表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王家の姫君  作者: ユズル
2/19

第一話「歪んだ心」





――国の統治者たちは、国の基盤を常に築いていかなければならない。



――国の統治者たちは、臣民を導いていく希望でなくてはならない。



――国の統治者たちは、伝統に則らなければならない。





 ふと、アリシアは読みかけの本を閉じて膝下に置いた。

 悪戯な風が、庭に設えられた噴水の水をテラスまで気紛れに散らすものだから、水霧が足もとまで漂ってくる。それは脚下をひんやりさせるので気持ちいいのだが、今はドレスの裾を上げることは叶わなかった。


 一時の休憩をしていたとことで、あまり心休まることはない。それはエスクードの王宮に上がってからというもの常にそうだった。



「アリシア様。ドレスの準備が整いましたので、お部屋にお戻りくださいませ」



 テラスに現れた人影を見てアリシアは冷たく言った「リタ。随分と遅かったのね」と。そして、言った先に後悔するのは日常茶飯事である。本当に姫と女中であることが当たり前のように振る舞う自分が何より許せないのを、アリシアは自分なりに理解していた。同時に姫と女中としてきちんとした境がなければならないことも分かっている。だから、どうしても心無い言動が態度に出てしまうのだ。自分を隠さなければならないことの方が突飛出でいるのである。


 二年の歳月を経て、アリシアは少しずつ豹変していった。もし、二年以前の彼女を知っている者が彼女に会ったのならば、その変わりように「別人なのでは?」と疑うかもしれない。人前では、アリシアはもはや笑うことも、泣くこともない。それは、まるで生気のない蝋人形ように見える。喜怒哀楽の表現が欠けてしまうほど、彼女の人生は大きく変化してしまったのである。



 ただ、彼女の性格や風貌はどこか冷たくうつるも、儚く美しい穢れをしらない容姿に誰もが引かれるのは宿命であった。



「今宵は陛下がお見えになられるそうです」

「……そう」

「各姫君たちは身支度を整え、すでに会場へと繰り出しているようです。アリシア様も、お急ぎになられた方がよろしいのではないでしょうか」

「……そうね。もう少ししたら行くことにする。リタ、あなたは先に準備して待っていて。それから、ドレスと装飾品はあまり派手なものは避けて欲しい」

「で、ですが」

「言いたいことはわかるわ。だけど、今日(・・)着飾ったところで大した意味はない。リタ、いつもあなたには感謝している。だから今日も私に従ってくれるね」

「はい……。かしこまりました」

「じゃあ、もう行きなさい」



 ピクスの王城から出る際にあてがわれたものといえば、ひとりの専属女中のリタとエスクードに輿入れるための多額の持参金、その他ドレスや装飾品――贅に贅を尽くしたものばかりだった。

 その事実にアリシアはもはや呆れを通り越して、悲しくなったものだ。民から税として納められた血と汗にじんだ金品を王家が有難みすら感じずに、叶うか叶わないかもわからない王妃の座のために、必要価値のないものまで揃えていく彼らの姿はアリシアの心を鬱にした。同時に、これだけのことをしてもらった以上、民にしても王家にしてもアリシアはその期待に何としても応えなければならなくなってしまったわけである。そして、その大きな期待はアリシアの苛刻な生活に拍車をかけていったのだ。



 アリシアの表向きのねらいは王妃の座であるように(・・・・・・・・・・)見えなければならない。しかし、実際アリシアに課せられた使命は他にある。




 アリシアの心が期待という圧力で歪んでいく。だが、もう後戻りはできないだ。




 今宵、エスクード国国王がついに姿をあらわす。数か月の間の、嵐の前の静けさとも言える平穏の日々がようやく終わるのだ。この日を境に宮殿内は大きく変化するだろう。






「――ああ、馬鹿なアリシア。とうとう後戻りはできないところまできてしまったんだ。例え利用されて、駒のように捨てられるそんな運命が見えているのにね」






 アリシアは静かに目を伏せた後、睨み付けるように青空を見上げた。




 政治に感情はいらない。




 すべてはピクスのため。自国を守るために動いているということが、アリシアの支えであり、彼女が正気の沙汰であると知らしめてくれる。






 すでに賽は投げられた。

 彼女の行く末がどうなるのかなど一体誰がわかるというのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ