追放された聖女のおやつが美味すぎて、派遣された聖騎士が帰らなくなりました~辺境で振る舞っていたら村が豊かになっていました~
王都にある、大神殿。
今日も早朝から、聖なる祈りが行われていた。
─ただひとりを覗いては。
「ちょっとあなた!今日もお祈りをサボりましたね!?」
焼き菓子の甘い香りが漂う厨房に、聖女頭が立ち塞がる。
「サボってません…!
甘いものは人を笑顔にしますし、そのあとでも祈りは届きますよね?」
聖女が、ビクッと肩を震わせ振り返り、答える。
「同じタイミングで行わなければ、神には届きませんよ!」
腰に手を当てながら、聖女頭が叱る。
「えー!そんなことってあります?」
「罰として、朝食は抜きです!反省室に行きなさい!」
「待ってください、せめてこのクッキーだけは…!
孤児院の子たちに届ける分なんです!」
反省室へと促され、これだけは!と懇願する。
「…祈りよりも、甘いもののほうが、よっぽど笑顔が増えると思うんだけどなぁ…」
慌ててポケットに詰め込んだせいで、少し割れてしまったクッキーを─聖衣の上からそっと撫でる。
─大神殿の聖堂が、ピリッとした空気に包まれる。
司祭が深く腰を折る。
その隣に、上質な聖衣に身を包んだ少女が立っていた。
「いやはや、大聖女さま!よくぞご到着なされました!!」
「…甘い匂いがしますが、これは何のつもりですか」
「…えっ、いや…その…!?」
司祭が驚き、近くにいた聖女頭に目を向ける。
「申し訳ございません、大聖女さま!
…実は、素行に問題のある聖女がおりまして。…いくら注意しても、早朝の礼拝に参加しないのです」
聖女頭が、ここぞとばかりに主張した。
─大聖女が、眉を顰める。
「…歴史ある大神殿に、そのような聖女がいるなど、許せません」
聖女頭が頷き、恐る恐る提案した。
「かの聖女を、どうか辺境の修道院に異動させて頂きとうございます!」
大聖女は頷き、司祭へと告げる。
「─いいでしょう。その聖女は、大神殿に籍を置く資格はないものと見なします。
──即刻、辺境へ送るように」
「えっ…!?
わたし、辺境の修道院に行っていいんですか!?」
─反省室から出された聖女が、司祭から異動を伝えられた。
「作物の実りも少ない地で、祈りに専心する日々を過ごしなさい」
(自然がいっぱいってことは……!
甘いもの、作り放題……!?)
─追放のはずの辞令は、彼女にとってはご褒美のように響いた。
──三日後、揺れる馬車の旅を終え、辺境の修道院へと到着した。
「そういえば聖女さん、荷物は…」
「あっ、このカバンだけです!道中ありがとうございました!」
御者にぺこりとお辞儀をして、聖女が降り立つ。
─そこは手入れが行き届いていない、寂れた修道院だった。
「…うーん、茂みに野いちごとか、植わってないかな…?」
聖女がキョロキョロしていると、中から優しそうな修道女が姿を見せた。
「…ひょっとして、あなたが派遣された聖女さま?」
「あっ、はい…!今日からよろしくお願いします!」
問いかけられ、パッと振り向き駆けていく。
「…遠いところを、よく来てくださいました。
何もない場所ですが、共に祈りましょう…」
──先ほど見ていた茂みの奥で、小さな赤い実が、ひとつだけ顔を覗かせていた。
「─えっ……
何年も不作なんですか…?」
「はい。土地柄だとは思いますが…
そのせいで、人離れも進んでいるのです…。
礼拝の際にパンを恵んでいただくのですが、それも申し訳ないと思えるほどで…。
育ち盛りの貴方には、厳しい環境となるでしょう」
修道女が、気遣わしげに聖女を見る。
「問題ありません!
むしろ、やりがいがありそうです!
─さっそくですが、村を見せて貰ってもいいですか?」
聖女が、楽しげに立ち上がった。
─村は朽ちた空き家が目立ち、人の気配がまばらだった。
枯れた土地には、細い麦が穂を揺らし、萎れた果樹が辛うじて実を結ぶ。
村人たちが力なく畑仕事をしているのを見かけて、聖女が元気に声をかける。
「─こんにちは!
いいお天気ですね!」
「……修道院に来たっていう、聖女さま!?」
手伝っていた子供が駆け寄ると、聖女が頷く。
「そうですよ!よろしくお願いします」
「こんな土地に来るなんて…。聖女さまも大変だね」
母親が畑仕事の合間に声をかけてくる。
─聖女は、瞬きをひとつして答えた。
「……えっ?
でも、この畑、もっと元気になれますよ」
地面に手を触れて、そっと撫でる。
「─ほら。まだまだいけるって、言ってますよ。
あっ!
野いちご!やっぱりありました!!」
──ふと、視界の端で何かがきらりと光った。
道端の茂みを覗くと、みずみずしい野いちごが顔を出している。
「えーっ!?
そんなのあったっけ!?」
子供が驚いた声を出す。
「きっと、隠れてたんですね!
せっかくなので、ちょっと焼き菓子にしてきますね!
─すぐ戻ります!」
茂みをかき分けて、いくつかの野いちごを、つぶさないようにそっと摘み取る。
聖衣の上にそっと並べると、急ぎ修道院へと向かった。
「…本当に聖女さまなのかねぇ…?」
「うーん?わかんない!!」
─そのとき、背後からやさしい風が吹き抜けた。
麦の穂が、先ほどよりもほんの少しだけ、力強く揺れる。
「─大聖女殿!
聖女の派遣には、聖騎士の随行が慣例とされておりますが」
大聖堂の執務室をノックして、蒼い鎧に身を包んだ聖騎士が静かに入室し、問いかけた。
「あら──そうでしたわね」
司祭と話していた大聖女が、気怠げに一瞥して──告げた。
「では──貴方が行きなさい。レオン」
「……ご命令とあらば」
レオンと呼ばれた聖騎士が、わずかに眉を寄せ不服そうに退出する。
「──名ばかりの聖女でも、聖騎士は必要なのかしら…」
「定期連絡をさせましょう。
聖女の資格なしと判断されれば、聖騎士を派遣させる必要もなくなります」
司祭の提案に、大聖女が頷いた。
「そうね──では、そのように手配を」
──その頃、辺境では、静かに季節が動き始めていた。
畑には、以前よりも濃い緑が広がっている。
「聖女さまー!
こないだのクッキー美味しかった!」
「ねぇ見て!
また野いちご見つけたよ!」
子供たちが、かごいっぱいに摘まれた野いちごを持ってくる。
「麦も、見違えるほど立派に育ちましたよ。
─聖女さまの言う通り、畑が生き返ったようです!」
「……わあ…!
本当に良かったです…!!
ちょっと待っててくださいね、その材料で、焼き菓子作っちゃいます!」
村には、少しずつ、笑顔が戻り始めていた。
──その甘い香りの中に、場違いな足音が近づいていた。
「……ここが、修道院か」
聖騎士の鎧を着たレオンが、軋む扉を押し開け、無造作に踏み入ってきた。
「──聖騎士さま!?
…聖女の護衛として、いらしたのですか…?」
和やかだった雰囲気が、ふと凍りつく。
修道女が進み出て問いかけた。
「……聖騎士のレオンだ。
……滞在する場所はあるか」
「村長に、空き家を貸して貰うことは可能だと思いますが…」
「案内を頼む」
修道女と聖騎士のやり取りを見ていた聖女が、そっと焼き菓子を見せた。
「こんにちは、聖騎士さま!
─今ちょうど、焼きたてなんですよ。
おひとつ、どうぞ!」
突如差し出された焼き菓子に、レオンは少し眉をひそめる。
「……いきなりなんだ。賄賂のつもりか」
「……?」
「……まぁいい。報告の義務もある」
一瞬だけ視線を落とし、
手を伸ばしてひとつ口に運ぶ。
口に入れた瞬間、わずかに動きが止まった。
「……悪くない」
「ですよね!
甘いものを食べると、旅の疲れも吹き飛びますよ!」
にこにこと告げる聖女の顔を見て、
なんとも言えない気持ちになった。
(……まさか、王都の菓子よりも美味く感じるとは…)
──修道女に呼ばれて来た村長と、村の中を歩く。
「おい、やっぱお前んとこもか!」
「ああ!今年は、明らかに違うな」
「芽吹きもいいし、間引くのが惜しいくらいだ」
村人たちの賑やかな様子を見て、レオンは村長に尋ねる。
「……去年までは不作だと聞いていたが、今年は違うようだな」
「はい。…実は、聖女さまが来てからでして…」
「……因果関係は?」
「…はて?聖女さまが祈ってくださったからでは、と思いますが…」
「……そうか」
不思議そうな顔をした村長に頷きを返して、わずかに視線を落とし──畑の土に触れる。
「……悪くない」
──その晩。比較的新しいという空き家の二階で、報告のためにペンを取りながら、レオンがひとり考えていた。
(……聖女の左遷。…土地の回復)
(果たしてこれらは、偶然か)
(……それとも)
─翌朝。レオンが、丘にある修道院にたどり着く。
木槌の音と笑い声が入り混じり、村人たちで賑わっていた。
「ちょうどいいとこに来たな!」
村人のひとりがレオンを見つけると、
積み上げられた材木の方へと案内された。
「……俺は聖騎士だが」
「そりゃぁ、知ってるさ!
だから力あるだろ!」
「……確かにある。だが、それとこれとは別だ」
「レオンさん、こっちお願いしますね!」
「……なぜ俺が」
村人に促されていると、聖女も手招きしてきた。
どうやら、扉を直したいらしい。
レオンは蝶番の歪みを一目で見抜き、無駄のない手つきで直していく。
瞬く間に立て付けの悪い扉を直し、さらに壁の補強をした。
「みなさん!
手伝ってくれてありがとうございました!
─お礼のパンケーキ、野いちごソース添えです!」
外に作られたテーブルの上に、皿が並べられる。
焼きたてのパンケーキに、じゅわっと音を立てて野いちごのソースが注がれる。
甘酸っぱい香りが、ふわりと広がった。
ふわっと広がる甘い匂いに、子供たちが歓声を上げて身を乗り出す。
村人たちも嬉しそうに頷きあった。
レオンは促されるまま、しかし断る理由も見つからず、食卓についた。
「明日は、レオンさまのところも改修しないとな!」
張り切った村人の言葉に、レオンがわずかに眉をひそめる。
「……まだやるのか」
「当たり前だ!恩は返せる時に返さなきゃな!」
「さぁさぁ!まずは、美味しいパンケーキを食べてください!
明日のことは、また明日!」
──みんなで神様に祈りを捧げる。
じわり、とパンケーキにフォークを刺し、ひと口運ぶ。
口の中に、甘酸っぱい野いちごのソースが広がる。
素朴なパンケーキの生地がそれを受け止め、やさしい甘さがあとから追いかけてきた。
レオンはわずかに目を細め、ゆっくりと視線を上げた。
(……美味い)
──今日のパンケーキも、美味かった。
─夜。今日も、レオンが王都への報告書を書いている。
『民の生活は安定傾向にあり、
作物の生育も回復が見られる。
原因については、現時点では不明。
引き続き経過観察を要する。』
──ひと通り書き終わり、ひと息ついた。
(……異常があるとすれば)
(この場所そのものだ)
(……明日は、この家の改修だったか)
──そう考えた瞬間、ほんのわずかに口元が緩んだ。
(……どうやら、居心地がいいらしい)
──王都の市場が、じわり、じわりと高騰していた。
「……あらっ。やだ、お野菜また値上げ?」
「なんでも、ここしばらく不作が続いてるらしいよ」
「……嫌ね、早く落ち着くといいけど…」
小さな不安が、静かに広がっていく。
「──香を増やしなさい。供物も、さらに」
「しかし、大聖女さま…!
捧げる花も、すでに不足しております…!」
「─なら、祈りを増やせばよいだけのこと。
─聖女たちを集めなさい!」
「…人手が足りません!」
「──あの聖女を、呼び戻しなさい!」
司祭の言葉にわずかに眉をひそめ、忌々しげに大聖女が告げる。
──その頃、辺境ではまた木槌の音と笑い声が響き、レオンの家の改修が行われていた。
「よーし!こっちもいいぞ!」
「……お人好ししか居ないのか、この村は」
やれやれといった様子で、レオンがぼやく。
「そういや、りんごの木も今年は実がつきそうでな!」
「ねぇ!レオンさま、見て!
ほら、少しずつ、赤くなってきてるんだよ!」
「今日も、美味しいおやつがありますからねー!
終わったら、またみんなで食べましょう!」
半ば引きずられるように、子供たちに手を引かれていくレオン。
聖女は相変わらず元気だった。
──りんごの実が赤く熟した頃、レオンの元に封蝋付きの手紙が届いた。
「大聖堂において祈りが不足しているため、聖女を伴い即刻帰還せよ──
……これが、急を要する内容か」
今日は、村人たちが待ちに待った、りんごの収穫日だった。
「……後でいい」
封を切ったままの手紙を、無造作に引き出しへ押し込むと、レオンは外に出た。
「あーっ!レオンさま!おそーい!」
子供たちに見つかると、半ば引きずられるように、また手を引かれていく。
「レオンさま、こっち!
あの高いところのやつ、取ってー!」
「採れたやつから、修道院に運んでくれ!」
「今日は特別なおやつ作るって、聖女さまも張り切ってたぞ!」
(……まるで、お祭り騒ぎだな)
(……帰還は、もう少し後でいい)
収穫が終わったものから、修道院にどんどんりんごが運ばれてくる。
「まぁ…!こんなにたくさん…。
……あぁ、神よ。感謝します……」
感動している修道女の傍らで、女性たちでりんごを剥いていく。
「ほら、出来たよ!」
「ありがとうございます!」
フライパンにじゅわっとバターを熱して、りんごを炒める。
隠し味にレモンをひと絞りして、飴色になるまで炒めると、甘く香ばしい匂いが立ちのぼった。
昨日のうちに仕込んでおいたパイ生地に、りんごをひとつひとつ、丁寧に並べて、その上に帯状にしたパイ生地を置いていく。
「あとは焼けば、完成です……!」
手際のよさに、村の女性たちが思わず拍手をする。
聖女が照れ笑いしながら、アップルパイをオーブンに入れた。
「ねー!レオンさま!
いい匂いしてきたよ!…そろそろかなぁ?」
修道院の周りで遊んでいた子供たちが、またレオンの手を引く。
「……そうかもな」
村人たちと共にテーブルへと集まると、修道院の扉が開き、甘く香ばしい匂いが、ふわりと広がった。
「いい匂いー!!」
「はい!
みなさん、お待たせしました!
アップルパイが通りますよー!」
「わぁーー!!
来た!来たよ、レオンさま!!」
聖女を先頭に、女性たちがアップルパイを持ってくる。
子供たちだけでなく、村のみんなが期待に身を乗り出した。
こんがりと焼けたアップルパイをテーブルに置くと、サクッ、と軽やかな音を立てて切り分けられた。
「これは、レオンさまの分です!
─収穫のお手伝い、ありがとうございました!」
「えー!?
レオンさまのやつ、ちょっと大きくない?」
「……他と変わらん」
レオンがほんの少し、視線を逸らす。
子供たちとアップルパイの大きさ比べをしている間に、全員に行き届いた。
「……それでは!
今日も神様に感謝して、いただきましょう!」
食前の祈りを捧げ──
フォークを持つ手が、アップルパイに伸びる。サクッと音を立てて、ひとくち大に切る。
焼きたてのりんごの香りが鼻腔をくすぐる。パイとりんごを口に運ぶ。
「……美味い」
サクサクのパイと、しっかりとしたりんごの食感が重なる。
甘みと酸味のバランスが絶妙だ。
添えられた紅茶にも、よく合った。
満足して、ふと周囲を見る。
……気づけば、周りは笑顔で満ちていた。
──その晩、レオンがペンを走らせていた。
『当該聖女は、本地において必要不可欠と判断する。
帰還の予定はない。』
「……よし」
書き上げると、短く息をついた。
封筒に報告書を入れ、騎士の蝋封を押す。
翌日来ていた迎えの使者に、手紙を渡した。
「…レオン様、これは…」
「──大聖女殿へ」
戸惑いを隠せない使者を、そのまま送り出した。
「レオンさまー!」
「……今行く」
手を振る子供に、また野いちごを摘んでいる聖女も見える。
「……今朝はパンケーキか」
「はいっ!
今日も甘いもの食べて、元気にいきましょうね!」
レオンは、もう振り返らない。
楽しげな子供たちに囲まれて、手を引かれていく。
─その選択に、もう迷いはなかった。




