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王家の姫君  作者: ユズル
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第六話「王からの達し」




 小鳥の囀りが聞こえる爽やかな朝、ペリプエスト宮殿のある一室でひとりの少女は目を覚ます。



「珍しいな、私がこんな時間まで寝ているなんて……」



 各妃候補に与えられた部屋は、寝台と衣装棚、テーブルと椅子そして花が生けてある花瓶が設置されているだけの質素な内装だった。エスクード国よりも凌駕している国に至っては優遇されているとも聞くが、大半の候補者たちがこの部屋を宛がわれたようだ。



 アリシアは寝台から抜け出すと、衣装棚の前へと立った。



「そういえば、リタの姿がないな」



 ピクス国の王宮に召し上がった時から、アリシアの身の回りの世話をしている彼女の姿が見当たらない。普段なら部屋に朝食を運んできている頃合いだ。


 アリシアは適当に見繕った衣装を棚から取り出すと、それを寝台の方へと投げやった。




 ちょうどその時、部屋にノックの音がした。




「アリシア様、失礼します!」




 そう言ってリタがいそいそと部屋へと入ってくる。彼女の表情はまるで疾走してきたように赤くなっており、息遣いが荒く落ち着きがない。どうやら何かあったようだ。



「たった今、王宮の方から各妃候補は帰国の途につくようにとのお達しが、」

「――どういうこと」



 急な知らせにアリシアは動揺せざるを得なかった。



(――冗談じゃない。このまま、帰れるわけない!)



 何もせずに帰れるほどピクス国は生易しくない。特に王城の者たちは冷酷で無慈悲の連中の集まりだ。それをこの二年間で嫌というほど思い知らされた。表の顔が国民なら、裏の顔は王城の臣下たちである。



 予想外の事態に困惑する。このエスクード国は、気まぐれにもほどがある。



(一体、何を考えている。先日の催しでようやく行動に移すのではなかったのか……?)



 相手国の不可解な動向をいまだ把握できないもどかしさにアリシアは(いら)つく。そして、頭の隅で警鐘が鳴り響く。アリシア、冷静になれと。


 一息深呼吸すると、アリシアは目を(つぶ)った。目を見開くのと同時に寝起きの脳をフル回転させる。今焦っても仕方がない。まずは実状を捉えて、この先の動向を考えなくては――。



「リタ、現状を教えなさい」

「その……数刻前の出来事なのですが、宮殿の正門前にエスクードの宰相と名乗る方が各姫君を呼び集めて『荷造りをするように』と告げられ……つい先ほどまで納得いかない候補たちが騒動を起こしておりました。しかし、エスクード側に取り合ってもらえないことに諦めをつけて帰路につく姫君たちも時間の経過とともに増しておりまして……。――先ほど小耳に挟んだのですが、デグニダル国第二王女には残るようにとの通達があったようです」

「――彼女以外に引き留められた者は?」

「いえ……、そういう方がいるとは伺っておりません」



 妃にするのに、デグニダル国第二王女は妥当な選択である。この機会に両国間で新たな協定を結べば、お互いが共に繁栄することが可能だろう。しかし、より取り見取りの花嫁候補がいる中でたった一人に絞ったことは意外であった。エスクードは国王に限って一夫多妻が正式に認められているのだ。妃候補と同時進行で側室候補も決めるものなのだと予察していたのだが、そうではなかったらしい。

 端からピクス国が妃の名に上がることは期待してはいなかった。ピクス国の姫がエスクードの妃に選ばれること自体が無理な話で、いくら着飾ったとしても絶世な美女とは程遠い私では見初められるどころか資金不足で無駄な努力で終わるのが目に見えている。そもそも、妃として選ばれここに留まることを所期の目的と定めていない。だが、妃候補から外されてしまってしまえばエスクードに居座る理由がなくなる。この国を去ることだけは回避しなければならない。今までの努力が、すべてが水泡に帰することになる。



「それにしても、王宮が静か過ぎる。怒り心頭した姫たちが仰々しく騒ぎ立ててもおかしくはないはずなのに――リタ、収拾は誰が行っている?」

「はい、それが……」



 そして、これまた奇天烈な答えが返ってくる。






「王自らがなさっております」

「は……?」






 アリシアは唖然とした。そして、思わず米神を抑える。

 王が自ら収拾していいるというのか。今の今まで正体すら現さなかった混沌王が――いや、今回も偽者(・・)なのかもしれないな。何せ彼の影武者は少なくないのだから。







――エフライン・ロガール・レイ・エスクード。







 そもそも彼が一体何を考えているのか、アリシアにはわからない。

 単なる変わりなのか、それとも本物の切れ者なのか――どうやらそれを知るためには直接彼に会わなければわからないのかもしれない。謎多きエスクード王がようやく駒の一手を打ってきたのだ。兎にも角にも、この不意打ちを思わせる出来事にアリシアはゆっくりしていられる暇がなくなった。悠長に過ごしている時間はない。




「リタ、一先ず様子を見に出よう」




 まずは事態を把握しなければ、何事も始まらないのだから……。

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