出撃前
(まずいまずい時間無いよ)
コックピットの座席に座って起動し始めたディスプレイを見ると、午後十一時五十二分だった。
両手で左右二本の操縦桿を握り、慣れた様子で足を動かし始める。
リビング・ドールには両脚の外側と内側に車輪が三つずつ付いており、この機体なら最高時速五十キロで移動できる。
しかし、体育館の中は瓦礫だらけの悪路のため、体育館前の少し開けた空き地のまで急いでリビング・ドールを歩行させる様に動かさなければホイールでの高速移動が出来ない。
俺は慣れた様子で出来るだけ平らな瓦礫の上に足を付け、二十秒ほどで体育館から出る。
ディスプレイ越しの月光が、僅かな眼球の痛みを引き起こした。
「っ…眩しっ…」
軽く頭を振ってまばたきし、外の明るさに順応する。
ここに出れば、いつもの集合地点までは二分もかからない。
リビング・ドールの足側面に付いている三連の車輪を接地させ、動作確認の為に空回りさせる。
ギュルルルル、と言う独特の鳴き声を上げながら車輪が問題なく回転し、伝わる衝撃でコックピットが小刻みに振動する。
俺は深呼吸し、一気に操縦桿を前に倒した。
(GOGOGOGOGOGOGO!!!!)
高揚したテンションを表すかのように、リビング・ドールは疾走し始めた。
いつもの集合地点、と言っても特別何かがあるわけではない。
単に「この辺りで一番高い傾いた廃ビルの入り口」というだけだ。
到着すると既に七人、もとい七機のリビング・ドールが居た。
「遅いぞ」
つい数分前に通信機から聞こえてきた声が、今度はコックピット内のスピーカーから聞こえてきた。
「ええ!?まだ八分ぐらいしか経ってないっすよ!!間に合ってます!」
「お前が最後に来た。一番遅いのは確かだ」
この声の主は三山亮三と言い、ここに居る八人の中で最も「地位」が高い人物だ。
年は三十代後半で髭を生やし、一見頭の悪そうな犯罪者の様にも見える風貌だ。
しかし実際は頭が切れ、的確な指揮で俺たちを動かしてくれる。
この人が指揮を執って以来、俺たちは大きな失敗をする事が無くなった。
皆、今では「亮三さん」と彼を呼んで尊敬している。
「お前らはまだ作戦を聞いてなかったな。今から説明するぞ」
オープンチャンネルで亮三さんが説明を始める。
低く擦れた声を聞きながら何となくコックピットのディスプレイに映る外の様子を眺めて
いた俺は、ふと目を止めた。
この廃ビルは高台にあり、眼下には夜の街並みが一望できる。
肉眼ではそれほどはっきりとは見えないだろうが、リビング・ドールに搭載されているカメラは今現在暗視モードに切り替わっている為、建物や道路の輪郭がはっきりと見て取れた。
(…………)
緑の濃淡のみで表現された街並みは、お世辞にも「整っている」だとか「綺麗」だとは言えなかった。
それもそのはず、この街はリアルタイムで戦場なのだから。
十階建て以上の高い建物はとっくの昔に破壊され、背の低い民家やビルはほぼ全て廃墟と化している。
俺が物心付いた時には既にこの有様だった。十歳の時に不思議に思って周囲の大人に尋ねたことを覚えている。
(もう八年前か…)
今は2055年で俺は十八歳。この街が壊されたのは恐らく俺が生まれる前、2030年代だろうと容易に推測できた。
全世界を巻き込み、世界秩序を崩壊させた戦争。
その火蓋が切って落とされたのが、二十五年前だったのだから。