・・・・・」
今度は孔雀が考え込む。たっぷり一分は考えて、顔を上げた。
「考えてみたんですが、ほんの少しだけ私の探し物がそこにある可能性が見つかりました。明日、そちらに案内してください」
「ああ、分かりました。それでは明朝ここで。あっと、最後にひとつだけいいですか?」
山と元市街地、逆方向の我が家へ歩き始めた二人が、元整備士の声に足を止めて顔を合わせた。
「なんですか?私に情報を提供していただいたのでお礼はもちろんしますよ」
「いや、お礼はいらないですよ。その代わり、と言っちゃなんですが孔雀さんの探しているのもを教えていただけませんか?」
孔雀は、このことを言うつもりはなかった。しかし、この男なら、元整備士だったこの男なら話すことにより更に捜査が楽になるかもしれない。
「・・・・・・わかりました。しかしこれも他言は無用ですよ?」
「ええ。もちろんです」
「私が探しているもの、それは・・・・・・元大和軍第虚数番機動部隊の遊撃手、臥竜の居場所です」
数多の兵器がこの世界には存在するが大和軍の作り上げた「第虚数番機動部隊」はその中でも最強と言える兵器だ。
兵器自体、非常に精密でなおかつ特別な貴金属を使用するため量産は不可能だ。しかし、量産が難しい理由は実は操縦者の方にもあった。
人間は脳の中に「松果体」という部分を持っている。俗にいう超能力を司る機関だと言われるが、ここの作りが普通の人間とはわずかに異なる人間がごく少数ながら存在する。
このような人間は何も手を加えなくとも生体電流を体外に放出し、テレパシーのようなものを使うことができるのだがなにぶん微弱であるため本人も気づかない場合が多いらしい。
そこに目をつけたのが大和軍の「開発室」だった。脳内に特殊なチップを埋め込み、松果体を活性化。その生体電流によってパイロットの脳を機体に直接リンクさせることができると考えたわけだ。
実験を重ね、ついに機体とリンクするほどの生体電流を得ることができた。
そして、開発室の中枢にいた研究者の女性がその「特殊な脳」の持ち主だったため、彼女を一号機とし、更に彼女を筆頭においた「第虚数番機動部隊」が結成された。
その研究者の女性が、自らの体を一号機としたためこの計画に「非人道的だ」と反対していた人間も、黙らざるおえなかった。
もちろん操縦士は全て志願者のみで構成されていて、決して強要したわけではない。大和中から集まった志願者に部隊に入ることがどういうことかを重々説明した上でテストを行う。このテストはいうまでもなく志願者の脳を解析するためのものだ。
そしてその中から選ばれたのは僅か六人だった。
さらに、その六人の手術を行った際、恐るべきことがわかった。各個人に「超能力」が発現したのだ。
手術で強化するのは、超能力を司るといわれる機関だったためある程度予測していたことなのだが問題はその威力だった。
人によって能力はバラバラだが、どの能力も今のところの大和軍の技術力では到底作り出すことのできない力を持っていた。
開発陣にとっては嬉しい誤算だった。この事実により、機体の方も各個の能力に合わせて改良を加えられた。
「なるほど。そういった経緯であの兵器ができたのです」
「まあ、軍の機密中の機密だから本当にお偉いさんと、私達ぐらいしか知らないわ」
翌朝である。
戦争が終わってから突然魚が寄り付かなくなったという海域に向かう途中、手伝ってくれたお礼に虚数部隊のことをはなしていた。
「もちろん他言は無用ですが、それもたぶんあと少しのことですよ。おそらくですが、もう帝華に戦う余力はないはずですから、停戦が終戦に変わる日も遠くはないでしょう」
孔雀の言葉がわずかに濁った。戦争が終わるということは彼女らは必要ではなくなるということだ。こういったことも想定し肉体の改造は最小限にしてあるのだが、やはり思うところはあるようだ。
「さあ、着きましたよ。この辺りです」
そこはゴツゴツした岩と人工的な防波堤が共存していた。
確かにいい釣り場にはなりそうだが防波堤から釣糸を垂れているものはいない。
「このあたりに気象観測をやってたような施設はありますか?」
「?ありますけど?案内しますよ」
「ありがとうございます」
突然の孔雀の注文に不信感を覚えながらも元整備士は快く彼女を崖のそばの観測所に案内した。
「まだ機械は壊れてないですけど、もう使われてないですからどうなってるか分からないですよ」
「いえ、結構です。それより整備士さんは、私の固有能力について聞いたことはありますか?」
「ええ、まあ少しは。確か電脳に干渉する能力だとか」
孔雀は観測所のなかの機材を押しのけ、メインコンピュータを探しながら答える。
「そうです。いわゆるサイコメトリーの一種です。あ、あった」
彼女はメインコンピューターを探し当てたようだ。
「この能力は戦闘には不向きなんですけど情報収集をする分にはとても便利なんですよ」
言い終わった瞬間、彼女の手が触れていた観測所のメインコンピュータが明らかにおかしなランプを点灯させはじめた。
「さて、久しぶりにいくわよ。《思考干渉》展開!!」
孔雀の意識がコンピュータの中に入り込んでいく。
(あんまりセキュリティは充実してないわね。まあ、そこまで大事な情報は持ってないからだろうけど)
彼女の能力は生物、機械を問わず脳に侵入し情報を引き出すものである。つまり、プロテクトを破られた観測所のメインコンピュータはこの時点であらゆる情報を彼女に提供したのだ。
時間にして数秒。孔雀はコンピュータから手を離した。
「見つけた。大正解よ」
「見つけたって、何をですか?」
「不漁の原因。それと臥竜君の居場所」
元整備士は驚愕した。不漁の原因が見つかったということにではない。彼女のいう「臥竜」が見つかったということにだ。
「臥竜といえば失われた五機の中でも二番目に回収が難しいとされていたんじゃ……」
「たしかに。でもそれは彼が海にいた場合のことです。もし、陸に流れ着いているのなら回収は容易い」
「しかし、臥竜がもし陸に流れ着いているのなら今頃軍に戻っていますよ」
「そこです。もし、彼が動けないほどの怪我を負っていれば軍には戻れません」
「そうなったなら、残念だけどもう死んでいると思いますよ?さすがに五年も飲まず食わずで生き延びるのは不可能でしょ」
「ところが彼ならできるんです。ただ……」
孔雀はそこで一旦ことばをきった。数瞬ためらい、今度こそこう告げた。
「ただ、その方法を使っていても五年は長過ぎます。お願いです。彼の場所は見当がついています。助け出すのを手伝ってください」
視界が明るく見える。
おかしい。僕は暗い洞窟にいたはずだ。
怪我をしていたはずの全身えうそのように痛くない。
誰か、知っている声が聞こえた気がした。最後にあの声を聞いてから何年経っているだろうか。
意識が一気に覚醒した。
「アッツ!!!」
覚醒した意識が最初に感知したのは風呂にしても熱すぎる、異様な高温だった。
臥竜は反射的に己の能力を発動させる。
とたんに体を覆っていた高温の物質が常温に戻される。
ひとまず落ち着きを取り戻した臥竜は自分の回りの状況を把握する。
どうやら湯の入ったドラム缶のなかに服を着たまま放り込まれ、あろうことか下で薪を燃やされていた、要するに煮込まれていたようだ。
「ようやくお目覚めね。全く心配をかけておいて、ぐっすり眠り込んでた挙げ句お風呂に入っているなんていい身分ね」
そばから聞き覚えのある声が聞こえた。
「!!孔雀か?
「ええ。その通り。ようやくご帰還ね、臥竜君」