現在~「世界の果て」にて
『世界の果て』
事務所のある倉庫から少し離れた場所にある酒場に顔を出した二人は、昔話に花を咲かせながら、酒を酌み合わしていた。ワイルドも大酒呑みだったが、ジョルジュは大酒豪としてダートマスでは名の知られており、《酒の神》などと渾名された男であった。そして今も、その渾名に恥じぬ呑みっぷりで、豪快に酒瓶を空にしていく。
「――お前が海軍を辞めて、もう20年か。早いもんだな」
日付が変わろうという時間、ジョルジュが赤い顔をしながらポツリと言った。
「時間は動くものさ。そして、決して短い時間じゃなかったさ、この20年はな」
「そうかもしれんな。あの時、お前も俺も中尉だったが、今じゃ俺も将軍様だよ」
「おいおい、酔ってるのか、ジョルジュ?」
「冗談じゃないぜ、ウィルキンス。地球連合海軍サンフランシスコ基地司令ジョルジュ・ペル少将閣下だよ、俺はね」
「随分、出世したな」
「――お前のお蔭だよ」
「俺の?」
「そう、お前さんが告発したお蔭で、海軍のお偉方はスッキリしちまってね。結果、俺みたいな非才の身でも将軍様になれたって寸法さ」
「酒神は、海神よりも多くの敵を溺れさせる……ジョルジュ・ペルの用兵家としての才能は誰しも認めていた。そりゃ、お前の実力さ」
「だったらいいがね。で、お前はどうなんだよ、ウィルキンス?」
「俺?」
「条約機構軍から誘いがあっただろう?」
「――50近くの老兵に軍からの復帰要請たぁ、妙だと思っていたがお前の差し金か、ジョルジュ?」
「一人だけ楽している奴がいるのは、どうにも我慢できんのでね」
そう云ってジョルジュはグラスの中身を一息で飲み干す。
「それほど楽はしておらんよ、俺もな」
「なぁ、ウィルキンス。お前さんの軍嫌いも知っているし、それが無理もない事も理解しているつもりだ。だが、世界は刻一刻と変わっている。お前の云うとおり、時間は動いているのさ」
胡乱げな視線でワイルドは、旧友を見やる。それに気付いてか、気付かずか、男は手酌で再びグラスを並々と液体で満たす。
「条約機構ってのが、どれだけ効力を持っているのか――政治音痴の俺には分からんが、それでも平和は平和だ。平和を維持する為の組織ってんなら、俺は尽力を惜しまないつもりだ。だが平和を維持するには、少しばかり血が多く流れ過ぎちまった。地球人も、火星人も、金星人も、みんながみんな大勢、死人を出して、ようやく出た結論だが、そいつを維持するのが難しい事は、俺みたいなバカにも分かる。だが、俺はそいつに賭けてみたいと思ったのさ」
「賭ける?」
「ああ、来月から俺も条約機構軍に出向する。こう見えても、ちっとはお偉いさんだからな。色々と協力する事もできるだろう。んでもって、お前を条約機構軍に引き込むのも、俺ができる平和への貢献だと思って、此処にやって来たのさ」
「お前は酔ってるだけだよ。老兵を引き込んでどうするんだ、ジョルジュ?」
「バカ云うな、この程度の酒で酔う訳ないだろう!」
そう云い、ジョルジュはグラスの中身を、またもや一息で飲み干す。
「正直、条約機構軍に本気で取り組もうって奴は少ない。だが、それでもゼロじゃないんだ。実を言うと、俺も説得されたクチだ。金星軍のアルド・ノリスって人にな。あの人は三星平和について真剣に取り組める人にこそ、条約機構軍に参加してもらい、若い人を導き、伝統を創る為の礎になって欲しいと、俺を口説いたのさ。
初めは、俺も金星人がバカを云うんじゃねぇと思ったが、あの人は諦めなかった。何度も、何度も、何度も、俺に連絡してきて、その度に、三星の平和実現の為に!って頭を下げるのさ。仕舞には諦めたよ、あの人を追い払うのをな。
やると決めた以上、俺も本気で取り組む。その為には、若い連中を引っ張っていける人材が必要なんだ、ウィルキンス。お前が俺たち軍人を嫌っているのも分かる。
だが、そこを曲げてお願いしたい。
俺の為に――いや、若い連中の未来の為に、お前の残る人生を俺に預けてくれないか?」
随分と気の長い話だと、ワイルドは思った。しかも旧友が突然尋ねてきて、残りの人生を自分に預けろと云う。確かにジョルジュの云う事は理解できるが、それだけで納得できるほど、人間が単純でない事もワイルドは知っていた。
だから、こう云ったのだ。
「考えさせてくれ」と。
それはワイルドの人生にとって、一種の断り文句であった。