第十七話「城下に赴く」
太陽が天中に差し掛かる頃、アリシアは約束通り西門前に姿を現した。
そこは普段物資の搬入や召使いの出入りとして使用している通用口であるが、昼時とあって人気は少ない。
天上を見上げれば、青い空が清々しい。頬を撫でるような心地よい風が吹き、アリシアをいい気分にさせた。欠伸を噛み殺している門番を横目に見ながら、アリシアは門の壁に寄り掛かる。
「シア、待たせたね。」
アリシアはスカートの丈を揃えると、足元に置いてあった籠を拾い上げた。
彼の方を振り向けば、騎士の制服から庶民着に変わっている。
頭には蘇芳色の頭巾を被り、長上衣に下穿きをはいている。彼の品格からして、かなりの地味な出で立ちだった。
「ふふ、お忍びだからね。変に目立ちたくないだろ?」
アリシアのテオバルドを見る目に対して、彼は勝手に彼女の気持ちを汲み取ってそう答えた。
頭巾から覗く銀髪がさらけ出されていたら、まあ、確かに人目を引くだろう。何より、彼の気品を感じさせる綺麗に整った顔立ちは、下手したら人だかりができそうだ。
そんなことを考えていると、テオバルドはいきなりアリシアの手から籠を掻っ攫った。
「とりあえず、お昼をすませようか。僕はいい店を知っているからね、紹介するよ。」
「――待て。なぜそうなるんだ! 私は、召使いとして城下に行く許可を得ているんだぞ。君はあくまで私の付き添いとして付き合っている、そうだろ。」
「……シア、そんなに固いことを言わないでくれよ。恥ずかしい話、あれから仕事に追われていてね。お昼を食べている暇がなかったんだ。」
「だとしても、君は私の買い物に付き合うと――」
間が悪いところで、それは鳴った。アリシアの腹の虫が鳴ったのだ。
その音を聞いてテオバルドがクスッと笑う。
「ほら、君だって本当はお腹が空いているんじゃないかな?」
どうせお昼はすましていないのだろう、と彼は続けて言う。確かにそうである。
それが鳴った恥ずかしさのあまりに、アリシアが黙っていると、彼は勝手に「じゃあ、決まりだ」と言ってアリシアの腕を引いて歩き出した。有無を言わせぬ強引っぷりに彼女はこの先を思いやられるのであった。
こうしてテオバルドとアリシアの二人は城下の街へと繰り出していったのである。
城下の街から見るエスクード城といえば、それは偉容を誇る立派なもので、堅固な城壁を持つ要塞は、敵国や反逆者たちなどに容易に破られるものではないことが見て感じさせられる。
アリシアとテオバルドは、まず城沿いの道を下り街へと出た。
「――いらっしゃい、いらっしゃい。いい品が入ってるよ!」
街道に出ると、すぐに商人たちの威勢の良い掛け声が耳についた。その響き渡る声を中心として人の群があちらこちらに広がっている。
エスクード国の首都バビンシアの中央街は、とても賑やかな場所であった。
「思っていたより混雑しているね。シア、ついて来ているかい?」
「……うん、なんとかね。」
アリシアはテオバルドを見失わないように、すぐ後ろをついて歩いていく。
ここ数年間立て続けに農作物が豊作であり、民たちの生活は潤いを見せている。生活する上で必需品である香辛料や毛織物、綿織物といったものは当たり前、その他にも宝石や骨董品、異国の変わった品物や本当に効力があるのか疑うような奇妙な薬など幅広い商品が自国の商人たちや他国から渡ってきた行商たちによって、この街に取り揃えられていた。中央街で手に入れられないものはないといってもいいだろう。
何より、中央街は各商人たちがこぞって競っている、商売激戦区でもあった。
中央街の本通りに出れば、度を増して商人たちが熱を上げて客相手に商品の売り付けをしている。露天商も多く、かなりの数がいる。その中には、怪しい店だって紛れている。
アリシアも通り際にどんなものが売っているのか気になりながらも、決して店には近寄らず、横目で見ながら先を進んでいく。彼らに言い寄られたら最後、口車に乗せられて高額な物を買わされてしまう。
「もう少し歩くけど大丈夫かい?」
「大丈夫……って、確認しておくけど、所定の目的は君との食事じゃないんだぞ。私には買い出しという使命が、」
「――ほら、こっちだよ。」
彼が急に大通りから脇道へとアリシアを引き込んだ。
あまりにも急の行動だったので、アリシアは驚いた。そして、ちゃっかりと手を握られていることに気づいたアリシアは、彼の手の甲に爪を立ててやる。話を逸らした罰でもある。
「……痛いじゃないか、シア。」
「君が悪いんだろ。それで、まだなのか君が言ったいい店は!」
アリシアのあまりのご立腹にテオバルドは「怒っちゃて、可愛いな」と目を細める。ふざけるな、とアリシアが突っ込んだ。
「――ほら、ここだよ。僕の行きつけのお店でね。君に気に入ってもらえるといいのだけど。」
しばらく歩くと随分と開けたところに出た。
アリシアがテオバルドの背から顔を出し、彼の指さした建物を見る。……て、ここって。その建物を見た途端、彼女は瞬きをするのも忘れてその場に立ち尽くした。