#1 encounter ~出会い~
実験体に異常反応
計画は失敗だ
政府には内密に
では、どうする
この実験体ごと、抹消してしまえ
*
「お客さん、お客さん」
誰かの声で目を覚ます、しかし体が鉛のように重く、体を起こすことができない、おまけに頭が尋常じゃないくらい痛い、それでもなんとか体を起こして今の状況を確認する
「……」
「ああやっと起きたね、もうすぐ閉店だ。 全然起きなかったから死んでるんじゃないかと思ったよ」
うっすらと昨日の記憶が蘇ってきた、昨日の夕方頃、急に酒が飲みたくなり、人が少なめのバーに入って浴びるほど酒を飲んで、それから、恐らくは寝てしまったのだろう
「……頭が痛い」
「飲みすぎなんだよ、何度も止めたのにガブガブ飲むから……薬いるか?」
「くれ……」
一杯の水と、頭痛薬を何錠かを目の前に差し出された。 薬を口の中に放り込み、一気に水で押し流す
「にしても、何であんなに飲んでたんだ? 女にでも振られたか」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
「そうなのか? まぁ深くは聞かないが……。 そーいやアンタ金は持ってんのか」
「あるから安心しろ、いくらだ?」
「64ドルだ」
ポケットの中を探り、いくつかの丸まった紙幣を取り出す、ひとつひとつを広げていって100ドル札を一枚カウンターに投げ出す。 はいよと渡された釣をまたポケットに入れ、一言礼を言い、店を後にした
廃墟と化したビル達の隙間から見える空はもう明るくなりかけていた、ここは旧未来都市ワズィルダー、何十年前はワシントンと呼ばれていた都市、しかし、今となってはほぼ全ての建物が廃墟と化している、店などはぼちぼちとあるが、衛生面において安心はできないだろう、夜になると危ない連中がうろついているし、あの店が朝方までやっている店でよかったなと一人で頷いた
「ゴルァアアァ泥棒!!」
不意に、後方から図太い女性の罵声が響いてきた、何事かと振り返ると、大きなパンを抱えた少女が一人、こっちへ向かって走ってきていた、その後ろからは、包丁のようなものを持った小太りなおばさんが少女を追いかけていた。 少女は下を向きながら一目散に走っていた、そして、二日酔いの男、すなわち自分とぶつかった、少女は軽く吹き飛ばされ、自分も酔いからか足元がおぼつかなく、尻餅をついた
「……ッてぇな、おい、お前大丈夫か」
「ッ!」
少女は急いで立ち上がると、盗んだパンを再び抱え、軽く一礼してまた走り出した、なんなんだと思いつつ自分も立ち上がると、包丁をもったおばさんが目の前で息を荒くし、ぐったりとうな垂れていた
「大丈夫ですか」
「だいっ、じょうぶも何も、あの小娘っ!」
「あのこ常習犯なのか」
「そーよっ、ハァ、逃げ足だけは、速いんだから!」
おばさんはまだ腹が立っているようで、包丁をブンブンと振り回していた、正直ものすごく危ないし怖い。 やっと呼吸が整ってきたようで、おばさんはうな垂れるのを止めた
「そいうやあんた、さっきあのことぶつかってたわよね。 財布とか大丈夫?」
「……あ」
確認すると、自分の右ポケットに入っていたはずの財布が消えていた
「……やられた」
「あのこ、ここら辺じゃ有名なスリだからね、次からは気をつけなよ、じゃぁね」
「……」
男は長いため息をついた
*
「はぁ、はぁ……ふひひ」
一方、少女は小さな路地裏で一人勝利の笑みを浮かべていた
「こんだけでかいパンがあれば明後日まではもつな……財布の方はーと」
少女は地面に座り込むと、先ほどスった財布の中身を上機嫌で確認しはじめた
「1ドル、2ドルと……10ドル。 たった13ドル!? ……まぁあきらか貧乏そうな男だったしなー」
「っ、誰が貧乏そうだって?」
「ヒッ!? あんたさっきの! いつのまに……あ、ちょっと!」
いつのまにか、男は息を切らしながら少女の背後にいた、男は少女が握り締めていた自分の財布と金を素早く取り返し、はぁとため息をついた
「返してよ! あたしの金よ!」
「ふざけるな、これはお前がスった俺の金じゃねーか」
「なんだよケチケチしやがって! びんぼーにん!」
「だからな、貧乏人はお前だろうが、盗むことしか能がない泥棒女め。 ……お前親とかはいねーのかよ、心配してると思うぞ」
「しらない、いいから金返せ!」
「しらない?」
男は少女の前にしゃがみこんだ、そして少女を問い詰めるかのような目で少女を見た、少女は「う……」と、自分が失言してしまったことに気がついた、男はそれも見透かしているかのように、少女の海のような色の瞳をじっとみつめた
「……あたし、ここ数年の記憶がないのよ、別に信じてもらわなくてもいいけどさ、気がついたらここのどっかのビルの屋上にいてさ、自分の名前しか覚えてないし金もないし……」
「で、泥棒を始めたと」
「仕方ないじゃん、ていうかなんで初対面のあんたにこんな話してんのよ」
ぷくっと頬を膨らます少女に、男はふっと笑いかけた
「じゃぁ俺と一緒だな」
「……はぁ?」
「俺も、昔の記憶がないんだ、自分の名前すら分からなくて、そのときはお前よりもう少し下くらいの年だったか? 運良く、そんな俺を拾ってくれた人がいたからここまで生きてこれたわけだが、まぁ信じる信じないはお前次第だな」
「……」
少女は無言で男の話をきいていた、そして男のことを探るかのように、じっと男の目を見つめていた
「お前、名前はなんていうんだ」
「……レティナ・ノア」
「レティナか、俺はライル・ガリストだ」
「……そお」
レティナはそっけない返事をすると、ライルから視線をそらし、そっぽを向いてしまった。 そんなレティナにライルは再び微笑みかけると、しゃがむのをやめ、立った
「俺は記憶を取り戻す為に旅をしている、いまだに手がかりなしだけどな。 丁度一人旅が寂しくなってきたところなんだが……」
ライルは座り込んでいるレティナにそっと手を差し伸べた
「俺と一緒にこないか、レティナ」
レティナは再びライルの方へと顔を向け、そしてふっと笑い、ライルのその手をとった
「……暇だからついて行ってあげてもいいよ」
「おう、よろしくなレティナ」
「ティナでいいよ、ライル」
レティナの手は、とても温かかった
ここまでお読みくださりありがとうございます
英語表記まちがっていたらスミマセン!><