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王家の姫君  作者: ユズル
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第九話「安寧は終わる」




「――田舎の王女ごときがわたくしの相手を務めるですって?」



 「他にも留め置かれたという人物いる」という報告を受け、その事情を聞いたエミリアが発した第一声は相手を嘲笑うものであった。ピクス国などと名も聞いたことすらない。そんな者がわたくしと同等の部屋を与えられたとなると面白くないのは当然のこと。それがわたくしの話し相手として留め置かれたとしても納得などいかない。



「ふっ、まったくもって気に食わないわ。」



 でも、とエミリアは続けた。彼女の言葉を聞く者はここにいない。



「――アリシア? 何ともいじめがいがありそうな名前だわね。」



 彼女はグラス片手に窓縁に歩み寄った。口許に薄ら笑みを浮かべて、窓から見える美しい風景を眺める。

 そもそも位付けでは己に勝るとも思えず大した身分でもないことだし、何も恐れることはない。これは政略結婚であり、己の立場は脅かされることもなければ何よりも重宝され大切に扱われるべきなのだ。それは今も今後も明確な事実ということには変わらない。王妃の座は急かさずとも目と鼻の先にある。焦る必要もない。

 すぐに追い出す必要もないわ、それに今に自身から逃げ出さずにはいられなくなることは違いないのだし――。

 彼女が【虐使姫】とあだ名されていることは有名な話であった。弱者を虐げ、気に食わぬ者がいたのなら精神をすり減らさせて手加減なくこき使う。そんな仕打ちがいつしか陰での通り名となったのである。



(一つでも無礼な真似でもしたら即刻叩き出してしまいましょう。ふふ、アリシアという女が脆弱な質でなければいいわ。)



 そんなあだ名がつけられているとは露知らない彼女は、どう嫌がらせしてやろうかと、考えを巡らせ胸を膨らませた。ようやく退屈な日々に終止符を打てることを心から喜んだ瞬間であった。






 同時刻、王城のある一角を忙しなく通る者たちの姿が目撃された。その中心人物である女は普段の様子と変わって、人の目も(はばか)らず興奮し熱涙を浮かべながらある塔へと入っていった。


 王城のある塔の下には地下洞が存在する。

 冷気の漂うその洞窟は、昔重罪人たちを一時留め置く為の収容場所として使用されていた。鍾乳洞の中のように絶え間なく滴る水は、染み出た地下水が滲み出てきたものだ。

 人の気配もない静かな場所、ひとりの女と数人の青年たちが地下へと足を踏み入れると、それを歓迎するかのように檻の中で息絶えた罪人たちの骸が彼らを待っていた。しかし、女の神経はそれほどで悲鳴を上げるほど年若でもなかったし誰よりも図太かった。

 女が握る足元を照らす篝火は、流れ込む隙間風によってゆらゆらと風に煽られる。彼女のドレスの裾はすでに水を吸いこんでいた。それを見て彼女の側近である者が(たしな)めたが、そんなことはおかまいなしに彼女は踝の高いヒールを掻き鳴らせてそそくさと地下の最奥と足を進めていった。一分一秒とも惜しいといった風に。

 そして、入り組んだ洞窟内のさらに先を行った場所にその異様で不気味な扉は存在した。



「薄のろども! 早うこの扉を開けぬかっ!!」 



 あまりにも行動が遅れている側近たちに女は怒鳴り声を振るい叱咤した。

 出入りを禁じられたその部屋に女がやってきたのは、本当に十数年ぶりのことだった。それもそのはず、先在の陛下が下した罪科の刑期を終え、ようやく我が子との再会を果たせる時が来たのだ。

 年若い側近たちが慌てふためいた様子で、厳重に鎖を巻かれ鍵を掛けられた扉を開けていく。女はその扉が開くや否、一目散に飛び込んだ。



「――妾の愛しい子、チャルレス! 寂しかったぞ。妾はそなたのことを恋しかったぞ。」



 その異臭が漂う部屋には、足首に重い鎖に繋がれた青年は力なく虚ろな目をして座り込んでいた。

 布屑同然の所どころ破けたサイズの合わない服を着て、血色が悪く今にでも死んでしまいそうな軟弱な体は強く抱きしめるだけで壊れてしまいそうなほど細かった。



「はは、うえ……?」



 女は我が子の命の灯火を確認し、痩せ干せ餓死寸前の青年の頬を摺り寄せ啜り鳴いた。――ああ、可哀想な坊や。こんなに大きくなりよって、この腕に何度抱きたいと願ったことか。

 チャルレスと呼ばれた青年は、何が起きているのかわからず放心状態であったが、孤独の解放によって安心したのか眠りについた。



「……ファビアナ様、彼は一先ず地上に運んだ方がいい。療養が必要でしょう。」



 第一側近のテオバルドがいつの間にか背後で控えていた。

 彼の問い掛けにファビアナは頷くと、他の側近たちに運ぶようにと命じる。今になって姿を現した彼に彼女は眉をひそめた。



「いつ戻って来ていたのだ、テオ。」

「今朝、王都に到着。今日がチャルレス殿下の釈放の日と伺いこちらに参った次第なのです。貴女様も僕と同じで大分やつれていらっしゃる。」

「お主がやつれているだと――? 冗談を言うな、笑えぬ。」



 ファビアナにそう言われて、テオバルドは目許を細めた。

 前王の側室であった彼女の第一側近という地位にもいるにかかわらず、王城内では彼の存在はあまりにも知られていなかった。それもそのはず、いくらフィビアナが社交界に連れ出そうとしても彼自身が表舞台には出ようとしないのだ。一言で言い表すなら、「変わり者」その言葉に限る。しかし、彼女のお気に入りには変わりない。



「チャルレス殿下との再会を果たしてほっとしたような顔つきをしていますね。まあ、いくら貴女様から無理難題な命令や嫌味な残業を下されたとしても、僕はまだまだ若いですからね。」

「――何だ。それはつまり妾が年を取っているとでも寓意しておるのか。」

「いえいえ、とんでもありません。僕は貴女様にそんなことを物言えるほど蛮勇者ではありませんから、そんな気持ちは微塵も。ああ、それよりファビアナ様。僕を貴女様の側近から解雇してもらいたい。」

「……それを、妾が許すと思うのか。」

「チャルレス殿下付きにしてもらいたいと言っても、許してもらえないので……? 僕は彼には必要ないと。」

「……いや、許す。だが、妾の目のある場所にいろ。そなたは妾が知っている中では使いかってが良い。今まで通り、存分に働いてもらうからな。」

「どうぞ御随意に。僕は貴女様のしもべですから。」



 チャルレスがこの地下に投獄されてから今日まで、息を殺し気配を消してまで贅沢な暮らしすら抑制し制限を行ってきた。しかし、表だって静粛する日々はこの日を境に切り上げるのだ。ようやく密に水面下に張り巡らせていた謀略を仕掛ける時なのである。それにこの青年を使うことは、どの捨て駒よりも使いかってが良く楽だった。十二分に報酬を与えてこの地位に縛りつけているが、自身の目的を果たした折には今以上のそれ相応の地位と名誉を与えてこちら側に居座させるも良いとファビアナは密に考えていた。



(ようやくだ。ようやく、妾に無礼を働いた者たちに痛い目に見せてやる時が来たのだ。あの卑しい女の息子がこの国の王などと笑わせられるわ!)



 あの忌々しい女の血筋を引いた者が王座にいること自体、許すべき罪なのだ。今に王座から引き摺り出してくれようぞ。



 フィビアナは十数年前に抱いた野望と恨みを一度たりとも忘れていなかった。

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