彼女に出来ること
王立中央学院。
この学院は王国所属の貴族と準貴族子女であれば入学し、
九歳から十四歳までの六年間を過ごす事が義務付けられている。
それは庶子ですら、入学義務からそうそう逃れられない。
時には成績が振るわずに進級出来ない者も出てくるのだが、
大抵七年、八年かかってでも卒業を目指す者が大半である。
何せここを卒業できなければ絶対家督を継げないのだ。
仮にやむを得ない場合で退学しても、である。
王国憲章で定められているがために。
もっとも留年するような者が家督を継ぐ事は極々稀である。
一人っ子で親族にも目ぼしい者がいないか、ぐらいであろう。
ちなみに王国には「病弱な貴族子女」は、ほぼいない。
よって「病弱」を理由に通学出来ない者はまずあり得ない。
神殿を頼る事で大多数の病や傷は快癒してしまうからである。
かなりの金額が「浄財」として要求されるのではあるが。
ほぼいない、という事は、いるにはいる、という事。
例えば先天的に視力を持たない、四肢が欠けている、
こうした者は高度な神聖魔術でも補えない。
◆
カーニャは、生まれた時から両足ともひざから下がなかった。
両親も祖父母も彼女の不幸を嘆いたが、その分溺愛していた。
若い頃の母親によく似た愛らしさも拍車をかけた。
家は副伯爵で経済的に余裕もあり、生活には困らなかったが、
車椅子で自由に動けない彼女はよく感情を不安定にさせていた。
使用人に当たり散らし、両親も祖父母も強くは叱らない。
不安定さは年齢と共に悪化する一方だった。
動き回れないカーニャは、外で遊ぶ事に興味が起きなかった。
その代わりに家にある本を片っ端から貪るように読んでいた。
おかげで領主邸の基礎学校では、成績も抜きんでていたが、
これ以上の進学は難しく、生涯領地にいるつもりだった。
◆
カーニャが八つになる頃。
王立中央学院に通う五つ上の兄が、一人の女性を連れてくる。
彼女は色素の薄い紫がかった長髪を後ろにまとめている。
身綺麗にはしているが、取り立てて目立つところのない容姿。
年齢は多分兄よりも数歳は上だろう。成人に見える。
大好きな兄を奪う婚約者、という訳でもなさそうだが。
「はじめまして、カーニャ嬢。兄君の知り合いのロートです」
カーニャは両親や祖父母同様、溺愛してくれていた兄の連れに、
どう反応すべきか戸惑っていたが、やがて口を開く。
「カーニャです。兄がお世話になっております。
本日はどのような御用ですか?
疲れているので早く休みたいのですけど」
一応は身に着けている丁寧さで、しかし苛立ちは隠さず、
別に貴女とは関わりたくないと言外に伝えたが、
ロートはそれを気にした様子もなくこう告げる。
「王立中央学院に通ってみませんか?」
カーニャは困惑する。車椅子の自分が学院生活を送る?
奇異の目で見られるだろうし、今更他人と関わりたくもない。
世話人だって学院生活では何人か必要になるだろう。
この女は何を言っているのだ。
「あの…わたしの事、ちゃんと見えてますか?
車椅子なんですよ!貴女みたいに自由に動けないんです!
不自由な自分を見世物になんかしたくないんです!」
声を荒げるカーニャだが、ロートはこう返した。
「車椅子は要らなくなる、貴女は普通に歩いて通学できる、
と言ったらどうでしょうか?」
ロートはカーニャの兄に目配せすると、兄は後ろを向いた。
同時にロートは自分のスカートを捲くり、カーニャに見せる。
ロートも両足がない。
いや、太ももまではあるが、自分と同じようにひざ下がない。
太ももから靴までの間には何もない空間が広がっているが、
太ももの端に何かが巻かれており、宙に浮いていた。
両足先の模型のようなものがそれぞれ靴を履いており、
付け根にも太ももの端と同様のものが巻かれている。
カーニャはロートが入って来た時の事を思い返す。
彼女は、普通に歩いて入室してきた。周囲の人と同じく。
「少し前に開発された、魔道具の義足です。
わたしの知人がこれを一から作ってくれました。
ももから足までの間に透明の力場が出来ていて、
一般の人と同じように歩くことが出来るんです。
二ヵ月前までは、わたしも車椅子の生活でした。
練習は必要でしたが、今では走る事も出来ますよ。
希望すれば貴女の義足も作ってくれるそうです」
カーニャは無言のまま、見えない義足から目が離せなかった。
◆
一年後、カーニャは王立中央学院へ通い出す。見えない足で。
彼女の感情が不安定だったとは、もう想像すら出来ない。
将来は学院の教員を目指すそうだ。ロートのように。
義手、義眼も開発済み。ある生徒達がロートのぼやきを聞いて開発した。




