第十一話「妃候補理由」
早朝、冷え切る寒さが残る時刻に一羽の鷹が遥か彼方から飛んできた。
鷹は何度か上空を旋回した後、王城へと急下降し始める。それから、複雑な造りの城を器用にすり抜け、狭い路地のすれすれの場所を加速したまま通り過ぎていく様子は飛行の正確さを物語っている。
そして、ある高台の建物の一室に鷹は吸い込まれるように入っていった。その場所とは、エスクード現王エフライン・ロガール・レイ・エスクードの寝所である。
「ご苦労だったな、フェリス。」
主の腕へと舞い降りたフェリスの片足には書状が結ばれてあった。
エフラインはそれを解くと、仕えの者にフェリスを受け渡しその書状を読み始める。二枚に渡り連なれた文章は無駄なく実に繊細に書かれてあった。
しばらく黙々と目を通していた後、あまりにも予想していた通りの事態になったことにエフラインは満足するよりもせせら笑った。
「傲慢な我欲政道も幕切れだな。もはやここまでくれば、不憫の言葉に限る。」
彼はひと通り見るやそれを丸め、絶え間なく燃える暖炉へと投げ入れた。
あの国が孤立無援な状況下を抜け出す手立ては残り僅かになった。それをあの愚王が見つけられるとも思えないが、ここは急がず相手の動静をしばらく見るに越したことはないだろう。今はまだ行動する時ではない。それに、こちらにも早々に片付けねばならない問題が発生したのだ。
(……いずれにせよ、布石は多い方がいいからな。一応、牽制はしておくか。)
今回の騒動でさらなる無能ぶりを曝け出す羽目となった愚かな国――マグニフィコ。
近い未来、あの国が没落することは目に見えている。その後の尻拭いをする手立てもエスクードにはある。
机の引出しからまっさらな良質な紙を一枚取り出すと、彼は一筆書状を認めた。愛鷹を休む暇なく飛ばせることに躊躇したエフラインは、新たな鷹を用意させるとその足へと記したもの括りつけ窓の外へと放った。
エフラインは鷹を見送ると、ちらりと城内の敷地を見下ろした。
「――あれは、」
窓縁に片腕を置くと、口の端を吊り上げてまじまじとその様子を眺める。
視界に映ったのは、王妃の候補として留め置いているデグニダル国第二王女――そして、ライネリオが関心を持ったことに興味が湧き、成行き上引き留めたピクス国の王女の二人。
どうやら、庭園でお茶会を催しているらしい。二人だけでは少々寂しいように見えるが……。
思い返せば、妃候補という名目で身分高きある他国の王女や今や世に名を馳せている大富豪の娘たちを広範囲から募らせたわけであったが、果たしてここまで大掛かりに行う意味があったのかと聞かれれば、いらぬ経費の無駄遣いであったと断言できる。だが、盛大なものにしなければならなかった理由も確かにあった。
デグニダル国第二王女がナランハ領を持参金として持ってくるように仕向けなければならなかったのだ。
(……そろそろ、頃合いか。)
会うのが決して億劫というわけではない。今の今まで忘れていたというのが、本音だ。
それくらいの程度の認知しかされていない妃候補であるデグニダルの王女がどこまでの器なのか。また、このエスクード王エフラインの隣に相応しい者なのかを見限る必要がある。
見限るそのついでに、ピクスの王女をからかうのも一興であると、エフラインはこの時漫然と思ったのであった。