第十五話「居座る男」
彼の名は、エフライン・ロガール・レイ・エスクード。エスクードの現王である。
そんな彼は今、アリシアの部屋に居座り紅茶を堪能していた。
「不機嫌な顔をしているな、アリシア。」
「……いえ、そうは思いませんが。」
気安く名前を呼ぶな、と言わなかった自分を褒めてやりたい。アリシアは彼の言った通り、不機嫌の最高潮をいっていた。
彼がこのアリシアの部屋に居座り始めてから、ゆうに半日が経過している。「なぜここに」と問い掛ければ、自分の余暇をどこで過ごそうが勝手だろうと言い返された。まったくもって、迷惑な人だ。
「エミリア様のお部屋にでも行かれてはよろしいのでは? 寂しがっておれられますよ、きっと。」
「どうしたんだ、アリシア。嫉妬か?」
今の会話のやり取りのどこが「嫉妬」なのか、アリシアは少しの間真剣に考え込んだ。
そんなアリシアの様子にエフラインは軽く笑った。
「君は一言に対して過敏に反応するな。それは癖か?」
「……そう思いますか?」
「そうだな。君との会話には違和感を覚えて仕方がない。俺は出生柄そういうのを好まない。」
「ならば、過敏に反応しないように以後気をつけるようにいたします。」
彼のカップに新たな紅茶を注ぎ足しながら、アリシアは時間を気にしていた。今日は、新調したドレスや装飾品などが届く日である。それに……。
エフラインはそんなアリシアの心中を悟ることなく、紅茶を注ぐ彼女の横顔を眺めていた。
漆黒の髪を上に結い上げている彼女の首筋は透き通る白さで、何故か無性に噛みつきたくなる。それに、澄んだ瑠璃色の瞳の奥にどんな思惑を抱いているのか、気になるところだ。
今ここで押し倒して、彼女の身体に直接聞きだすという手もあるが、それはまだ早いと自身の頭がそう訴えては歯止めをかけている。
彼女が聡明なことは会ったその時に認識した。ライネリオが彼女の存在を目に留める理由もわからなくはない。
(だが、この女は……。)
エフラインは口元に手を当てるとしばらく考え込んだ。
エフラインの視線に気づいたアリシアは、微笑むこともなく「どうかしましたか」と首を傾げた。まるで人形のように無表情だ。
彼女が庶民の出として育っていることは調査済みだ。しかしながら、庶民の出と微塵も感じさせない身のこなしようは称賛に価する。
どんな教養を受けてきた? ピクス国はどこか閉鎖的で、圧倒的に外部からの情報が乏しいのである。特に、庶民と王家の土地的な隔たりは大きく、国の領土から離れにある半島に王城があるため親交性には欠けるのである。だが、不思議なことに庶民の王家に対する好感度はとても良く、非常に良好な関係を築けている。そんな情報が果たして真実であるかは、実際目の当たりにしていないエフラインには判断できないが、もしそうだとするなら国を治める王の一興味としては、その秘訣でも教えてもらいたいものだ。
もったいない人材だと、エフラインは思う。仮に彼女を手なずけられるとしたら、そして、彼女がエスクード国にとって都合の良い身分の持ち主だったら、自身の王妃として隣に侍らせることも考えただろう。
だが、彼女はその二つに当てはまらない人物だった。恐らく、アリシアはエフラインを好かない。それを彼は本能的に感じ取っていた。
(だから、面白いんだがな……。)
今まで、気になった女を落とせなかったことはなかった百戦錬磨の男にとっては、アリシアはとても規格外な女であった。だからこそ、彼女がエスクード国に何を求めているのかが判明するまでは、野放しにすることを決めていた。
彼女が不利益な状況を生み出すことが知れた時、迷わず彼は彼女を切り捨てるだろう。
実の母親すら手にかけ殺す無情さを持ち合わせているのだから。――エフラインにとって、小娘ひとり殺めることなどいとわないのだ。