残滓に関する習作
プラスチックのふたをほんの少しだけ開けて、その隙間からミルクとシュガーをこっそり注ぎ込む。窓際の席だから、誰に見られているともわからない。お互い様ではあるけど。
ストローでかき混ぜつつ、街の中心にある時計台に、夕陽が当たっているのを少しだけ想像する。たぶんこれがキュビズム的な風景だ。
右耳の奥で、熱しきったコンクリイトの残滓がうずうずと鳴る。
目の前に積まれた3冊の文庫本が、少年のような声で話しかけてくる。
「何かためになった?明日には忘れてしまうんでしょう?仲良くしましょうね」
文字列と意味が抽き出しの奥で干涸び始める。そのことをじっと忘れようとする。
彼の話をしよう。
彼は今僕の隣の隣に座っている。ちょうど今一枚紙をめくって、また通りを歩く人をスケッチし始めた。
彼は左手を顎のあたりに添えて、目を少しだけ細める。彼の目と通りを歩く貴婦人との間、その間の空間を見つめるように。暫くすると、誰かの髪を梳くように鉛筆をすらすらと滑らせる。
そしてはたと止まる。
彼は探しているんだと思う。
描くべき誰かを。