分岐点
時刻は午前零時を回った。標的のトラックのライトは確実に大きくなっている。
だが、リビング・ドールのカメラはトラックの周囲の黒い影も映し始めていた。
「やっぱり護衛のドールが付いてるな。」
「ああ。護衛が付いてるのはいつもの輸送時と変わらないが。」
言葉を交わしたケイイチの乗っている機体は、道路を挟んだ反対側の物陰に隠れている。
俺達は地上部隊として、護衛の撃破とトラックの積荷を直接強奪する役目を任されていた。
「……牧本。もう狙撃できるか?」
オープンチャンネルで、亮三さんの野太い声が入ってきた。
現状を把握できるように作戦の指示は全員が聞けるチャンネルで、というのがこのチームの規則だ。
「まだコックピット直撃は難しいですね。角度が浅すぎるし距離も微妙だ。もうちょっと引き付けられませんか。」
「そうか、解った。後、そうだな…五十メートル程度接近すればいけるか?」
亮三さんの問いに少し間を置いて、落ち着いた声色で返事が返ってきた。
「恐らく…いけるだろう」
牧本さんはこのチームの中では亮三さんに次いで二番目の年長者で、三十歳にも届かないくらいの年齢にも拘らずいつも落ち着いている。
大型の対物ライフルを背負ったリビング・ドールに乗り、主に狙撃手として戦闘に参加しているが、実質的にはサブリーダーの立場に居る。
常に冷静で、皆を陰で支えながらも自己主張はあまりしない。その寡黙な人柄に俺は密かに憧れていた。
「ケイイチ!ショウ!牧本が先頭の機体を無力化したらトラックの側面に居るリビング・ドールを仕留めろ。四機居るからな、一撃でコックピットに撃ち込んで終わらせろ!!」
「はい!」
鋭い指示が飛び、現場の緊張感が一気に高まる。
失敗は出来ない。最低でもトラックの運転手とリビング・ドールのパイロットは殺さなければならない。
一人でも逃がせば情報が軍に渡り、俺達のチームを対象に集中的な殲滅作戦が発動されるかもしれない。
ワンショット・ワンキル。それが絶対条件だ。
「他の奴らは援護射撃と、積荷のリレーだ!銃弾が当たらない位置まで戦利品を持ってけ!」
俺とケイイチ、亮三さんと牧本さんの他に、後八人のメンバーが周辺に散らばって隠れている。
物量で勝っている事を思うと、少しだけ気が楽になった。
…実際には兵士の熟練度が違うので、奇襲が失敗すれば勝率は五分五分なのだが。
「あと十メートルだ…。全員、準備は良いか!?」
亮三さんの声が、俺の手をじっとりと汗ばませる。
皆が黙り込み、聞こえるのはリビング・ドールの出す微かなモーター音のみ。
自分の血液が、耳の奥で脈打っているのが分かる。
(……)
鼻から空気を吸った、その瞬間。
真っ黒な空にオレンジ色の閃光が瞬き、一瞬遅れて銃声が反響した。
眼前のディスプレイが、弾を受けて体勢を崩す政府軍のリビング・ドールを映し出した瞬間、俺は操縦桿を目一杯前に倒す。
脈動の音はもう、何処かへと消えていた。