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王家の姫君  作者: ユズル
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第八話「滞在延長」




 ペリプエスト宮殿の正面玄関から真っ直ぐ延びた位置にある階段を上がったその先を行けば、そこはアリシアが見たこともない燦爛と輝く別世界へと繋がっていた。


 贅沢の極みといったところに足を踏み入れた瞬間、アリシアは軽い眩暈を感じた。背後に視線を向ければ、リタが口をぽかんと開けてその豪華絢爛な内装に目をぐるぐる回している。



 ピクス国との格差を見せられた気がした。



 そもそもピクスは島国であり、自国の産業で生活を賄える規模の国である為、他国との貿易を盛んに行っていない。王城に出仕する臣下たちの中には、観光に紛れて足を運ぶ裏商人を通じてかなりの贅沢をしているようだが、こうして贅沢というものがどういうことなのかということを目に見せられれば、そもそもあった概念の規模と、それよりも遥か先を行く規模の大きさにアリシアは妬ましさすら覚えた。


 内壁には好尚なのか鮮やかな色をした宝石が埋め込まれてあったり、曲がりなく直線に延びている廊下に敷かれた絨毯はすべて上等な毛皮で出来ているのが素人の目ですらわかる。鮮やかな花々が生けてある花瓶や剣を天上に向けて直立不動でかまえている鎧の置物がどれくらいの価値なのか知りたくもない。



「こちらは随分と雰囲気が違われているのですね。」



 この高額そうな装飾品の数々に歓喜するのではなく、むしろ恐れすら感じていた。もしも、壊したら……。その弁償額の方が気になり心が落ち着かない。表情に出すことはないが、自身のふらつく足が絡まり転ばないかと心配だった。



「こちらは先王のご趣味なのですよ。贅沢には惜しまないお方でいらっしゃいました。」



 妃候補が収容されていたペリプエスト宮殿の西棟は、先王が亡くなった後に大仰改装したようで、徒為な乱費をよしとしない現王は、内装に多くの割り当てをせず、質素であるが地味とは程遠く風流に趣き置いた建築物をとの所思で宮殿を造り変えたのだという。だが、宮殿内の手の掛けてないはところは先王が生きてた頃と変わっておらずそれはそれは華やかな装飾がされているらしい。維持費にどれほど金を費やしているのか疑問に思ったが、アリシアがそれを問い掛けることはなかった。



「こちらが今日からアリシア様のお部屋となります。」



 通されたのは、以前いた部屋とは霄壤の差があり過ぎるほど高貴に内飾された華々しい部屋だった。

 思いもよらない待遇にアリシアは不信感を抱いた。そういえば、自身が何故部屋を与えられることになったのかの真相をまだ話されていない。妃として召し上げられるのだろうか。いや、それはあり得ない話だ。国の規模での格差に大きな開きがある以上、妃という身分が与えられるにピクス国の王女はあまりにも不釣り合いである。側室なら考えられなくもないが、果たしてどうだろう。



「つかぬ事を伺いますが、私はここ(・・)で何をすればよろしいのでしょうか。」



 仮にも王の住まう宮殿へと宮入するのだから、淡い期待を抱かないはずはない。部屋も与えられるというのだから尚更である。



「……そのことなのですが、アリシア様にたっての頼みがあるのです。先に整然とお話を申し上げた方がよろしかったのですが、宰相という立場では多少の融通も利かないしだいでありましてこうして貴女の承諾も取らずにここに連れてきてしまったこと深くお詫び致します。」

「お気になさらないでください……。しかし、一体どのような頼みなのでしょう。」



 ピクスよりも遥か格上であるエスクードの核中人物である彼が、ピクスの王女に頼み事など怪しいにも程がある。何かしらの企図があるに違いないだろう。

 ライネリオがちらりと付き人のリタを見る。アリシアは彼の意向を汲み取って、リタに今まで使用していた部屋から新たな部屋に転移するための準備をするように命じてこの場から下がらせた。

 立ち話しではということで、二人は一先ず部屋の中に入り、長椅子にお互いが顔合わせるような形で腰を下ろした。一応異性と二人きりになるということもあり、ライネリオはその配慮として部屋の扉を開けた状態にしてくれる。

 そして、ライネリオが先に口を開いた。



「――話の続きですが、アリシア様はデグニダル国第二王女、エミリア様が妃の第一候補として名が挙がっていることはすでにご承知ですね。……実は、ここだけの話ですが、今陛下は正式に婚約を結ぶのかを決めかねておられるのです。」

「……ライネリオ様、何故そのようなことを私に話されるのでしょう。私は妃候補としてここに足を運んだ身、そのように伺ってしまった以上は、例えそれが僅かな望みだとしても王妃という座を狙おうとするのが国の期待を背負って政略結婚に身を投じた者の使命なのです。そのような大事な情報を漏出させるのはいかがなものかと思いますが。」

「――もちろん、それはアリシア様だからこそ話したのです。貴女が信頼に足りる方だと私は思っています。」



 濁った紺碧色をした双方の瞳がアリシアを捉えた。

 そして、確実に彼の本心でないと今この時アリシアは直感的に感じ取っていた。胡散臭さが残るその台詞によって、アリシアが常に敷いて止まない警戒心の強化へと拍車が掛かる。



「この階とは別のお部屋にエミリア様をお通しているのですが、彼女付きの女中が急な病に臥せってしまわれまして、身の回りの世話役としてこちらから数名の女中を割り当てたのですが、同じ年頃の女中がおらず話し相手となられる方がいらっしゃらないのです。そこでしばらくの間、アリシア様にエミリア様のお話し相手として引き受けていただけたらと思いこちらへのお部屋にと案内を致したのです。」



 お部屋に通す前にお話しするべきでしたが……。順番が逆になってしまって申し訳ない、と続けたライネリオに、アリシアはどうせ断らないことを知っていたくせにと内心毒づいた。まったくもって憎らしい相手である。――しかし、



「――ええ、そうですね。私などでよろしければそのお役目お引き受け致します。」



 形はどうあれエスクードの王城内に滞在できるなら何だっていい。要は、ピクス国第一王女が数いた姫君の中で今も尚(・・・)エスクード国にいるという事実が必要なのだ。

 そして何より、それが公として知られていればピクス国が他国から攻め入られることもない――。



 これで、しばらくの時間稼ぎは出来る。

 アリシアは内心ほくそ笑むとこの先に待ち受けている使命の重要さを改めて胸に刻んだのであった。

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