現在~老兵と若者の会話
「シン、軍に志願するって本当か?」
「ああ、宇宙軍にね」
「何で黙っていたんだ?」
端正な容姿の青年を格納庫近くで見かけた初老の男は、最近もっぱらの噂の主を見かけて声を掛けた。
「まぁ色々さ、此処は軍を辞めた人が多いからね。言いふらすのもどうかと思ったんだ」
肩を竦めた青年――シンは特になんでもない風に応じたが、初老の男はそれでは納得しなかったらしい。
「ニナは了解したのか?」
「母さんは関係ないよ、ウィルおじさん。これは俺の選択さ」
「戦争があったのは知ってるだろう? 宇宙に出たいなら、軍でなくても選択肢はある。もう少し考えたらどうだ?」
「こう云っちゃ悪いけど、此処は給料はよくないだろ? いつまでも母さんに頼ってもいられないし、給金が良くてすぐに働ける職場なんて、そうはないからね」
「だが――」
「それにね、ウィルおじさん。俺は船乗りじゃなくて、戦闘機乗りになりたいんだ。父さんのように」
初老の男に苦い表情が浮かぶ。シンの父親とは友人であり、彼の母親とも20年来の付き合いになる男にとって、シンは赤ん坊の頃からよく知る子供だった。彼の父親が死んだ時、男はシンと一緒に居ただけだが、シンに奇妙な罪悪感を抱き続けていた。理屈ではない。男が整備した機体ではなかったが、男の同僚であり、仲間であるドリームランドの整備士が、彼から父親を奪ったのだ。
子供に対する大人の責任とでも云うのだろうか。
「――そうか」
それだけ搾り出すように云う。
「それに、父さんも、ウィルおじさんも昔は軍人だったんだろ? 俺だって自分が尊敬する人がやっていた職業に興味あるさ」
「だが、宇宙軍は危険だ。金星との戦争を知ってるだろ? 宇宙艦隊だって壊滅しちまったって話だし――」
「地球は俺が護る、ってとこかな。ウィルおじさんだって知ってるだろ? 《智将》クリストファー・エルウィン准将とか、《撃墜王》エリカ・ドラード大尉とかさ。現代の英雄だぜ、そんな人に会えるかもしれない職場なんか、他にはないよ」
「英雄が生まれるのは、多くの兵士が死んだ時だけだ。名前も知られずに死んだ大勢の兵士が、彼らを生んだ」
「そうかもね。だけど――」
「なんだ?」
「俺は星になりたいんだと思うんだ」
「星?」
「そう、強く輝いて空を駆け抜ける星に――流星になりたいんだ、俺は」
「流星?」
「まだ分かんないけどね。あっと、親方に呼ばれてるんだった。また今度」
男に背を向けて駆けて行くシンの後姿を見て、思わずおさまりの悪い髪をボリボリと掻く。そして、溜息を吐くと男は自分の仕事に取り掛かるべく歩き始めた。