表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王家の姫君  作者: ユズル
17/19

第十六話「テオバルドという青年」




 宮殿が抱える召使いは、数百人といる。

 もっとも大勢の使用人を抱えるため、召使いたちの仕事は細分化され、各部署に課せられた分担業務に従事されている。

 召使いによって立場が異なり、「寝室係りとしての世話」としての仕事を任されている者もいれば、厨房や浴場、洗濯や清掃などが役割として割り当てられている者もいる。

 そして、王族専属の召使いとなれば違った待遇が受けられる。

 王妃や王太后の居室の上にある中二階、そこは王妃に仕える召使いたちの住む部屋として使えるようになっており、数人の召使いが住めるようになっている。主人のはからいによっては多少の贅沢も可能となってくる。

 だが、現時点で王妃の部屋はもぬけの殻で人の気配はない。

 正式にエミリアが王妃として召し上げられるまで、半年ほどの時間がある。それまでは、婚約者という形でエミリアは離宮に滞在することとなった。

 引き留められているピクス国の王女アリシアはというと、エミリアのたっての希望で一緒に離宮に移動することになったのだが、その話の途中でエフラインがそれを断ってきた。そのため、今でもペリプエスト宮殿内にいるわけである。

 エミリアが離宮に移されてからというもの、彼女から「来なさい」という呼びかけはあるものの彼女の方からアリシアの元に訪れることは激減した。宮殿に滞在が決まってから、頻繁に彼女と会っていたせいもあって心なしか寂しさを覚えたが、縛りがなくなったことによってアリシアの行動に制限がなくなった。



 彼女は今専属の女中であるチタの目を盗んで、宮殿の広場にやってきていた。

 それも洗濯の籠を両手に抱えて、その姿格好からして召使いそのものである。



「シア」



 広場の片隅にある建物の陰にある洗い場まで、大量の洗濯物を運んでいたアリシアははじめ掛けられた声に気づかなかった。

 そして、彼女が洗濯物を洗い始めたところで痺れを切らした彼はようやく行動に移した。



「……あっ、ちょっと何するんだ!」

「――もしかして、シアは僕を無視しているのかい?」



 素早く取り上げられた洗濯板を奪おうとアリシアは立ち上がった。すると、彼は意地悪にもそれを後ろに隠した。とっさに手を伸ばしたアリシア、彼女のその動作を待っていましたといったように彼女の細い腕を掴むと、洗濯板を放り投げてもう片一方の腕を彼女の腰に回した。密着する二人。だが、両者に妙な緊張感はない。

 彼はニコリと微笑むと、アリシアの顔についた洗剤の泡を手で拭った。



「放してくれ、私は忙しいんだ。君にかまっている暇はない。」

「僕とシアの仲だろ?」

「――変な言い方をするな。私は本当に今日時間がない。午後からは買い出しがあるんだ。それにいい加減、私にかまうな。」

「買い出しか……。仕方ない、僕が付き合ってあげよう。」



 冗談じゃない、アリシアは彼に憤りを感じた。

 アリシアは意地でも彼の腕の中から抜け出すと、放り出された洗濯板を拾い、作業にとりかかった。洗濯物のほとんどが寝台のシーツや枕カバーである。それに結構な量があるため、早めに取りかからなければ正午を過ぎてしまう。

 出会い頭からこの青年には、振り回されっぱなしだった。アリシア自身、思わず素が出てしまっていることをまずいと感じているが、どうも彼の言動はアリシアの癇に障る。

 実のところ、ピクス国第一王女の面を被っている時のアリシアは高貴な育ちさながらの柔らかな物腰なのだが、アリシアはかなり口が悪い。というか、悪くなったといった方が正しい。



「実は僕も城下に用事があってね。途中まで、一緒にいいだろ?」



 彼の名前はテオバルドという。

 彼には、アリシアの後ろ文字を取って「シア」として名乗り接している。

 何でも、テオバルドは宮殿の騎士団に所属しているのだという。宮殿の騎士団となれば、選り抜きの優れた人物が抜擢されると聞いている。そんな身分を持っている彼が、どうして一介の召使いごときを相手にするのかは謎である。だが、アリシアが召使いとしてここ最近顔を出すようになってから何かと声を掛けてくるのだ。それは有難迷惑極まりないが、彼に以前に助けられた恩もありしょうがなく付き合っている。

 アリシアは彼の申し出に、躊躇した。

 何故なら、アリシアが城下に行くのは何も召使いの仕事を全うしてだけのことじゃない。私用も含めている。

 こうして身分を偽って、エミリアの話し相手をする傍ら召使いとして仕事をしているのも理由があっての行動だ。

 しかし、邪魔をされるわけにもいかないが、少々気になる点があるのも確かだ。

 アリシアはふとテオバルドの顔を見上げた。美しすぎるほど端正な顔つきで、今は騎士団の制服でいるため男であると判断がつくが、後ろに一本で結ってあるその長い髪を垂らせば女性にすら見えるだろう。

 銀色の髪と深黄色の瞳を持つ青年――テオバルド。彼と大分前に会ったことがある気がするのは、果たしてアリシアの気のせいなのだろうか。



「その沈黙は、肯定として受け取っていいのかな?

 そうだな、西門前で貴女が来るのを待っているよ。……ふふ、じゃあ、僕は仕事があるのでこれで失礼するよ。」



 また後でね、とテオバルドは言うと手に薄紅色の何かをひらひらさせてその場を後にする。はっとして、アリシアは女中服のポケットを慌てて確認する。いつの間に……!



「……なんて奴だ。手拭いを盗まれた。」



 要するに、返して欲しければきちんと約束を守れということだろう。

 アリシアは深い溜息を吐くと、膨大な洗濯物を正午まで洗い終わるためにも黙々と作業に取り掛かったのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ