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オレンジの約束  作者: tomo
第一章 旅立ち
8/12

1-7.

 突然の行動に誰よりも戸惑っていたのはアレックスだった。なぜ、フォルツに斬りかかったのだろうかと考える。


 控室はおそらくどこか他国の偉い人が来た時に休んでもらうための部屋だと思われる場所を貸してくれている。部屋は広く、中央に大きなベッドがあり、それに負けないくらい大きなソファーもあった。アレックスはそのソファーに身を委ねている。


 フォルツは父や兄の仇だ。それで恨んでいるのも自覚している。だけど、これまで生きてきた中であれほど自分を制御できなかったことはなかった。もしかしたらその恨みは自分が思っている以上に大きいものかもしれない。それがフォルツが近くに来たことで体の中で暴れまわり、無意識に殺そうとした。そう考えれば納得できる。


 やはり、この闘技会が終わればイーグと一緒にこの国を出るべきなのだろうか。この体の中のモンスターを成仏させるにはフォルツを倒すしかないと思えた。イーグとならそれができるかもしれない。先ほどフォルツの首に剣を当てた感覚ははっきりと残っている。斬れなかったけれど、何か一つでも突破口が見つかればやつを倒すことは不可能じゃない。

そのとき不意に、なぜかサラの顔が浮かんだ。泣きながら走っていたあの顔だ。アレックスが今思っていることは彼女から大切な兄を奪うということなのだ。かつての戦争で父と兄を亡くしたアレックスがそんなことをして許されるはずがない。ただこの話を持ちかけてきたのはイーグの方だ。彼が本気で望んでいるのなら、妹だって納得してくれるはずだ。無理矢理連れて行くことはしないけど、この闘技会に勝って、今の自分の気持ちを正直に話してみようと心に決めた。


 そんなことを考えていると、男が呼びに来た。国王の隣にいた男だ。「準備ができた。行くぞ」


 アレックスはソファーから腰を上げる。軽く体を動かし、よし、と声を出して自分に気合を入れた。


 男は扉の前に立ったままアレックスを見ている。行くぞ、と声をかけておきながら、動く気配がない。たまらずアレックスは、「何ですか」と訊いた。


 問いかけられた男はしばらくじっと黙って、それからゆっくりと口を動かした。「お前はさっき、戦争は望まないと言ったが、フォルツには斬りかかった。なぜだ?」


「分からないと言ったはずです」アレックスはこの男は何を言いたいのだろうかと訝る。それにこの男が、フォルツと呼び捨てにしていることも気になった。


「分からないはずがないだろう。お前自身が起こした行動だ」


「それでも分からないんです。無意識の行動でした」


 男は大げさにため息をついた。一度瞼を閉じ、物わかりの悪い子供に勉強を教えるように面倒そうな様子を微塵も隠さず言う。「お前は本心では戦争を望んでいる。違うか?」


「どうしてそうなるんです?」アレックスは予想外の言葉に苛立ちを覚えた。語気も強くなる。


 それでも男は動じることはない。「フォルツを殺したいと思っていたのは事実だろう。そのためには戦争が必要だ。国と国の戦いでなければやつまでたどり着けない」


「それは……」それ以上に言葉が出てこなかった。事実を的確に突かれ反論の余地がない。


 無論、アレックスは戦争などを望んではいない。ただ、この男が言うように戦争がフォルツにたどり着く必要条件であるということも理解はできる。だけど、フォルツへつながる道はそれ以外にもあるのではないだろうか。


「お前が言っていた、僕のすることに干渉しないでください、というのはどういう意味だ?」


「あれは別に……」


「言えないことなのか」


「そうじゃありません。ただ」直前のイーグとの会話が頭にあったが、それでもあまり深く考えていなかったというのが本当のところだ。


「お前の勝利に熱狂した国民を引き連れてフォルツを倒しに行くということではないのか」


「僕があの時、真っ先に戦争をしないでくださいと言ったのを忘れたんですか」


 男は何も言い返してこなかった。それが余計にアレックスには腹立たしく感じさせる。「何なんですか?」


「お前を責めたくてこういうことを言ってるんじゃない」


「え?」


「俺も戦争には反対だ」


「だったらこんなことを言う必要はないでしょう」


「ただ、お前が望めば戦争は起きる」


「だから、僕は戦争をするつもりはありません」


「お前がどう言おうとまわりには関係がない。お前が言ったように、この闘技会で勝てば必ず戦争をしようと言い出すやつがいる」


「そのための王様との約束です」


「お前は何もわかっちゃいない。今日お前が勝てば、お前は王様よりも影響力をもつようになる」


「だったら、問題はないでしょう。僕は戦争をしない。何回言わせるんですか」


 男は軽く首を振った。「お前はまだ子供だ。気持ちが変わることもあるだろうし、周りに流されることだって考えられる。それに、周りの期待を無視することに耐えられるのか? お前が望まなくとも、周りが戦争を望んでいる状況に」


「耐えてみせます」アレックスは力強く言い切った。


「人間はそんなに強くない。もちろんお前もだ。剣の腕は一人前でも、心はまだ子供なんだ。だから」


「だから?」


「目を閉じて、耳を塞いでいろ。周りで何が起ころうとも、誰が何を言おうと相手にするな。ただじっと耐えてやり過ごすんだ」


 男は振り返り、歩き出した。アレックスは後を追う。


 しばらくは城の廊下を歩く二つの足音が響くだけだった。


 アレックスは闘技会が終わったあとのことを想像してみた。母やこの男が言うようにみんなが戦争をしようと言い、アレックスにせまる。もちろんアレックスは断る。そうするとどうなるのだろうか。裏切り者と罵られるのか。この国を救うことができるのにそれをしようとしない。そんな環境の中で生きていかないといけないのか。


 ならばいっそのこと負けてしまおうかとも考えた。それなら今まで通りの暮らしができる。だけど、それはできない。やつらは父や兄を殺したポテンシャの兵士なのだから。


 次第に前を歩く男に腹が立ってきた。何でこんな話をしたのだろうか。頭を混乱させて負けさせようとでもしているのか。


 アレックスはその場に立ちどまった。後ろを歩く足音が聞こえなくなって、男は振り向いた。アレックスと目が合う。


「何の意図があって、僕にあんな話をしたんですか?」


 男はアレックスの目をじっと見つめて、それから話し出した。「かつては俺もこの国の兵士だった」


「え? 兵士?」突然の告白にアレックスは戸惑う。


「あの世界大戦のとき、俺は隊長として、戦場に立っていた。俺の隊にはお前の親父もいた。そのおかげもあって、俺たちは負け知らずだった」男はその当時を懐かしむように目を細めた。「お前の親父は強かった。隊長の俺なんかよりよっぽどな」


「それがさっきの話と何の関係が……」


「そんな俺たちの前にフォルツが現れた。やつの強さは噂では聞いていたが、どうせ眉唾物だろうと高をくくっていた。その時には、お前の兄も俺の隊にいたから、どんな化け物が来ても負ける気がしなかった。ところが、噂は本当だった。お前もさっき見ただろう。どんなに攻撃してもやつには傷一つつかない。次々に俺の部下が殺されていく。俺も懸命に戦った。だがやつにダメージを与えることなく、俺は倒された。運よく一命は取り留めたが、いや、この場合は運が良かったとも言えないな。意識が戻ったときには、仲間の死体が一面に広がっていた。生き残りはいないかと、探し回ったが誰も生きてはいなかった」


「父さんや兄ちゃんも?」


「いや、あの二人の死体は見つからなかった。もしかしたら、フォルツを倒して先へ進んだのではないかと期待したんだがな。当時は死体なんかほったらかしだったから、俺たちを置いて先に進んだんじゃないかって。だが、国に帰ってみると、もうその時には世界はフォルツの天下だった。おそらくあの二人は強かったから、最後まで生き残っていたんだろう。違う場所で死んでいたのか、それとも」男はアレックスに気を遣うように、少し間を開けてから、一瞥をくれた。「誰だか分からなくなるほどにやられてしまったのか」


 アレックスはごくりと唾を飲み込んだ。実際に戦場にいた人が語ると現実味があり、脳内には鮮明な映像が浮かんだ。


 一斉に何人もの人が襲い掛かるが、軽々とそれらをあしらい、視界に入った者から斬り捨てていく。その斬り捨てられた中に父と兄もいたのだろう。強かったがために無残な死に方をしたのかもしれない二人が。


 ただそれでも脳裏に浮かぶのは懸命に闘う二人の姿だった。敵わないと分かっていながらフォルツに何度も挑んでいる。ぼろぼろになりながらも戦うことをやめない。


「いずれにしろ、俺の隊は全滅した。ともに戦線をくぐり抜けてきた仲間は一瞬でいなくなった。これが戦争だ。軽々しい気持ちや、英雄になりたいなどという邪念で戦争をしようとするな。俺が言いたいのはそれだけだ」


「あなたは戦争に行って後悔してるんですか」


「もちろんだ。何を馬鹿なことを訊いてるんだ」男はむきになり、アレックスの方へ一歩踏み出した。


「ここに来る前、僕の母が言ってたんです。父の言葉らしいんですけど、戦争は平和を勝ち取るためのものだって。平和を勝ち取ろうとしたことは決して間違ったことじゃないと思います」


「戦争に平和などない」男はぴしゃりと言った。「お前は幻想を抱いているみたいだな。殺し合いの先に平和なんて存在しないぞ」


「それは僕も同感です。ただ、平和を勝ち取ろうと命を懸けたことは後悔してはいけない気がします。手段を間違えただけで、そのことは死ぬほど後悔したらいいと思うけど、でも僕は父や兄を軽蔑したりなんてしていません」


「ふん。やはりお前は子供だ。例えどんなに理念が素晴らしくとも、それが後悔すべきものなら、それは意味がないんだよ。結果がすべてだ。俺たちの残したものにお前は満足しているのか。そんなはずはないだろう。俺たちが見つめなきゃいけないのはその現実だ」男は煩わしいものを振り払うように手を振った。


「結果がすべて、ですか」アレックスは呟く。


「そうだ。お前が今日勝てば、この国に変化がおとずれる。お前はその責任を負わなきゃいけない」


「もし負ければ何も変わらない」


「その方がお前にとっては幸せかもな」男は嘲笑した。


「わざと負けろとでも?」


「それも選択肢の一つだ」


 アレックスはゆっくりと首を振る。「そんなことはしません。相手はポテンシャの兵士です。やつらに負けるなんて死んでも我慢できません」


「だったら、勝っても素知らぬ顔をしていることだ。それがお前のすべきことだ。決して周りに流されるんじゃない」


 そう言い男は再び歩き出した。アレックスも後に続く。


 人々は変化を求めている。それは間違いない。ただ、どのような変化を求めているのかは分からない。平和に穏やかに生活したいのか、誰かの上に立って権力を振りかざしたいのか。もしアレックスが勝てばその変化のきっかけにはなるだろう。前を歩く男はその変化を望んでいない。だけど、残念ながらその期待には応えられそうにない。誰よりアレックス自身が変化を望んでいるからだ。


 もちろん戦争がしたいわけじゃない。たけど物心がついたころから敗戦国であることを強いられ、自由も奪われている。この状況を変えたいと願うのは当然のことだ。おそらくそう願っているのはアレックスだけではないだろう。みんながその思いを破裂寸前で抱えている。少しのきっかけで爆発してしまうほどに膨らんでいるに違いない。


 ふと、男が本当に言いたかったことが見えてきた気がした。彼は人々の思いを間違った場所で爆発させるなと言いたかったのではないだろうか。それほどたやすく破裂してしまうものは、言葉一つ、行動一つで爆発し、連鎖して大爆発を引き起こす。結果として手の施しようがなくなり、アレックスの望まない形となってしまう。それを危惧しているのだろう。アレックスにそれらを制御する力がないと思っているのだ。それならいっそのこと爆発させないでいた方がいい。


 アレックスの求める変化とは何だろうか。自分の内部の変化を求めているのか、外部の変化を求めているのか。それはみんなの望む変化とは違うのだろうか。


 幼いころに戦争で父と兄を亡くし、もうすぐ病気で母もそれに続こうとしている。この理不尽さの象徴がポテンシャ帝国であり、フォルツなのだ。それらを倒せば、素直にその理不尽さを受け入れられる気がする。そしてその先にある変化こそが、どんな形であれアレックスが望むものなのだろう。


 とにかく今日で一歩踏み出す。その一歩がどこに向かうのかは分からないけど、進んでいかなくちゃいけない。そのためには必ず勝つ。アレックスは心の中で固く誓った。

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