襲撃
2028年6月20日、中国がフィリピンと軍事衝突した。
スプラトリー諸島の領有権を巡り、状況が進展しない事に業を煮やした中国がその豊富な物量に物を言わせ、フィリピンと真っ向から対抗し始めたのだ。
中国とフィリピン。その国力の違いは明らかで、大方の世論は「中国がごく短期間で諸島を占領し、その後国連で調停が図られるだろう」というものだった。
しかし、その平和的な予想は「アメリカのスプラトリー諸島への海兵隊派遣」と言う行為によって裏切られる事になる。
「フィリピンを不正な侵略行為から守る」と言う大義名分の下、遂に世界最大の軍事国が関与し始めた事で、連鎖的に世界中の領土問題を抱える地域が散発的に衝突するような状況にまで発展した。
そして2030年10月4日。
国連の機能が事実上形骸化し、EU、アフリカ諸国、ロシアまでもが戦闘行為を開始し、「世界終末時計」が異例の「核兵器未使用の段階での終末宣言」を出した。
この日が後に、「世界大戦の勃発した日」として認識されるようになる。
「――――これで説明は終わる。各自配置に付け!!」
(…え!?うわっ、聞いてなかった!!)
ボーッとしている内に、説明を聞きそびれてしまった俺は、急いでプライベートチャンネルを使って近くの戦友に通信を繋いだ。
「おい、ケイイチ!かいつまんで教えてくれ!」
「はあ!?ショウ、お前また聞いてなかったのか!」
呆れ声を出したのは俺と同い年のケイイチ。同じ所で育ち、今ではこのチームで一緒に
リビング・ドールに乗って戦闘員をしている。
ちなみに、俺たちに亮三さんの様な苗字は無い。瓦礫の隅に棄てられていた所を拾われたらしく、他の奴と区別するためだけに名前だけが与えられた。
俺の一つ年上の先輩も、二つ上の先輩にも名前しかない人が殆どだ。戦争が激化し、アメリカの尖兵として日本も強制的に数多くの人間が戦地に送り込まれ、死んでいった。
程無くして日本の本土も空爆に遭い、殆どの地域が焦土と化した。
その過程で戦争孤児が急増し、野垂れ死ななかった者も殆どが俺のようにゲリラ活動をして食い繋いでいるらしい。
そうして生きていくしか道は無いのだから、しょうがないのだが。
「見張りの奴がリビング・ドール六体に護衛された輸送トラックをD-6エリアで確認したから、襲ってトラックの中身を頂くんだよ。ちゃんと聞いとけ!」
「…こんな夜中に輸送トラック?おかしくねえか?」
ホイールで高速移動しながら操縦しつつ、俺が疑問を呈すると、ケイイチも同調した。
「確かにな。いつもは月の初めにこっそり輸送するのになあ…。『政府軍の前線基地で物資の枯渇』なんて情報も流れてきてないしな」
俺たちのゲリラチームは主に、「治安維持」との名目で日本中に駐屯(実情は殆ど占領に近いが)しているアメリカ軍を攻撃している。
世界屈指の規模と訓練度を誇るアメリカ軍なら、物資の管理はしっかりしている筈なのだが、火事でもあったのだろうか。
(まあ何にしろ俺らにとっちゃ好都合だな)
輸送物資の中身に思いを馳せている内に、待ち伏せ地点として亮三さんが言っていた横幅十数メートルの舗装された道路に到着した。
建物の陰に隠れてそのまま一分ほど待つと、二つの青白い点のような光をリビング・ドールの外付けカメラが捉えた。
(来た…トラックだ)