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短編

坊主頭のおじさんの前髪

「すみません、ちょっといいですか?」


 サービスエリアの駐車場で、自分の車に向かって歩いていたら、後ろから男性の声に呼び止められた。


 振り向いてみると、背の低い、坊主頭のおじさんだった。知らないひとだ。


 まさかナンパだろうか? と思っていると、おじさんが聞いてきた。


「すみません、ちょっと聞きたいんですが──さっきフードコートでカツ丼を食べてらっしゃいましたよね?」


「え……? あ、はい」


「ここのカツ丼、美味しかったですか?」


「あ、はい」


 なんだろう。

 なぜこのひとは、見知らぬ私にそんなことを聞くのだろう。

 もしかして私がカツ丼を貪り食っているところを物陰に隠れてずっと見ていたのだろうか?

 運送会社の制服を着ている。仕事中になんかムラムラとかしてしまったのだろうか?


「あ、ごめんなさい。へんなことを聞いてしまって。最近、特にこういうところでは、外食もお高いから、美味しいかどうかをまず確かめてからでないと、手が出せないんですよね。何しろ僕、貧乏なもんですから」


「あ、はい……」


 おじさんのよくわからない話に意識がふらふらとしはじめ、いつの間にか私はある一点だけを見つめていた。


 おじさんは坊主頭だ。

 だけど、おでこのちょっと上のあたりにだけ、濃い黒色の毛がついていた。

 まるで前髪のように、1センチぐらいの長さの黒髪が生えている。

 くるんと三日月みたいに湾曲した毛が、『ぽちょん』って感じで生えている。

 ファッションなのだろうか?

 お洒落だと思っているのだろうか? 気が知れないけど。


「……じゃあ、食べてみます。ありがとうございました」


「いえいえ」


「それにしても今日は暑いですね」


 そう言いながら、おじさんが汗を拭うように、自分のおでこをこすった。


 こすった手をどけると、前髪が消えていた。


「あっ?」と、私は思わず声を出した。


「はい?」と、おじさんの訝しげな笑顔。


「いえいえ」と、私はなんでもないのを繕った。


「それじゃ、ありがとうございました」


 そう言って、おじさんはぺこりと頭を下げると、フードコートではなく、自分のトラックへと戻っていった。

 私も仕事の途中なので、自分の車へと歩きだした。おじさんの前髪はどこへ行ったのだろう? と考えながら。


 春はもう終わりかけていて、熱帯魚の水槽の中のような空気が包む中、一陣の涼しい風がふいっと吹き抜けて、私の朦朧とした意識が、一瞬だけ晴れたような気がした。







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― 新着の感想 ―
現実的な目線で見ると多分前髪に見えたモノは、段ボールに押したスタンプなんかのインクだったんだろうなあ…………。 水性インクだったそれは、おじさんの汗と手で、彗星のように消えてしまったんだろう。 まさ…
ほんの少しのおじさんの下心。 しかし、女性の塩対応で汗をぬぐうタイミングで、それも消えた。 汗は緊張の汗だった。 もじもじした、鬼太郎のアンテナ。
何か、不思議な文章ですね……(語彙力)
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