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現在に至る背景と、物語の発端



初老の男――ウィルキンス・ワイルドがこの『ドリームランド』に住むようになって、20年近くになる。

ワイルドのいる、この乾湖グレーム・レイクの西方は、旧世紀に『エリア51』と呼称され、異星人との交流があると噂された場所だ。確かに航空機の侵入が禁止された軍の研究施設地域であったのは事実だが、異星人エイリアンとの交流云々については、根も葉もない事であったようである。

事実、火星に入植が成功し、多くの人々が地球外に住むようになった現在に於いても、異星人との接触はない。一昨年、地球と戦争をした金星人類にしても、どうやら地球人類と始祖を同じするらしい。

だが『エリア51』の噂は根強く、宇宙暦になって三世紀が経過する今でも、この地は異星人との極秘交流基地だと根強く言われていた。特に、異星人マニアによって。

この旧米国空軍基地であるグレーム・レイク基地は、一世紀ほど前に民間に払い下げられ、今では実験航空機が飛び交う一種独特の雰囲気を持つ場所として知られていた。大企業の大半が地球の重力井戸の底から脱出して、月やコロニーに本拠地を置くようになったにも拘らず、頑なに夢を追い続ける連中が住まう周辺一帯は、故に『ドリーム・ランド』と呼ばれていた。




半年ほど前に改装工事をした廊下を、ワイルドは一人歩いていた。

この倉庫を改造した建物も築80年と節目の年を迎え、一つ改築改装しようと、ここに事務所を構える零細企業が合同で資金を出しての工事を行ったのだが、その評判はあまり良いとは云えなかった。

理由は二つあった。

一つは、改装費用の負担を減らす為に広告宣伝として、通路壁に広告スペースを造ったのだが、それを一人のとある(・・・)女社長が買い占めたのだ。それを知った彼女の親友である経理部長や社員たちは難色を示したが、彼女自身のポケットマネーで買い占めた以上、とやかく強く文句を云える事もなく、倉庫内の通路は出資者たる女社長の希望した通り、廊下の左右に綺麗な薔薇の絵が描かれる事になった。


まぁ、これはいい。

見た目にも綺麗だし、殺風景な廊下の両側が薔薇園というのに非常に違和感があったが、慣れれば、どうという事はなかった。

だが、問題はもう一つの方にあった。

それは「匂い」である。

特殊な塗料を塗った壁からは、芳しい薔薇の香りが常に薫ってくるのだ。

これは中々、我慢の出来るものではない。

倉庫内の事務所に出入りする女性陣には、すこぶる評判が良かったが、このどぎつい薔薇の香りを好きになれないワイルドら男性陣には、すこぶる評判が悪かった。

結果として、ここを利用する男女比が片方に傾いていてる結果、評判は芳しくない、となっているのである。

幾人かが抗議の為、出資者たる女社長――キャシー・コリンズ女史に掛け合ったが、彼女は契約時に特殊な塗料を塗る事を承諾する旨を、契約時に一文加えており、少なくとも次の契約更新時である来年まで、この匂いと付き合っていかなくてはならない、と大多数の人間が諦めていた。

ワイルドも諦観を友とした人間の一人であり、息を止めて廊下を歩くという変わった習慣を身につけつつある人物の一人であった。


「ワイルドだ、入るぞ」

社長室とは名ばかりの簡易的な仕切りがあるだけの空間の前で、ワイルドは声を掛ける。これは彼の雇用主である女社長の趣味に合わしての事であるが、これも10年も続けると自然に口からこぼれて来る。

「どうぞ」

これもいつも通り。

劣情を駆り立てるアルトが、ワイルドの耳朶に滑り込む。

社長室――という名の事務所スペースの奥には、褐色の肌、腰まである栗色の髪、そして薄い茶色――と言うより琥珀色と表現すべき透き通った大きな双眸の、彫りの深いエキゾチックな美女が座っていた。

「今日はなんだ、C・C?」

「今日も今日とて、軍からのお達しよ」

呆れたように美女は呟いた。

「ウィル、こう云ったら誤解されるかもしれないけど、退役したと云っても軍人なんだから、召集命令には従った方がいいわよ」

「生憎と俺は海軍マリーンだ。宇宙軍に義理立てる必要はない」

「ま、そうなんだけどね」

淡いベージュを塗った唇から、小さな吐息が漏れる。



ハイヴィスカス戦役(第一次金星戦役)、テラ・ツー戦役、第二次金星戦役と、宇宙暦304年からたて続けて勃発した大規模な宇宙空間での戦争により、地球連合軍が大きく疲弊しているのは、誰もが知っている事であった。

ようやく内惑星条約機構――略称IPTM(Inner Planet Treaty Mechanism)なる地球・火星・金星の三星合同による国際機関が昨年発足したが、それにしたって人材不足であり、多くの問題を抱えていた。

地球と火星、あるいは地球と金星と、数年前まで激しく矛先を交えていた国家同士が仲良くしていくには、戦争は生々しく人々の記憶に残りすぎていた。また政治的にも軍事的にも、様々な思惑が錯綜しているのも、連日の地球連合政府議会や火星評議会などのニュースからも窺い知れる。

『三星の妥協による束の間の和平』などと信憑されるIPTMであったが、それを恒久的平和へ進歩発展させいく為に、このIPTMが果たさなければならない重責が大きいのは誰しも理解する事ができた。

特に軍事面に於いては、各国家とも非常に敏感になっており、一触即発の状態と云っても過言ではなかった。

3年前に地球から独立を勝ち取った火星では、独立後のイデオロギーの違いから政情不安が続いており、金星にしても5年前と3年前の地球・火星との戦争で選民思想を持った過激な武力派閥が一掃されたとはいえ、金星政府としての求心力はなく、まとまりが全くない信用の置けない政府だと思われていた。

地球連合に至っては、連合宇宙軍ゼノ=シールスの軍事独裁政権だと呼称される始末であり、民主制議会政治とやらが機能しているなどと誰も信じてすらいなかった。

その為、一時的処置かもしれなかったが、地球連合政府元首カオル・ハヤマ、火星都市同盟代表レカル・フォルティーナ、金星政府総裁ピーター・ミルワードの最高三者会議によって、三星の宇宙戦力を限定にIPTM内に統帥権を持たせた条約機構軍の設立が決定した。

原案では各惑星の全戦力とあったが、やはり政治力といった点では火星・金星は地球連合に及ばず、また地球連合を信用できなかった二星がこの制度を危険視した為、幾度かの折衝の末、数年に一回、自惑星戦力を条約機構軍に徐々に移していく会議を行うという事で決まった経緯があった。

ともあれ三星の軍事バランス維持と星間治安活動を目的とした条約機構軍が発足したのであった。

だが、その内実と言えば各惑星軍からの出向組によるチグハグな編成であり、お世辞にも各惑星が積極的に協力し合っているとは云えなかった。

地球連合軍は予備役将校や新兵、あるいは問題人物を派遣した。

火星軍は政府首脳部が軍幹部を兼ねている為、政治的問題を考慮した上で、主導的立場を取る事が非常に難しく、消極的な参加にせざるをえなかった。

金星軍に至っては、そもそも職業軍人など存在しない惑星であり、技術将校という形で技術者を派遣するのがやっとであった。

継ぎ接ぎパッチワーク』などと条約機構軍が呼称される所以である。

そんな最中、元地球連合海軍将校ウィルキンス・ワイルドにも条約機構軍への招集命令があったのである。退役したとはいえ、軍兵学校を卒業しているワイルドには軍からの召集に応じる義務があったのだが、あくまで強制力があるのは海軍であり、新設の条約機構軍の召集命令に応じる必要はなかった。



「何か問題でもあるのか?」

「問題ねぇ……ない訳じゃないのよ。知ってると思うけど、この辺一帯は軍資本に買い占められちゃったからね。うちは独自資本だけど、仕事をうちだけでやっていける訳じゃない。まぁ、付き合いがあるからほされる(・・・・)心配はしてないけど、色々と経営者としては頭を悩ませる要素が多いのよ」

「雇用主としての意向か、それは?」

「う〜ん、個人的にはウィルの意思を支持したいけどねぇ。それに貴方が軍に出向となると、穴を埋めるのが大変だし……とはいえ、周りに迷惑掛けちゃうとなると、行って欲しいような、行って欲しくないような」

曖昧な笑みを浮かべる女社長ことキャシー・コリンズの立場を、ワイルドも実は理解していた。とはいえ、己一人如きが召集拒否をしたからといって、軍が圧力を一帯に掛けてくる事はないだろう。一方で、断り続ければ、その反動がある可能性も否定できない。

現に周囲の企業の元軍人連中の大半は、条約機構軍や人手不足の地球連合軍に復帰している。ワイルドの同僚のロイス・フリュ−ゲルとヅィーヘンの二人も第二次金星戦役の為に、軍に復帰してしまった。その為、キャシー・コリンズ率いるCCCも業務に多大な影響を被っていた。

だが結果として『ドリームランド』からの出向組の活躍と口添えによって、一帯は近年にないほど軍からの大量発注などにより、景気良く賑わっていた。一概に悪い結果ばかりではないという事なのだ。


「悪いが軍隊には興味ない」

「でしょうね。だから雇っているんですもの」

「話はそれだけか、C・C?」

「私からはね」

「他に誰からかあるのか?」

「お客様よ、貴方に」

「客?」

キャシーが隣接する応接室を指差す。それで自分の役割と終ったとばかりに、手許の書類に目を落とし始めた。基本的にキャシー・コリンズは、自分勝手な女なので自分の用が終った途端に冷淡になる。それをビジネスライクと見るか、ただの薄情オンナと見るかで、彼女に対するその人物の好意の度合いが分かるのだが――ワイルドがどう思っているかは、想像に任せよう。

ワイルドは軽く肩を竦め、応接室――といっても薄い仕切りで区切られたスペースだが――に顔を出す。するとそこには懐かしい顔があった。


「よぉ、親友」

応接室の人物は軽く手を上げて、ワイルドに挨拶をした。

「ジョルジュ? お前、ジョルジュ・ペルか!?」

「そうだよ、ウィルキンス・ワイルド。お前さんとは、20年振りか? 昔から樽みたいな体型していたが、また太ったんじゃないか?」

「お前こそ、随分オツムがサッパリしちまって! だが、昔より男前になったんじゃないか」

客は、ワイルドのダートマス時代の同輩にして、ともに3年間空母で寝食を共にした――ジョルジュ・ペルであった。

奥方イザベルは元気か?」

「ああ、お前に会うと言ったら、首を鎖で縛ってでも遊びに連れて来いと云っていたよ」

「ハハハハハ、相変わらず尻に引かれているのか。変わらんな」

「古来より、嫁さんと戦争して勝てた名将は存在せんよ。それより、噂じゃ随分と若い嫁を貰ったと聞いたが、どうなんだウィルキンス?」

「ジーナのことか?」

「どう騙したかは知らんが、彼女の人生を考えるなら離婚してやれ。お前のような朴念仁の妻などやっていてもつまらんだろ」

「余計な世話だ」

ワイルドは憮然と応えるが、頬は緩みっぱなしである。軍上層部を告発して退役した過去を持つワイルドは、退役後は全く軍関係者とは交流を断っていた。無論それは海軍を見限った形で退役した為、顔を合わせ辛いというのも理由であったが、何よりワイルド自身が過去を忘れたがっていた為であった。

とはいえドリームランドでは誰とも共有できない過去の自分を知る人物との思わぬ再会は、ワイルド自身、心躍るものであった。自然、話が盛り上がる其処へキャシーがひょいと顔を出す。

「お楽しみけっこうですけど、私は仕事をしているの。分かるかしら、ミスタ・ワイルド? お友達とお話がしたければ、酒場サルーンに行ってくれるかしらね?」

右の頬に軽く指を添えたキャシーは、目を細めた極上の笑顔で二人に退出を促した。もちろん二人が走って事務所から姿を消したのは、言うまでもない。



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