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王家の姫君  作者: ユズル
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第三話「宰相とアリシア」




 ピクス国第一王女であるアリシアの存在は、この舞踏会にいようがいまいが誰も気に留めやしない程度の価値しかない。それは同時に、ピクス国の評価そのものであった。




――ピクス国。グランデ大陸から少し離れた場所にあり、最東端に位置するそれほど大きくない島国。




 ひと言で表すなら、「緑溢れた豊かで平穏な国」。だが、それだけだ。何の特色もない上に、いまだにその国を知らない者も多い。数年前までは他国から狙われることもなく、その平穏を過ごしていた。そう、数年前までは――。


 さまざまな国で貿易が盛んになり、船が造られるようになると、遠洋の魚を求めて広範囲に漁をし始める国が出てきたのである。そして、沖合にあるピクス国が目をつけられるのも時間の問題だった。もともと軍事に関して無知であるピクス国が仮にもし攻められたとなれば、敗戦は確実であり、白旗を上げざるを得ないのが現実である。




 他国の属国になるのを回避するため、第一線に送られたのがアリシアであった。




 彼女が窮地に立たされている国事情を知ったのは、ピクス国の王城に召し上げられてからまもなくのことで、この国の危機的状況を把握するのに時間はかからなかった。


 今回のエスクード国の妃選びは、ピクス国にとって重要だった。そしてそこには、大きな期待と責任がアリシアに圧し掛かってきているのである。



「陛下は、まだかしら……っ!」

「いつまでわたくしを待たせるの! いい加減にしてほしいわっ!!」

「あなた今、私のドレスの裾を踏んだわね!」

「ふん、醜女のくせに調子に乗ってるんじゃないわよ!」

「少し黙ってちょうだい! あなたたち風情が陛下の寵愛をいただこうなんて、図々しいにもほどがあるわ!」

「さっきから言わせておけば、あなた何様のつもりよ!!」



 舞踏会の場に足を踏み入れてみれば、そこは醜い小競り合いをする女たちで溢れていた。



 それもそうだろう。蝶よ花よと育てられた彼女たちが、他国での数か月の滞在、その間にも王宮側からは何の音沙汰もなく野放し状態が続いたのだから、鬱憤が溜まるのも仕方ないことである。暇を持て余す彼女たちにとって、この数か月はつまらない憂鬱な時を過ごしたに違いない。



 しかし、ようやく自分を飾り立てられる日が来たのだ。自慢の華やかな衣装を身に纏った妃候補たちの表情は、それは解放感に満ちている。




(……恐ろしいほどの殺気が飛び交ってる気がする。仮に後ろから襲いかけられても身を守る術までは心得ていないのだけど……)





 女たちの修羅場ほど醜いものはないな、とアリシアは心の中でそっと思った。

 王様を()を落とす前に、自分の()を落とされては元も子もない。

 この場は壁の花になることに越したことはないだろう。華やかな格好とまではいかないが、目立たないためにも地味にならない程度には着飾っている。先ほどから、あらゆる女性から凄みのある視線を感じるがここはあえて気にしないでおこう。




「陛下がいらしたわ!」




 そのひと声であたりはさらにざわついた。陛下を一刻でも早く見たい妃候補者は、我先にと前へと駆け寄っていく。そんな彼女らの後ろ姿をアリシアは見ていた。






「貴女は見に行かれないのですか」






 アリシアは後ろから声をかけられてビクリとした。まさかこの状況下で話しかけてくる人がいると思わなかったからだ。少し乱れた心を落ち着かせて、身を整えると、その人物へと振り返って形式通りのお辞儀をする。



「お初目にかかります。ライネリオ様。宰相ともあろう方にお会いできて光栄です」

「……おや、私を知っていると」



 彼は片眉をあげてこちらを見た。



「ええ、殿方のお噂はとても良い暇つぶしですから」



 そう言うと、アリシアは目の前の青年を観察した。


 彼の服装は金糸で刺繍を施された一目見れば高貴なものだとわかるほど、繊細な仕立てをしてある。彼の背は高く、彼の胸元あたりにアリシアの頭がくる。青藍の髪を一つに束ね、動作のひとつひとつに隙がなく、身のこなしが端正だった。女性が羨ましがるほど肌が白く、端正な目鼻立ちをしている。彼の虜になる女性は少なくないはずだ。


 ライネリオは口許を少し綻ばせると、深い海の底を思わせる暗い紺碧の瞳をこちらに向けてきた。



「その殿方に私も含めていただいて嬉しいやら悲しいような。姫君の耳汚しにならなければいいのですがね」

「つまるところの噂話ですから、余興程度に楽しんでおります。真実を知るのは本人だけですから」

「そう言われてしまうと、ますます気になりますな」

「ライネリオ様が気に留めるようなものないと思いますよ。ですから、そのささやかな楽しみを奪わないでくださいませ」



 アリシアはそうライネリオに言うと、遠目から今最大に注目を浴びている人物を横目でちらりと見た。武装した騎士二人を連れ、優雅に中央へと歩み寄っていく姿が見える。



「陛下が気になるので?」

「そうですね……。陛下に会うために今宵はこの場に足を運んだものですから、気にはなります」

「では、貴女もお会いにいかれたらよろしいのでは。――現に、貴女以外の姫君たちはああして夢中なのだから」

「ええ、私もあのように夢中になりたいものですね。……宮殿中をくまなく探せたら(・・・・)いいのですが、なにぶん私は他国の者ですから、不敬な行動は避けなければなりませんので、やはり無理なのでしょうね」



 意味ありげに発したアリシアの言葉に、ライネリオは固まった。そして、次にはふっと笑って見せる。面白いといったように。



「そういえば、まだお名前を伺っていませんでしたな」



 そうライネリオが言えば、アリシアはその問いを待っていましたと言わんばかりのタイミングで、ドレスの裾を掴み、大きく片膝を折った。






「ライネリオ様。――私は、ピクス国第一王女アリシアでございます。以後お見知りおきを」






 それから二人はしばらく他愛もない会話をした後、何事もなかったかのようにそれぞれの場所に戻っていった。






 今宵、アリシアは一度も陛下と話すことなく舞踏会は幕を閉じたのであった。

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