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王家の姫君  作者: ユズル
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序章「王都の招かざる客」




 可憐に咲く野花を摘み取って作った花の冠を頭にのせて、アリシアは丘になっている坂を一気に駆け上がった。

 艶ある漆黒の髪が綺麗に波打っている姿に、村の住民は胸をときめかせた。ふんわりと優しい日差しが、明るく駆ける少女を照らしている。

 少女の名前は、アリシア。姓はなく、孤児である。しかし、彼女はそんな境遇に育った自分自身をけして悲観したりしなかった。孤児院で一緒に暮らす他の子の方がよほど悲惨な目にあっていることを知っているし、自分が置かれている環境が思いのほか恵まれていることをアリシアは幼いながらに理解していた。



「アリシア、お帰り」



 庭師であるバッフェルがアリシアに気づいて微笑んだ。剪定(せんてい)し終えた庭木は見事なまでにさっぱりとし、夏姿に変わっている。孤児院の庭の手入れは、彼にとって生きがいなのだという。妻に先立たれた彼は、この妻との思い出の孤児院をこよなく愛している。ヴッフェルももともとは孤児院の出であった。



「ただいま、おじさん」



 アリシアはその場でくるりと一回りすると、姿勢を正し、ドレスの両裾を持って淑女らしいお辞儀をしてみせた。明後日は年に数度行わられる収穫祭の日である。収穫祭の日まで待てず、心が浮立っていたアリシアは、今の今まで収穫祭準備の様子を見に村を駆け巡ってきたところであった。



「院長先生がお前さんを探しておったぞ」



 なんだろう、アリシアは思い当たる節がないかと考えを巡らせた。

 アリシアは、日頃よく院長室に呼び出されてはお叱りを受けていた。何も学院長がアリシアを目の敵にしているというわけはない。ただ単にアリシアが好奇心旺盛なことが如何せん問題なのである。



「お前さんを叱るために探しているわけじゃないぞ。お前さんに客だ」



 アリシアは、はてと首を傾げた。両親も身内もいない孤児のアリシアを訪ねてくる人などいるはずがないのである。誰だろう、とアリシアがひとり呟く。



「どうやら王都から来たらしい」

「……おうと(・・・)って、ピクスのおうさま(・・・・)がいるところでしょ?」

「ああ、いかにもそうだが。……お前さん、今度は何をしでかしたんだ?」



 アリシアは本当に心当たりがなかった。今まで、大人を唸らせるような奇行は数知れないがそれは大人たちが目を瞑れる範疇内のことであり、誰かに迷惑を掛けるような大事は今の今まで引き起こしたことはない。



「おじさん、わたしなにかしでかしたおぼえないよー」

「……だといいが、な」



 バッフェルおじさんは商売道具を片付け終えると、ちらりとアリシアの方を見た。そこには頭を捻って考え込んでいるアリシアの姿がある。彼は蓄えたあごひげを撫でながら、ボソリと呟いた。



「……それにしても、お前さんはえらく別嬪さんになったな。……村の男どもにはもったいないわい」



 アリシアは村一番の美しい少女として有名だった。一際目立つ異国風の容姿もそうであるが、何より彼女の明るくて素直な性格が周囲の人々を引きつけていた。それに、彼女には他人をほっとかせない不思議な魅力があった。

 バッフェルが漏らした言葉がアリシアに聞こえることはなかった。アリシアといえば、考えても仕方がないといった感じで、今や珍しい来客者にうきうきとして目を輝かせている。



「――アリシア。ここにいたのですね!」



 院長先生の声にアリシアとバッフェルは文字通りびくりと反応した。それもそのはず、バッフェルとアリシアが話している間にある窓から院長先生が外に身を乗り出すように、突然と現れたのだ。アリシアは少し乱れた胸を落ち着かせると、大好きな院長先生に満面の笑みで微笑んだ。



「ただいまもどりました。院長先生」



 一回りまではしなかったものの、バッフェルにしたのと同じようにアリシアは軽い会釈をしてみせた。だがその一方で、院長は挨拶を返している余裕すらないらしい。普段の落ち着いた雰囲気を醸し出しているつもりのようだが、口調は少々焦り交じりだ。



「あなたにお客様がいらしています。――アリシア、身支度をしっかり整えた上で居間においでなさい。今すぐにですよ!」



 丁寧な話し方の中に含まれる院長先生の心逸やる様子は、アリシアを不安にさせる。一体、どんな人が私を訪ねにやってきたというのだろう。彼女が窓から顔を引っ込めるのを確認した後、バッフェルにお別れを言うとアリシアは急いで院の玄関へと回った。院長の慌て振りからして、相当な身分の人物であることが予想できる。アリシアはそのことを無意識に感じ取っていた。

 そして、ことは起きる。それはアリシアが院内に入ろうとした矢先のことだった。



「――お前がエレオノーラの娘か?」



 その声音は冷やかで皮肉に満ちたものだった。



「どちらさまで、」



 しょうか、と口を開こうとしたアリシアはあることに気付き言葉をなくした。アリシアを見据えている人物、その男の胸元にぶら下がっているエンブレム――その首飾りには、ピクス国王家の紋章が刻まれていた。それはピクス国の者なら見間違えることはない、誰もが馴染みのあるもの。何故ならこの国の民は、週に一度来る聖なる日にその紋章に向かって誓いを立てているのだから。



「――はっ、不様な姿だな。王家の一員たるものが、こんな片田舎に埋もれているとは恥以外のなにものでもない」



 笑える、と吐き捨てた青年。土足厳禁の院内を立派な靴でカツカツと歩いて来た彼に、アリシアは少なからず()い気持ちを抱かなかった。



「クリスト、馬車を回せ!」



 そう付き人に命令する青年の漆黒の髪は、アリシアのそれとどこか類似していた。顔立ちに関しても綺麗なぐらい整っており、気品溢れている。だが、きりりとした鋭い目はどこか相手に威圧感を覚えさせた。背はそれほど高くなく、アリシアより頭一つ分高いぐらいであった。そんな彼が自分へと歩み寄ってくる。アリシアは思わず一歩二歩とその場から後ずさった。



「あなた、わたしを知っているの? あなたは、だれなの。どうして、ここに――きゃっ、」



 彼がアリシアの細い手首を掴んだ。その反動で頭から花の王冠が滑り落ちる。そして、青年はそれを何のためらいもなくグチャリと踏みつぶした。



「要件は手短に言う」



 アリシアの瑠璃色の瞳を覗き込んで、彼は死刑判決をする裁判官のようにアリシアに告げる。その言葉はアリシアにとって予想だにしなかったものだった。



「エレオノーラの娘――お前には、第一王女としてエスクード国に嫁いでもらう」



 冷やかに告げられた言葉の意味をこの時のアリシアではどういうことなのか理解できるはずもなかった。

 だが、その言葉は残酷にもアリシアの人生を大きく変えていくことになる。それは間違えなかった。

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