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追放された聖女のおやつが美味すぎて、派遣された聖騎士が帰らなくなりました~辺境で振る舞っていたら村が豊かになっていました~

作者: 灯吉郎
掲載日:2026/04/21

王都にある、大神殿。


今日も早朝から、聖なる祈りが行われていた。


─ただひとりを覗いては。


「ちょっとあなた!今日もお祈りをサボりましたね!?」


焼き菓子の甘い香りが漂う厨房に、聖女頭が立ち塞がる。


「サボってません…!

甘いものは人を笑顔にしますし、そのあとでも祈りは届きますよね?」


聖女が、ビクッと肩を震わせ振り返り、答える。


「同じタイミングで行わなければ、神には届きませんよ!」


腰に手を当てながら、聖女頭が叱る。


「えー!そんなことってあります?」


「罰として、朝食は抜きです!反省室に行きなさい!」


「待ってください、せめてこのクッキーだけは…!

孤児院の子たちに届ける分なんです!」


反省室へと促され、これだけは!と懇願する。



「…祈りよりも、甘いもののほうが、よっぽど笑顔が増えると思うんだけどなぁ…」



慌ててポケットに詰め込んだせいで、少し割れてしまったクッキーを─聖衣の上からそっと撫でる。




─大神殿の聖堂が、ピリッとした空気に包まれる。


司祭が深く腰を折る。


その隣に、上質な聖衣に身を包んだ少女が立っていた。


「いやはや、大聖女さま!よくぞご到着なされました!!」


「…甘い匂いがしますが、これは何のつもりですか」


「…えっ、いや…その…!?」


司祭が驚き、近くにいた聖女頭に目を向ける。


「申し訳ございません、大聖女さま!

…実は、素行に問題のある聖女がおりまして。…いくら注意しても、早朝の礼拝に参加しないのです」


聖女頭が、ここぞとばかりに主張した。



─大聖女が、眉を顰める。


「…歴史ある大神殿に、そのような聖女がいるなど、許せません」


聖女頭が頷き、恐る恐る提案した。


「かの聖女を、どうか辺境の修道院に異動させて頂きとうございます!」


大聖女は頷き、司祭へと告げる。


「─いいでしょう。その聖女は、大神殿に籍を置く資格はないものと見なします。

──即刻、辺境へ送るように」




「えっ…!?

わたし、辺境の修道院に行っていいんですか!?」



─反省室から出された聖女が、司祭から異動を伝えられた。


「作物の実りも少ない地で、祈りに専心する日々を過ごしなさい」



(自然がいっぱいってことは……!

甘いもの、作り放題……!?)



─追放のはずの辞令は、彼女にとってはご褒美のように響いた。




──三日後、揺れる馬車の旅を終え、辺境の修道院へと到着した。



「そういえば聖女さん、荷物は…」


「あっ、このカバンだけです!道中ありがとうございました!」


御者にぺこりとお辞儀をして、聖女が降り立つ。



─そこは手入れが行き届いていない、寂れた修道院だった。



「…うーん、茂みに野いちごとか、植わってないかな…?」


聖女がキョロキョロしていると、中から優しそうな修道女が姿を見せた。



「…ひょっとして、あなたが派遣された聖女さま?」


「あっ、はい…!今日からよろしくお願いします!」


問いかけられ、パッと振り向き駆けていく。



「…遠いところを、よく来てくださいました。

何もない場所ですが、共に祈りましょう…」



──先ほど見ていた茂みの奥で、小さな赤い実が、ひとつだけ顔を覗かせていた。



「─えっ……

何年も不作なんですか…?」


「はい。土地柄だとは思いますが…

そのせいで、人離れも進んでいるのです…。

礼拝の際にパンを恵んでいただくのですが、それも申し訳ないと思えるほどで…。

育ち盛りの貴方には、厳しい環境となるでしょう」


修道女が、気遣わしげに聖女を見る。


「問題ありません!

むしろ、やりがいがありそうです!

─さっそくですが、村を見せて貰ってもいいですか?」


聖女が、楽しげに立ち上がった。



─村は朽ちた空き家が目立ち、人の気配がまばらだった。


枯れた土地には、細い麦が穂を揺らし、萎れた果樹が辛うじて実を結ぶ。


村人たちが力なく畑仕事をしているのを見かけて、聖女が元気に声をかける。


「─こんにちは!

いいお天気ですね!」


「……修道院に来たっていう、聖女さま!?」


手伝っていた子供が駆け寄ると、聖女が頷く。


「そうですよ!よろしくお願いします」


「こんな土地に来るなんて…。聖女さまも大変だね」


母親が畑仕事の合間に声をかけてくる。


─聖女は、瞬きをひとつして答えた。


「……えっ?

でも、この畑、もっと元気になれますよ」


地面に手を触れて、そっと撫でる。


「─ほら。まだまだいけるって、言ってますよ。


あっ!

野いちご!やっぱりありました!!」



──ふと、視界の端で何かがきらりと光った。


道端の茂みを覗くと、みずみずしい野いちごが顔を出している。



「えーっ!?

そんなのあったっけ!?」


子供が驚いた声を出す。


「きっと、隠れてたんですね!

せっかくなので、ちょっと焼き菓子にしてきますね!

─すぐ戻ります!」


茂みをかき分けて、いくつかの野いちごを、つぶさないようにそっと摘み取る。


聖衣の上にそっと並べると、急ぎ修道院へと向かった。


「…本当に聖女さまなのかねぇ…?」


「うーん?わかんない!!」



─そのとき、背後からやさしい風が吹き抜けた。


麦の穂が、先ほどよりもほんの少しだけ、力強く揺れる。




「─大聖女殿!

聖女の派遣には、聖騎士の随行が慣例とされておりますが」


大聖堂の執務室をノックして、蒼い鎧に身を包んだ聖騎士が静かに入室し、問いかけた。


「あら──そうでしたわね」


司祭と話していた大聖女が、気怠げに一瞥して──告げた。


「では──貴方が行きなさい。レオン」



「……ご命令とあらば」



レオンと呼ばれた聖騎士が、わずかに眉を寄せ不服そうに退出する。


「──名ばかりの聖女でも、聖騎士は必要なのかしら…」


「定期連絡をさせましょう。

聖女の資格なしと判断されれば、聖騎士を派遣させる必要もなくなります」


司祭の提案に、大聖女が頷いた。


「そうね──では、そのように手配を」



──その頃、辺境では、静かに季節が動き始めていた。


畑には、以前よりも濃い緑が広がっている。


「聖女さまー!

こないだのクッキー美味しかった!」


「ねぇ見て!

また野いちご見つけたよ!」


子供たちが、かごいっぱいに摘まれた野いちごを持ってくる。


「麦も、見違えるほど立派に育ちましたよ。

─聖女さまの言う通り、畑が生き返ったようです!」


「……わあ…!

本当に良かったです…!!

ちょっと待っててくださいね、その材料で、焼き菓子作っちゃいます!」



村には、少しずつ、笑顔が戻り始めていた。



──その甘い香りの中に、場違いな足音が近づいていた。



「……ここが、修道院か」


聖騎士の鎧を着たレオンが、軋む扉を押し開け、無造作に踏み入ってきた。


「──聖騎士さま!?

…聖女の護衛として、いらしたのですか…?」


和やかだった雰囲気が、ふと凍りつく。

修道女が進み出て問いかけた。


「……聖騎士のレオンだ。

……滞在する場所はあるか」


「村長に、空き家を貸して貰うことは可能だと思いますが…」


「案内を頼む」


修道女と聖騎士のやり取りを見ていた聖女が、そっと焼き菓子を見せた。


「こんにちは、聖騎士さま!

─今ちょうど、焼きたてなんですよ。


おひとつ、どうぞ!」



突如差し出された焼き菓子に、レオンは少し眉をひそめる。


「……いきなりなんだ。賄賂のつもりか」


「……?」


「……まぁいい。報告の義務もある」


一瞬だけ視線を落とし、

手を伸ばしてひとつ口に運ぶ。



口に入れた瞬間、わずかに動きが止まった。



「……悪くない」



「ですよね!

甘いものを食べると、旅の疲れも吹き飛びますよ!」



にこにこと告げる聖女の顔を見て、

なんとも言えない気持ちになった。


(……まさか、王都の菓子よりも美味く感じるとは…)



──修道女に呼ばれて来た村長と、村の中を歩く。



「おい、やっぱお前んとこもか!」


「ああ!今年は、明らかに違うな」


「芽吹きもいいし、間引くのが惜しいくらいだ」



村人たちの賑やかな様子を見て、レオンは村長に尋ねる。


「……去年までは不作だと聞いていたが、今年は違うようだな」


「はい。…実は、聖女さまが来てからでして…」


「……因果関係は?」


「…はて?聖女さまが祈ってくださったからでは、と思いますが…」


「……そうか」


不思議そうな顔をした村長に頷きを返して、わずかに視線を落とし──畑の土に触れる。


「……悪くない」



──その晩。比較的新しいという空き家の二階で、報告のためにペンを取りながら、レオンがひとり考えていた。


(……聖女の左遷。…土地の回復)


(果たしてこれらは、偶然か)


(……それとも)



─翌朝。レオンが、丘にある修道院にたどり着く。


木槌の音と笑い声が入り混じり、村人たちで賑わっていた。


「ちょうどいいとこに来たな!」


村人のひとりがレオンを見つけると、

積み上げられた材木の方へと案内された。


「……俺は聖騎士だが」


「そりゃぁ、知ってるさ!

だから力あるだろ!」


「……確かにある。だが、それとこれとは別だ」


「レオンさん、こっちお願いしますね!」


「……なぜ俺が」


村人に促されていると、聖女も手招きしてきた。


どうやら、扉を直したいらしい。

レオンは蝶番の歪みを一目で見抜き、無駄のない手つきで直していく。

瞬く間に立て付けの悪い扉を直し、さらに壁の補強をした。



「みなさん!

手伝ってくれてありがとうございました!

─お礼のパンケーキ、野いちごソース添えです!」


外に作られたテーブルの上に、皿が並べられる。


焼きたてのパンケーキに、じゅわっと音を立てて野いちごのソースが注がれる。

甘酸っぱい香りが、ふわりと広がった。


ふわっと広がる甘い匂いに、子供たちが歓声を上げて身を乗り出す。

村人たちも嬉しそうに頷きあった。


レオンは促されるまま、しかし断る理由も見つからず、食卓についた。



「明日は、レオンさまのところも改修しないとな!」


張り切った村人の言葉に、レオンがわずかに眉をひそめる。


「……まだやるのか」


「当たり前だ!恩は返せる時に返さなきゃな!」


「さぁさぁ!まずは、美味しいパンケーキを食べてください!

明日のことは、また明日!」



──みんなで神様に祈りを捧げる。



じわり、とパンケーキにフォークを刺し、ひと口運ぶ。


口の中に、甘酸っぱい野いちごのソースが広がる。

素朴なパンケーキの生地がそれを受け止め、やさしい甘さがあとから追いかけてきた。


レオンはわずかに目を細め、ゆっくりと視線を上げた。


(……美味い)



──今日のパンケーキも、美味かった。



─夜。今日も、レオンが王都への報告書を書いている。


『民の生活は安定傾向にあり、

作物の生育も回復が見られる。


原因については、現時点では不明。

引き続き経過観察を要する。』


──ひと通り書き終わり、ひと息ついた。



(……異常があるとすれば)


(この場所そのものだ)


(……明日は、この家の改修だったか)



──そう考えた瞬間、ほんのわずかに口元が緩んだ。



(……どうやら、居心地がいいらしい)




──王都の市場が、じわり、じわりと高騰していた。


「……あらっ。やだ、お野菜また値上げ?」


「なんでも、ここしばらく不作が続いてるらしいよ」


「……嫌ね、早く落ち着くといいけど…」


小さな不安が、静かに広がっていく。




「──香を増やしなさい。供物も、さらに」


「しかし、大聖女さま…!

捧げる花も、すでに不足しております…!」



「─なら、祈りを増やせばよいだけのこと。

─聖女たちを集めなさい!」



「…人手が足りません!」




「──あの聖女を、呼び戻しなさい!」




司祭の言葉にわずかに眉をひそめ、忌々しげに大聖女が告げる。




──その頃、辺境ではまた木槌の音と笑い声が響き、レオンの家の改修が行われていた。


「よーし!こっちもいいぞ!」


「……お人好ししか居ないのか、この村は」


やれやれといった様子で、レオンがぼやく。



「そういや、りんごの木も今年は実がつきそうでな!」


「ねぇ!レオンさま、見て!

ほら、少しずつ、赤くなってきてるんだよ!」



「今日も、美味しいおやつがありますからねー!

終わったら、またみんなで食べましょう!」



半ば引きずられるように、子供たちに手を引かれていくレオン。


聖女は相変わらず元気だった。



──りんごの実が赤く熟した頃、レオンの元に封蝋付きの手紙が届いた。



「大聖堂において祈りが不足しているため、聖女を伴い即刻帰還せよ──


……これが、急を要する内容か」



今日は、村人たちが待ちに待った、りんごの収穫日だった。



「……後でいい」


封を切ったままの手紙を、無造作に引き出しへ押し込むと、レオンは外に出た。



「あーっ!レオンさま!おそーい!」


子供たちに見つかると、半ば引きずられるように、また手を引かれていく。



「レオンさま、こっち!

あの高いところのやつ、取ってー!」


「採れたやつから、修道院に運んでくれ!」


「今日は特別なおやつ作るって、聖女さまも張り切ってたぞ!」



(……まるで、お祭り騒ぎだな)


(……帰還は、もう少し後でいい)



収穫が終わったものから、修道院にどんどんりんごが運ばれてくる。


「まぁ…!こんなにたくさん…。

……あぁ、神よ。感謝します……」


感動している修道女の傍らで、女性たちでりんごを剥いていく。


「ほら、出来たよ!」


「ありがとうございます!」


フライパンにじゅわっとバターを熱して、りんごを炒める。


隠し味にレモンをひと絞りして、飴色になるまで炒めると、甘く香ばしい匂いが立ちのぼった。



昨日のうちに仕込んでおいたパイ生地に、りんごをひとつひとつ、丁寧に並べて、その上に帯状にしたパイ生地を置いていく。



「あとは焼けば、完成です……!」



手際のよさに、村の女性たちが思わず拍手をする。


聖女が照れ笑いしながら、アップルパイをオーブンに入れた。



「ねー!レオンさま!

いい匂いしてきたよ!…そろそろかなぁ?」


修道院の周りで遊んでいた子供たちが、またレオンの手を引く。


「……そうかもな」


村人たちと共にテーブルへと集まると、修道院の扉が開き、甘く香ばしい匂いが、ふわりと広がった。



「いい匂いー!!」


「はい!

みなさん、お待たせしました!

アップルパイが通りますよー!」


「わぁーー!!

来た!来たよ、レオンさま!!」


聖女を先頭に、女性たちがアップルパイを持ってくる。


子供たちだけでなく、村のみんなが期待に身を乗り出した。


こんがりと焼けたアップルパイをテーブルに置くと、サクッ、と軽やかな音を立てて切り分けられた。


「これは、レオンさまの分です!

─収穫のお手伝い、ありがとうございました!」


「えー!?

レオンさまのやつ、ちょっと大きくない?」


「……他と変わらん」


レオンがほんの少し、視線を逸らす。



子供たちとアップルパイの大きさ比べをしている間に、全員に行き届いた。



「……それでは!

今日も神様に感謝して、いただきましょう!」



食前の祈りを捧げ──



フォークを持つ手が、アップルパイに伸びる。サクッと音を立てて、ひとくち大に切る。

焼きたてのりんごの香りが鼻腔をくすぐる。パイとりんごを口に運ぶ。


「……美味い」


サクサクのパイと、しっかりとしたりんごの食感が重なる。

甘みと酸味のバランスが絶妙だ。


添えられた紅茶にも、よく合った。


満足して、ふと周囲を見る。



……気づけば、周りは笑顔で満ちていた。




──その晩、レオンがペンを走らせていた。



『当該聖女は、本地において必要不可欠と判断する。

帰還の予定はない。』


「……よし」


書き上げると、短く息をついた。


封筒に報告書を入れ、騎士の蝋封を押す。


翌日来ていた迎えの使者に、手紙を渡した。



「…レオン様、これは…」


「──大聖女殿へ」


戸惑いを隠せない使者を、そのまま送り出した。



「レオンさまー!」


「……今行く」


手を振る子供に、また野いちごを摘んでいる聖女も見える。



「……今朝はパンケーキか」


「はいっ!

今日も甘いもの食べて、元気にいきましょうね!」



レオンは、もう振り返らない。



楽しげな子供たちに囲まれて、手を引かれていく。



─その選択に、もう迷いはなかった。



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