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王家の姫君  作者: ユズル
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第七話「騒動の始末後」




 妃候補者たちの悶着を収拾しているのが王だと聞き、アリシアは身嗜みを整えるとすぐに自室を飛び出した。


 騒ぎになっていたというペリプエスト宮殿の正面玄関の手前まで来てみても、物音一つすらしない。あまりの静かさが逆に奇妙に思えた。

 側廊から玄関の間の中央に移ろうとした時、脇から誰かが来るのが見て取れた。



「これは、これは。アリシア様ではないですか」



 先晩会ったばかりの人物が柔和に微笑んでいる。アリシアがその笑顔を胡散臭いと思ったのかはわからない。



「どうか致しましたかな」



 相手がアリシアの表情を汲み取っての台詞でないことは確かだ。おそらく後ろに付いていたリタの狼狽えている表情を見ての言葉なのだろう。



「王が自ら騒動を収拾していると、この子から聞きまして。こちらに足を運んだ次第です」

「そうでしたか。残念ながら、陛下ならつい先ほど自室に戻られましたので、今日貴女がお会いになるこもないでしょうな」

「……恐れながら、ライネリオ様」



 なんですかな、とライネリオは物柔らかに言った。そして、アリシアはじっと彼の顔を見つめながら口を開く。






「――今日(・・)ということは、私はここに残ってもよろしいのですね」






 アリシアとライネリオの共通点は話の内容が表面でしかされていないことだ。傍から聞けば道筋のない会話も二人からすると奥深いもので一つ一つに意味がある。それをお互いに拾い損ねず、確実に話の核中へと話題を広げていくのだ。この瞬間、彼らの心の中では同じことを思っていた。――私たちは「似ている」と。



「どうやら貴女は気に入られたようです。そのうち、会う機会もあるでしょう」



 それはライネリオの口調が変わった瞬間だった。アリシアはその言葉に少なからず胸を下した。しかし、心は少しばかりかぎこちない。なぜ、そうなったのか理由がわからないからである。

 具体的にどう気に入られたのか聞きたい好奇心もあるが、今ここでそれを言って話題を変えるのは止した方がよさそうだ。



「部屋に通達者を渡らせなかったこと、申し訳ないと思っております。妃候補者たちの方に手一杯でしたので、至れり尽くせりの対応になってしまいました」



 抜かりない彼がそれを忘れるはずもないのだが、アリシアはあんまり気に留めなかった。

 こちらも寝過ごした側なので、むしろ通達者を送らず有難かった。




「アリシア様、貴女に一つ伺いたいことがあるのですが、答えてくださいますか」

「……ええ、私が答えられる範囲でならお答えします」

「ああ、今から言うことは戯言だと思って聞き流してくださってもかまいませんので軽い気持ちで答えてください。……率直に言います。――私をどうお思いですか」



 アリシアは声を言葉にしようとして固まった。今の問いに対して、どう受け答えればいいのかわからない。

 彼が欲しい言葉が何なのかアリシアにはわからないし、こういう場合の受け流しの台詞がアリシアの頭には組み込まれていなかった。王女たる教育を受けていた二年間という月日は、王女としての振る舞いや習わしなど形式ばったものばかりに拘っていた為もあり、私情が挟んでいればいるほどアリシアを苦しめるのだ。こういう場合は、正直に答えるべきなのだろうか。



「……裏表のある方だと思います。かなりの苦労人で嘘がうまい方だと」



 アリシアは「しまった」と思わず自身の口許を抑え込もうとした。――しかし、ぎゅっと拳を握ることによって押し留まった。



(平静な態度でいるんだ。どんな失態をしたとしても物に動じちゃだめだ、アリシア)



 自分に言い聞かせることで平常心を保とうとアリシアは心掛けた。もはや前言を撤回できるわけないのだ。言ってしまった以上は後の祭りである。相手の出方を見る他ないのだ。



「……やはり、そう見えますか。通りで女性に好意を抱かれないわけですね」



 その言葉を聞いてアリシアは何を言うかと思った。

 その容姿にして言葉巧みに使い、女性をたぶらかしていると噂では聞いている。

 しかしながら、彼自身がのめり込んでいるといった色恋沙汰についてはからきし聞かないし、恋愛ごとに関してどこか醒めている印象を受ける。



「人にはそれぞれの(さが)があるといいますからね。私はライネリオ様のそういった個性も素敵だと思いますよ」

「裏表があって、嘘がうまい私がですか? ……でも、貴女に素敵と言われてしまうと何だか思い上がってしまいそうですね。お世辞でも嬉しいものです」

「あくまで、私の本心を申し上げたつもりですので、どうかお気になさらないでくださいませ」



 アリシアの問いの後すぐにライネリオの言葉は続かなかった。

 自分自身苦しいことを言っていることは、理解していた。



「どうかなされましたか、ライネリオ様」



 アリシアの問いにライネリオははっとして、そして合い間を空けると沈着した物腰で答えた。



「申し訳ありません、少し考え事をしてました……。アリシア様におかれましては、王は貴女が留まるようにとはからいをなされました。先ほども申し上げた通り、貴女が王に会う機会は十分あると思います」

「それは、本当ですか。……私をお気に召していただけたと、その、まだ希望を持ってもよろしいのですね?」

「ええ、端的に申し上げますとその通りです。それ以上は、私の方からは何とも言えませんが……」



 アリシアはどういうわけか王の目に留まったらしい。

 そして、留まれた最もの理由は「気に入られた」かららしい。素直に喜びたいわけであるが、裏を返せば、どんな気まぐれにしろ「気に入られた」だけである。ただアリシアという存在に興味が湧いたといったところだろう。ピクス国だから云々ではないのは確かだ。アリシアに興味がなくなってしまえば、いつ帰国をするように言われてもおかしくない。

 しかし、残れた以上は希望を持っていいはず。もはや神様の思し召しとしか考えられない。私はついている。



(これで、まだエスクード(ここ)にはいられるわけだね。……気に入られた、って私は王と直接会ったことがないんだけど。まあ、とりあえず残れればよしかな)



 事実はさて置き、エスクード国から追い出されなければ万々歳である。

 ここに残ってさえいられれば、己の首の皮はまだ繋いでいられる。どうやら幸先が見えてきたようだ。自身が行動を起こす前に事が良き方に進んでいる実感を得たアリシアは欣快の至りである。




「ところで、ライネリオ様はどちらに向かわれるつもりだったのでしょうか」




 まさか、都合よくこんな場所で会うなんてことはあるまい。

 あからさまに、ライネリオは反応してみせた。




「ああ、忘れるところでした。実は貴女を迎えに行く途中だったのです。

――アリシア様に、新たなお部屋をご用意致しております。今からご案内しますので、どうぞこちらに」




 彼は行く方向を指し示すと同時に、アリシアに向かって微笑んだ。

 その表情が少しばかり愉快そうに見えたのは、おそらく勘違いだったのだと、この時アリシアは勝手に思うことにした。

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