第十三話「その男の正体」
「それにしても、随分な物言いだな。俺を追い出す、か。――おもしろい。」
すうっとその男は立ち上がると、部屋の外で立ち止まっている二人へと歩み寄ってきた。
彼はすらりと背の高い美丈夫だ。そして、淡黄色の瞳は冷たく油断無く、口元だけを見れば笑っているのだが、その他の部位に表情は無かった。
「ちょっと、近づかないでくださるっ! わたくしを誰であるのかご存じですの!!」
エミリアは緊張しているのか声が上擦っている。
「ああ、知っているさ。」
彼は前髪を掻き上げると、エミリアに意味ありげな視線を送った。
そして、赤墨色をした髪から覗いた精悍な目つきに、彼女は一瞬にして黙り込んでしまった。すると、彼はまるで声をなくしてしまったかのように静かになったエミリアの右側の肩に片手を置いた。
彼女の体がビクリと震えるのを、アリシアは今いる位置から確認することができた。しばらくの沈黙が周囲を包み込む。
何の前触れもなく、肩に置かれた彼の手の先がエミリアの首筋に触れた時、彼女の体が前倒れするような形で傾いた。
「きゃっ、――んっ!!」
彼はエミリアの顎に手を添えたまま、背にそのたくましい片腕を回し抱き寄せ、自身の唇と彼女のそれをくっつけている。その光景を見て思わずアリシアの目が点になる。はっ? 今ここですることか!?
「んっ……あっ!」
接吻というのを間近で見たのは、アリシアにとって初めてだった。こんなに濃厚なものなのか。
何故か急に恥ずかしくなり、目線を下に向けて絨毯を睨み付けることによって何とか冷静を装ったアリシアであったが、エミリアが時折漏らす声が妖艶でどうしてもそっちを意識してしまう。
(――ちょ、ちょっと、ここ人前だから。私いるからねっ。ああー! この場にいる私が恥ずかしいだろ。こういうことはどこか他所でやってくれよっ!)
まもなくして、エミリアの甘い声が消え、荒い息遣いが聞こえてくる。
ようやく終わったその行為に、前触れもなく唇を奪われたエミリアよりも、第三者として見ていたアリシアの方が脱力感に包まれていた。勘弁してもらいたい。
俯いていた顔をもとに戻した時、何故だかその男と目が合ってしまったのはアリシアの間が悪かったからではない。そして、彼はアリシアに視線を逸らさずにこう告げた。
「デグニダル国第二王女エミリア。
――お前を正式にエスクード王の妃として婚約することをここで誓う。エフライン・ロガール・レイ・エスクードに相応しい女であれ。」
エミリアの顔が驚きの表情に変わっているのが、彼女の後ろ姿から容易に想像できた。
どういうわけなのか、こちらに視線を向けてくる男、この国で最も高位な地位に座る国王陛下との突然の巡り合わせに、アリシアは今更になってこの場から立ち去る口実を考え始めた。
なぜならエスクード王に会うのはまだまだ先のことであると信じて疑わなかったし、この三者が同時に顔を合わせることだけは避けたかったからである。
(……いつかは出会うと思っていたが、まさかこんな流れで会うなんてね――!)
いくら自分の王妃になるかもしれない女であっても、それを他人の前でイチャつくなど言語道断だ。初対面で一発かましてくれた男をアリシアはこの先忘れもしないだろう。しかし、すぐさま個人的な感情は頭の隅に追いやる。今は、ピクス国の王女として振る舞わなければならない時だ。切り替えるんだ。
アリシアは自身のドレスの裾を掴むと、膝を折って彼に頭を下げた。