第四話「王と宰相」
その男は残夜の冷え込みに目が覚める。
どうやら書簡をしたためている内に寝入ってしまったようだ。
緻密で繊細な仕上げをされた立派な肘掛椅子に座りなおした男は、しばし物思いにふける。そして、綺麗に積み上げられた膨大な書類の中から、迷うことなくそれを取った。
手前に置いてある無造作な筆づかいで書き立てられた報告書に腕を伸ばした男は、綺麗に色づけされた調査書と照らし合わせて吟味し始める。それらはあまりにも相違があり過ぎて、むしろ同じカ所をあげる方が難しい。
男は前とは違う調査書を次々と捲り上げた。やはりそこには男の目に留まるめぼしいものは見当たらない。男は冷然と目を通していく。
すると、そこへライネリオが姿を見せた。
「陛下、夜分に恐れ入ります」
「――気にするな。入れ」
颯爽と入室してくる彼に男は一瞥をくれると、何事もなかったかのように書類のほうに目を向けた。相変わらず絶妙なタイミングにあらわれる。
「盛り上がりは上々だったようだな。姫君らも満足したようにみえる」
顔は向けずにそう切り出した王にライネリオは「おや」という顔をした。
「見ていらしたのですか。やはり自分の妃は気になると」
「これから嫌でも顔を合わすことになるんだ。関心ぐらい持っていなくてどうする」
口ではそう答えた王だが、その割には隔て顔だ。どこか他人行儀である。
「――そろそろ、お前の意見を聞かせてもらおうか。ライネリオ」
淡黄の瞳がライネリオを捉える。
「……そうですね。やはり、」
と、言いかけたところでライネリオはふと思い出す。そういえば、面白い女がいたなと――。
「何だ。随分と歯切れが悪いな」
「……いえ。妃候補は何ら相違なく、陛下が自ら挙げた順番通りだと思われます。国柄や家柄やその他姫君の人柄や気性を含めた上で、やはり変わりはないかと」
「――ふん、変な言い回しだな。何か気になる人物でもあるのか」
「どうですかね。私は陛下と違い、あまり人を見る目がありませんので……」
そうライネリオが答えれば、王は鼻で笑う。顔では「嘘をつけ」と、言っている。
「言ってみろ。お前の心を射止めたその人物の話を聞いてやる」
どうやら彼の前では隠し事はできないようである。